―3― はじめての親友
この屋敷の庭園には、噴水があった。とても立派な白い石の彫像が多数その噴水の池の中にあり、その中のひとつである女神が持つ水瓶からは水が途切れることなく流れ続けていた。
メルは怒った様子のまま、その女の子を掴んでそこに座り……今更ながらに吐息をついたかと思うと、また同じようにして怒り出していた。とにかくそのメルの感情の起伏がかなり激しくて、見ていた女の子もこれには困り顔と呆れ顔を交互に見せていた。
「アンタもあそこまで言われて、よく黙っていられたものねぇ~?!
少しくらいは言い返してやりなさいよっ!!」
「あ、でも……事実ですから」
「え?」
思ってもみない返答に、メルは思わず困惑した。
「私には、お父さんも母さんも……もう居ないの。あの人たちが言った通り、本当にみなし子だから」
「……」
メルはその言葉を聞いて、今更ながらに後悔をする。
「ごめんなさい……悪気はなかったの。ただ知らなくて……だから……ごめん!」
「いえ、いいのです♪」
その子の明るい返しの言葉と声色に、メルは救われた気がして自然と笑みが零れた。
「私の名前は、メルよ! メル・シャメール! あなたの名前は?」
「シャリル……シャリル・ロイフォート・フォスター」
「へぇー……なんだかとても壮大で、いい名前ね♪」
「ありがとう、メル。メルも可愛くて、とてもいい名前だと私は思うわ」
互いにそこで笑顔となり、空をほぼ同時に見上げた。
「実は私もさぁ~。シャリルと一緒で、両親共に居ないみなし子なのよ……」
「え?」
「あ! 正確にいうと、ちょっと違ってて! 母親は消息が分からない、ってだけなんだけどねぇ~っ。
だからさっきのあの3人の話を聞いてると、何だか段々と無性に自分のことを言われているような気になってきてさぁ~……それでついつい、カァ~~ッ!と頭に血が昇っちゃったのよ!
でも、あれはちょっと言い過ぎだったかな?? どう思う? シャリル」
「あはは♪
確かに言い過ぎだったのかも知れないけど、なんだか気持ちが『スーッ』としたのも確かよ♪」
それを聞いて、メルは満足げな顔をする。それから少し元気のない顔をした。
「だけど心配なのは、明日以降ね……。
今日の件でシャリル、あなたがまたあの3人からイジワルされなければいいんだけど……」
それを聞いて、シャリルも元気を無くすが。でも直ぐにメルを見つめ、『でもその時はまた、あなたが助けてくれるんでしょう? メル』という表情を見せていた。だけどそれを受けたメルは、目線をふいに反らす。
そんなメルの様子を見つめ、シャリルは吐息をつき自然と悲しげな表情に変わった。
「実はわたし、明日には孤児院に戻るコトになってるの」
「え? こじいん……」
予想もしてなかったメルの告白に、シャリルは本当に驚いた様子だった。次第にまるで絶望をした時のような表情に今度は変わっていた。そんなシャリルの表情を見て、メルは自分がこの件であてにされていたことを悟り、尚更に辛く感じる。
なんとかしてあげたいけど、明日には自分はここに居ないのだ。
「どうして? ここに居るコトはできないの??」
「出来たらそうしたいけど、仕方がないの……わたし、ここのメイドとして雇ってもらえなかったもの」
「そう……なんだ…」
シャリルはそれを聞いて、静かに黙り。思案顔を見せていた。
でも、どんなに考えたところで、こればかりはどうしようもなかった。折角こうして親友にもなれる人と出会えたのに、これでお別れなんてメルとしても悲しかった。
そこでメルは決心をし、次に口を開く。
「ねぇ、シャリル! いっそさ、シャリルもわたしと一緒に孤児院へ来ない?
そうすればわたし、シャリルのことをずぅーっと守ってあげられるよ!!」
「…………」
だけどシャリルは、それには快く返事を返してくれなかった。メルはそれで、少しだけ心の中に寂しさのようなものを感じていた。だけどそれは仕方のないコトだと思う。こんな立派で大きな屋敷と孤児院を比べるコトの方が、むしろどうかしている。
この屋敷になら、自分だって居続けたいと思うもの。
「わたし……」
メルがそう思い静かにしていると。シャリルが口を開いた。
「メルと会って、まだ1時間も経ってないけど。
でもね、メルとならずっと一緒に居たい、って本当に思ってるよ!」
メルはそれを聞いて、告白された気分で顔全体が紅潮し瞳も輝いた。が、シャリルは顔を次にうつむかせ、小さくこう繋げた。
「でもね……それはできないコトなの…」
次のその言葉を聞いて、メルは天国から地獄へと急に落とされた気分になる。
「どうして……?」
「私は、この屋敷から出るコトの許されない身の上なの。あまり詳しくは言えないんだけど……本当は、こんな目立った屋敷の庭園に居るコトも許されない立場の人間なのよ。メル……」
メルにはその理由がまるで分からなかった。一度はその事情を聞こうと思い、口を開きかけていたが……。自分は明日にはここを去らなければならない立場だ。詳しく話すコトの出来ない事情を無理に聞き出してシャリルを苦しめるべきじゃない、メルはそう思い直し、開いていた口を再び閉じて。ただ静かにうつむくしかなかった。
日はすでに夕日へと変わり始め、白い壁と青を貴重としたこのメルキメデス家の屋敷を真っ赤に染め始めている。
自分は明日にはここを出て去らなければならない。そのことがとても、この時のメルには耐えられなく、涙も出そうになる思いだった。
「いつか……お互いに大人になった時。また必ず会おうね!」
メルは涙を浮かべたまま笑顔でそう言ったのだ。それはとても自然な言葉だった。
シャリルはそんなメルを見つめ、満面の笑みで「うん♪」と答えてくれた。
そしてこの時、2人は親友になることを誓い合った。