―2― もう、大っ嫌い!
孤児院を出る時は本当に寂しくて悲しくて思わず泣いてしまったメルも。この屋敷に近づいて来ると次第に、その思いは消し飛んだかのように舞い上がり嬉しかった。
このメルキメデス家の屋敷はメルが想像していたよりも遥かに立派で大きく、広い庭園や近くには川や美しい湖まであり。白や赤にピンクの花びらをつけた木々が道沿いに沢山居並んで、まるで自分が来るのを歓迎してくれているのだとばかりに独り想像し、感動さえもしていた。なのに……。
『悪いがね。うちではアンタを雇う訳にはいかないよ、メル』
そうスコッティオさんから言われた瞬間、あぁ……そうか。これらは全てわたしが勝手に想像していた夢だったんだ……と現実に引き戻されてしまっていた。あれだけ好きだった孤児院も、今では監獄のようにさえ思える。明日には、その監獄へと自分は再び強制送還されるのだ……。
メルはそんなコトを独り思い、吐息をついていた。
「だからアンタ! ケイリング様のなんなのっ?!」
……?
急にそのような人の声が聞こえてきた。建物の影からそっと覗き込み見ると、一人の12歳か13歳くらいの女の子に対し、15歳から17歳くらいの3人のメイドが囲んでいた。
「黙ってられても何にもわかんないでしょ?!」
「聞いた話では、アンタってみなし子っていうじゃないの?」
み……みなし子…あの子が? とても信じられない……。
みなし子と言われるその子は、とても清潔そうで見るからに育ちも良さそうだった。だからメルも直ぐには信じられなかったのだ。
「ここの屋敷には、わたし達のような身元がちゃんとした者だけが居るべきなのよ!
このベッティー様なんて、元はコーデリア国の貴族出身なのよ♪」
それを受けたそのベッティー?とかいうでかい面をした子は「ふふん♪」とばかりに得意げだ。なんだか見ていて急に……腹が立って来たわ!
メルは怒り心頭といった具合で顔を真っ赤に染め、建物の影から飛び出した。
「いいから明日にでもここから出てお行きなさいな♪
誰も引き止めたりしないわよぉ~」
「そうそう♪ 早くそうなさいよねー」
「───アンタ達!!」
メルの一言に、3人のメイドとイジメられていた女の子はほぼ同時に驚いた顔でこちらを振り返り見ていた。
「複数人で一人の子をイジメるだなんて、最低な行いよッ!! 恥知らずな行為だわ!! もうサイテー!! このうじ虫ども!!」
「は……恥知らず、ですってぇー?!」
「サ、サイテーって……」
「うじ虫、って……」
3人のメイドの内、ベッティーという赤毛の娘が不機嫌顔でこちらを睨んできた。
「わたくし達は、ここの屋敷の品位を落とさないようにメルキメデス家の為にと思って、この娘に注意していただけのことよ! 悪いのは全部、この子の方よ!!」
「品位? そんなモノがなんだってのよ??」
「なっ……?!」
「品位がどうこう言うとしたら、アンタ達が今やっているコトの方が品位を落とし込めてるとは思わないの?!
アンタ達なんて、人としての品性のかけらもないじゃない……!!」
メルは身を震わせながらそう言い、さらに相手をキッ!と睨んだ。その迫力が物凄かったので、相手であるベッティーと他2人は途端に怯む。
「人をたかが出生のみで差別する人間なんて、中身がまるでない空っぽの人間性無しの能無しのアホ丸出しだわ! わたし、そんな人間なんか大嫌い!!」
そう好き勝手に言い切ると、メルはその3人に囲まれていた女の子の手を掴み取り、屋敷の庭園へと泣きながら走り向かった。
そんな二人を……3人は呆然と眺め、そしてその騒動に気づき遠目にその様子を見つめ事の経緯を最後まで伺っていたスコッティオはついつい、そんな少々困ったところのあるメルに対し、少しだけ感心した表情を浮かべ。丁度窓辺に落ちる小さな花びらにふと気づき見つめると、それを今のメルに重ね合わせ、手を繋ぎ立ち去ってゆく二人の姿を満足げに微笑み見送っていた。