―1― はじめての面接
孤児院で育ったメルは、名門メルキメデス家のメイドになろうと意気込み面接を受ける。ところが生来のおしゃべりがわざわいしてしまうことになった。果たしてその後、メルはどうなるのか?!
■本作品は、『パーラースワートローム物語』 ―カルロス― の外伝となる作品です。
「共和制キルバレスの支配下となったコーデリア州の属州都アルデバル近くにある鉱山都市アユタカで、わたしは初めてこの世に生を受け産声を上げました。
生まれながらにしてよく泣き、両親共に困らせ、物心つく前から何にでも興味を示し、言葉を覚えたら覚えたでよくおしゃべりをするそんな娘だったと聞いています。
ほら! 自分は自分のコトに対して不思議と自覚なく過ごしているから分からないコトって、よくあるモノでしょう?? そんな感じです!
父親はわたしが物心つく前には戦地で亡くなり……。まだ当時は若かった見目も美しい母親は、まだ幼児だったわたしのコトが重荷に感じたのか? 孤児院に預け……というか、ここは正確に言うと孤児院の玄関先へ寝ていたわたしを置いてなんですけど、他の男と失踪してしまったのだと……その様にあとで聞いて知りました。
だけど私はそのことを、別に恨んでなんかいないわ! 今でもそうよ!!
だって、私を産んで直ぐに自分の生涯を預けた夫に先立たれたのに、それでも赤ん坊だった私を2歳の頃までよく育ててくれたんだもの。感謝こそしても、恨んだりする筈がないでしょう? 女手ひとつで赤ん坊だった私を、働きながら育てるのって、きっととても愛情がなくては無理だったろうなぁ~?って私は思ったの! そのことは今でもありがたい、って思っているわ! ウソじゃないのよ! 本当に…そう思っているの……。
孤児院ではその日、栄養失調寸前だった私を介抱するので大変だったぁ~、ってあとでこれも聞かされて知ったんだけど……。それもきっと、生活が苦しかった故のことだったと思うんです!
属州都アルデバル近くにある孤児院には、わたし以外にも50人くらいの子供が居て。大体みんな同じような境遇だったわ。中には、本当に可愛そうな子も居て……。それを考えたら、わたしなんてまだまだ『マシ』だなぁ~、って思ったもの!
そりゃあ……寂しくはない、って言えばうそになっちゃうんだけどね……」
「……それでぇ? つまり、アンタが言いたい要点はなんだい?? 話がムダに長過ぎて、訳がわからないよ」
それまでずっと喋り続けていた13か14歳くらいの女の子の目の前に座る50歳前後の女性が、威厳たっぷりな様子でそう聞いて来たのだ。
「あ! 孤児院では原則、12歳までには独り立ちするのが決まりなの!! だけど……わたしはもう直ぐ14歳で、孤児院がとても好きだったわ。
だって、みんなわたしと同じ境遇で! 本当にわかってくれたしね……」
「いや。私は何も、アンタの境遇なんてさらさらに興味ありませんよ、メル・シャメール。
私があなたに先ほどから聞いているのは『何故、ここの屋敷のメイドになりたいと思って訪れたのか?』たったのコレ、一つだけですよ。
それ以外のおしゃべりなんてもう聞きたくはありません。私だって忙しいんですからね!」
「ごめんなさい……スコッティオさん。
でも、初めに、これまでの経緯を一つひとつと仰ったので。わたしは1から順にと思って、丁寧に話をしていただけなんです!
そりゃあ……私がちょっとおしゃべりなのは認めますけど……。それも今だけで、ちゃんと仕事は仕事としてちゃんとやると思いますし! それに、別におしゃべりなコトと仕事が出来る出来ないは、あまり関係ない筈でしょう? 少なくとも私はそう思うのです。
これって違ってます? なにか間違ってますか?? スコッティオさん」
スコッティオは頭を抱える。とにかくこの娘が一度口を開き始めると、しばらくは話が止まらないし。こちらも聞いてて、あんまりその話っていうのが変わってるものだから、ついつい思わず耳まで傾けてしまう有り様ときた……。まったく、やれやれだよ。
「そりゃあ……あなたの言う通り、おしゃべりなコトと仕事が出来る出来ないは、直接的には関係しないと私だって思いはするよ。
でもね……聞いてもいないコト。聞かれてもいないコトを勝手にペラペラとしゃべる、ってのは余り関心できないコトだと思うね」
それを聞いて、メルは悲し気な表情で今にも泣き出しそうな顔を見せる。これにはスコッティオも参った。だけどこれは、大事なメイドの採用を決める面談なのだ。個人の一時的な感情で決めるべき事柄ではない。
大体、こんなおしゃべりな子をメルキメデス様などの近くへ行かせたりでもしたら、こっちがとんだとばっちりを受けてしまうかもしれないのだし。それに今は丁度、ケイリング・メルキメデス様もこの屋敷に来ているんだ。とてもじゃないが、こんな手に余る子を採用なんて出来やしないよ。
スコッティオは心を鬼にして、そのメルを見つめ口を開いた。
「言っとくけど……ここは、名門であるメルキメデス家のお屋敷なんだよ。そこのメイドになる、ってコトが、メル。アンタにはちゃんと分かってるんだろうね?」
「分かっています! だからこそ私、『ずぅーっと死ぬまで居たかった孤児院を出ても良い!』って初めて思ったんですもの!」
「…………」
あぁ~~こりゃあダメだ、と。スコッティオはそこで再び頭を抱える。
なんだかそれでは、このメルキメデス家はその孤児院以下の様に聞こえてしまうよ。少なくともこの娘は普通の子とはまるでかけ離れ違う変わった子であるのは確かだ。こんな変わった子を屋敷のメイドとして採用したコトがバレたら、こっちの身の方があぶないよ。
スコッティオは個人的には少々残念な気持ちを感じながらも、そう判断をする。
「悪いがね。うちではアンタを雇う訳にはいかないよ、メル」
そうハッキリと宣告をされ、メルは、もうこの世の終わりでも見たかの様に、顔を青ざめ「……はぃ」と急に元気なく立ち上がる。
「まあ明日には、孤児院から人を呼んで連れ帰ってもらうか。こちらから馬車を用意して送ってあげるよ。感謝なさい。
今晩だけは、ここに泊まらせてやるがね。くれぐれも屋敷本宅にだけは近づかないでおくれ!
いいね? メル」
「……わかりました。スコッティオさん」
それまでおしゃべりだったメルが、その時ばかりは静かだった。まあそれも仕方のないコトか……。
あれだけ明るく元気だったメルの瞳は光を失うほどに暗く沈み。スコッティオはそれで立ち去り戸口を出てゆくメルを思わず気の毒に感じながらも、吐息を吐いて見送っていた。