第二話 なんか保身って大切だよね
なんか3年たった。
俺はこの3年間の間にみるみる成長していった。うん、子供の成長って早いよね。自分だけど。
身長は1メートルを越したくらいで、体重は少し軽い16キログラムほど。ほぼ一般平均の健康な体と言えよう(体重や身長を測る器具はこちらの世界でも存在し、器具に魔力を注ぐことによって測ることが可能)。
しかし、鏡の向こう側を見つめる俺はどうも素直に喜べないのだ。
そこには弱弱しい女のような容姿に華奢な体つきの俺が映っていた。肩先に付く長さの銀髪ストレートヘアーの前髪をかき分け、鏡に映るガラス玉のような青い瞳が俺の姿を見て残念そうに俯く。
このまま成長していったら、立派な女の子になってしまいそうな勢いだ……。
アデーレばあさんによると、『両親にそっくりじゃのぅ』だそうだ。
俺の体の元となった子供の両親は火事で死んでしまったらしい。
両親はこの小屋のある森から東へ抜けた先の、クーファという街に住んでいた。火事の原因は詳しくわからないらしいが、〝遊び半分の放火〟ということになってる。
その場にたまたま居合わせたアデーレばあさんが水の魔法を使い消火し、両親の腕の中で守られた俺(の前の体の持ち主)を助けてくれたのだ。助けたっと言っても、そのあと治療が間に合わず死んでしまうわけだが……。
贅沢は言ってられないな。とにかく生きていることに感謝しないと。
俺はそうやって極力容姿のことは考えないようにしている。
まあ、それは置いといて。3年で何があったかまとめようと思う。
まず俺はこの世界のある程度の知識を教えてもらった。
この世界の名前は『アルマータ』というそうだ。
この世界は現在の日本のような政治ではない。剣と魔法、つまり武力で国を治めていて、力なきものは奴隷や農民として貧しく、剣の腕や魔法が使えるものは騎士や貴族として豊かに暮らしているらしい。
なぜかというと、この世界には魔物というものが存在しているからだ。
魔物は自然にあふれているダスト(自然魔力ともいうらしい)から生まれてくる。もっとも急に街中で生まれてくるわけではなく、狭い洞窟や戦の跡地など、負の念が溜まりやすいところで生まれる。
魔物は好んで人間を襲う。
なぜ人間を襲うのかはよく分からないが、魔物同士で殺し合うということはあまりないらしい。草食の魔物を肉食の魔物が捕食するくらいだろう。
つまり魔物は人間にとって天敵。放っておけば数を増やし、やがて人間を滅ぼしてしまうかもしれない。そのため力あるものがこれを駆除しなければならない。よって必然的に力ある者の権力が高くなる。
権力の順序は、上から国の国王、国王に仕える貴族、貴族に雇われる騎士や魔法使い、国家が運営する冒険者ギルドに所属する冒険者、物を売る商人、農業を営む農民、そして金で売買される奴隷といった感じらしい。
あとこの世界では、世界を分けるようにして3つの大国が存在していて、『大地の国ウルズ』『月の国ヴェルザンディ』『死の国スクルド』、上から順に北・南西・南東の位置にある。その間に街や村がたくさんあるわけだ。(ちなみにこの小屋は、『大地の国ウルズ』の王都ノルンの北に位置している。)
そして、それぞれの国のトップは国王で政治のすべての権限を国王が握っている、いわゆる絶対王政ってやつだ。
国の成り立ちやら、歴史やらはここでは割愛する。
重要なのは、この世界は力なきものは力あるものに従わなければならない弱肉強食の世界だということ。自分の身は自分で守らなければならない。地球でいえば、少し違うが中世ヨーロッパあたりの時代に該当するだろう。
よってこの世界で生きていくためには、武術や魔法といった技を磨く必要がある。
「では、どれから教えようかのぅ。火の爆発魔法か? それとも雷の電撃魔法か?」
「えっと……」
「ホッホッホ、遠慮せずとも、好きな魔法を述べるとよいぞぇ」
ドサッと魔法の一覧が載った本を俺に投げる。
なんか正体がわかってからアデーレばあさんのテンションが無駄に高い……。(ちなみにこのとき俺は5歳だ)
そして物騒な〝明らかに殺人を犯せるレベルの魔法〟を俺に教えようと意気込んでいる。
アデーレばあさんは元魔法使いだったので、剣術を教えることはできない。小屋にはアデーレおばさんと俺の2人しかおらず、必然的に魔法を習うことになったのだ。
確かに生きていくためには必要なことなのかもしれない、が……。
正直言って怖い。相手を傷つけるのも、自分が傷つくのも。
実際俺は痛いのも辛いのも嫌だ。俺はもともと地味で目立たない高校生で、喧嘩も中学校以来全くしてない、人を傷つけるのが嫌なチキン野郎だ。
そんな俺に人を殺せるほどの魔法を覚えろだって? 無理に決まってるだろ。
そう悩みながらページをめくっていると、補助魔法というものが載っているページを見つけた。
これは……いけるかもしれない。
「アデーレおばあさん」
ちなみに俺の話し方は子供っぽくしている。実際は普通に話せるようになったのだが、何となく年相応にしていたほうがいいような気がするので(容姿的にも)、思考とは違い幼い話し方にしている。
「お、ようやく決まったかい? さあどんな魔法かぇ?」
「ここに書いてある補助魔法全部」
「は?」
アデーレばあさんがきょとんとした顔でこちらを見てくる。
「だから! ここに書いてある補助魔法全部教えて」
「いや、しかしのぅ……。補助魔法は剣士が肉体強化に使ったり、僧侶が回復に使ったりするもので、攻撃的要素はないんじゃぞ? それにここに書いてある全部を教えたら他の魔法はほとんど覚えられなくなるぞぇ?」
そう、補助魔法とは肉体強化や回復など、主に援護に使われるもので攻撃的性質がない。ゆえに、その職に合わせて5・6個覚える程度の魔法である。
しかし俺が示した補助魔法の数は見た感じ100以上。どんなに優れている魔法使いでも、種類によるがだいたい100~120の魔法を習得するのが限界である。
俺がもし魔法の才能があったとしても、100も補助魔法で埋めてしまえば、ほとんど他の魔法が覚えられなくなり、攻撃手段がなくなってしまう。
「ほ、本当にいいのかぇ?」
「うん、僕はこれがいい」
ニコッとアデーレばあさんに笑いかける。我ながら名案だと思ったからだ。
人を傷つけたくない、自分が傷つきたくない。だったら保身じゃね? という発想だ。
この世界で単独で行動している人間は少ない。騎士や魔法使いたちは軍隊を作っているし、冒険者はパーティーを組んだりしている。つまり、補助魔法しか使えなくても需要はあるはずだと踏んだのである。
ちなみに俺は将来何になるかは決めていない。なぜかというと俺がこの世界に転生した理由がわからないからだ。アデーレばあさんに聞いてもすぐ話を逸らされるし。
まあ、神のお告げがどうたらこうたらいっていたので、何かしらの意味があるのだろう。とりあえず生きていくために魔法を覚えろとのことだった。
「まったく……お前は変わり者じゃのぅ。てっきりド派手攻撃呪文をほしがると思っとったんじゃが」
「ごめんねアデーレばあさん。僕はどうやら主人公体質じゃないみたいだから」
主に、第一に保身を考える思考の面で。
「主人公体質? まあ、なんか知らんが、よかろう。」
どうやらアデーレばあさんは俺の元いた世界については詳しくないらしい。しかし言葉の意味はわからないが、ニュアンスは何となく伝わっているっぽい。
そして俺は5歳から10歳にかけてアデーレばあさんに魔法の修行を受けることになる。