第二話 なんか城に行く
言い訳:最近ものすごく忙しくてなかなか執筆することができませんでした;; これから遅れ気味になると思います。申し訳ありません;;
――カラカラカラカラ
窓から見える快晴の空。見渡す限り雲一つなく、視程も良好である。
これが日本晴れってやつか。……て、ここ日本じゃないか。
その空から差し込む暖かな日だまりに包まれながら、等間隔に整備された石畳の道を、王族御用達の馬車が走る。
金で縁どられた白塗りの馬車の外壁には、国のシンボルともいえる大樹を象った紋、王家の家紋が刻まれていた。
馬車の収容人数は、リリスの用意してくれた馬車の2倍以上。また一人一人のスペースも広く、全体で3倍以上の大きさを誇っている。
その馬車を引く馬たちは、よく手入れされた綺麗な毛並みを持つ、純白の白馬4頭で構成されている。4頭立ての4輪大型馬車である。
まるで絵本に出てきそうな馬車の中には、それ相応の人物が乗っているわけで。つまり、ウルズ国第一王女フィリティアナ姫を迎えにきた馬車……のはずなんだが。
「ものすごく場違いだよな……」
鎧で身を包んだ王女護衛の騎士やウルズ国王女フィリティアナ姫が乗っている……その中に一人黒いフードを被った怪しい男、つまり俺の姿もあったのだ。
「どうしてこんなことに……」
原因を確かめるべく、もう一度このような状況になった数時間前に思考を遡らせる。
***
「……っ!? フィリティアナ姫様!? よくぞご無事で!」
賊の襲撃にあった次の日。俺たちは数時間かけて、やっとの思いでウルズ国王都ノルンに到着した。
ちなみに倒した黒鉄竜の素材は、全て俺が貰った。「持って帰ってもしょうがないので」だそうなので、遠慮なく貰うことにしたのだ。
黒鉄竜の鱗は、鋼鉄にも匹敵する硬度で、熱を加えると加工することも可能。鍛冶屋に持っていけば武器を作れるし、ギルドでも買い取っていたはずだ。
閑話休題
ちょうど城下町の南側に位置する門をくぐろうとしたところ、検問に居た兵士に呼び止められたのであった。
「すみません、心配をかけました」
フィリティアナ姫が馬車から下り応答する。それに続いて、俺たちも馬車から下りた。
「すぐに城へ連絡いたします! こちらへどうぞ」
やっと初クエスト終了……。
結局、フィリティアナ姫とリリスがウルズ国からお忍びで出てきた理由は分からなかったが、とにかく無事に国へ帰すことができてほっとする。
「ありがとう。それと救護兵も呼んでください。怪我人がいるの」
フィリティアナ姫は、移動しかけた検問の兵士を呼びとめる。
「フィリティアナ姫様!? そんなお気を使わずとも私は大丈夫です!」
馬から降りたラナが、驚いた様子でフィリティアナ姫に声をかける。
「いいえ、ラナさん。治癒魔法はかけたけど、まだ全快とは言えないわ。ちゃんとした治療を受けないと、また傷が開いてしまうかもしれない」
「そんな! 私のようなものを……」
「これは私の罪滅ぼしよ。ラナさんが怪我をしてしまったのは、私のせいなのだから……。こんなことで許されることじゃないけど、どうか私の我儘を聞いて」
ラナに怪我を負わせたことが相当ショックだったのだろうか。今にも頭を下げようと言わんばかりの勢いである。
「……わかりました。ありがとうございます」
フィリティアナ姫のその必死な姿を見て、素直に従うラナ。またラナが怒りだすのではないかと冷や冷やしたが、どうやら杞憂だったらしい。
俺はその一部始終を見守ったところで、足音を消してゆっくりとその場を離れる。
よし! もうこれは解散でいいんじゃないかな? うん、そろそろ抜けてもいいよね。てか頼むから抜けさせて!
「それでは僕はこれで……」
これ以上国とは関わりたくない。ラナはフィリティアナ姫に任せて、ここはサッサと身を引き、ギルドにクエスト完了の報告に向かうのが得策だ。
「待ってください!」
が、案の定フィリティアナ姫にあっさり止められてしまう。
「あの……よかったら、ご一緒にお城へいらしてください。その……お礼がしたいので」
Oh No……。
「お、お構いなく。もう十分お礼言っていただきましたから……」
一介の冒険者が城に招かれる? これは確実に面倒事に巻き込まれる。確信はないが、俺の前世での経験(フラグ感知)がそう告げているのだ。
「いいえ! 駄目ですそれでは! 私の気が治まりません!」
いや、〝駄目です〟ってなに!? 強制!?
「しかし……」
「えっと……。だめ……ですか?」
俺が渋ってなかなか承諾しないでいると、眉を下げ唇を噛みしめて……なんか泣きそうな顔になってきた。
だ、騙されないぞっ! 俺は国とは関わらないと決めたんだ!
「うーん……」
「だめ……?」
「えっと……また次の機会にというのは……?」
「ぅ……」
目の端には薄らと涙が浮かび始め、まるで捨てられた子犬のような、つぶらな瞳の上目使いでこちらを見てくる。
「くはっ……!?」
か、可愛いっ!
整った顔立ちと、つぶらな瞳。柔らかそうなピンク色の綺麗な唇、凛としていながらも幼げな声。ただでさえ可愛い姿なのに、その姫に上目遣いでお願いされている。こんなシチュエーションがこの世に存在していたなんてっ!
あれ? 俺ってロリコン? え、うそ。でも可愛い……。目に入れても痛くないくらい可愛いよぉ! どうすんの俺、どんすんのっ!?
ジロリッ!
近くでこの話を聞いていた検問の兵士に睨まれる。言わずもその目は「姫様のご好意を無駄にするのかっ!」と物語っていた。
「……分かりました。では、お言葉に甘えてさせていただきます」
「やったっ! ……あ、ゴホンっ! ありがとうございますっ!」
検問の兵士のその様子が今にも襲い掛かってこようと言わんばかりの勢いだったので、やむを得なく承諾する。
そう、兵士さんを怒らせたくなかったからだ。断じて姫様の上目づかいビームに屈したわけではないっ!
フィリティアナ姫は不安げな表情からパァっと明るい笑顔になる。ついつい素で喜んでしまったようで、すぐさまお姫様モードに戻る。
それにしても、なぜ俺に対してフィリティアナは敬語なのだろうか?
しばらく時間が経って、フィリティアナ姫を迎える馬車が到着した。俺がその馬車の圧倒的な大きさと豪華さに感心していると、中から5人ほど、王家の家紋の刻まれた鎧を纏った騎士が下りてきて、姫の前に跪いた。
「姫様、お待たせしてしまい申し訳ありません」
騎士の中の一人、肩まで伸ばした茶色セミロング巻き毛の女騎士がフィリティアナ姫に声をかける。
「いいえ、謝るのは私のほうです……心配をかけてすみませんでした」
「はい。私を含め城中の者が姫の無事を祈っておりました。特に国王様と王妃様に至っては、それはそれはご心配になられておりましたよ?」
顔を上げるその女騎士。少しだけ長いナチュラルブラウンの前髪の隙間からのぞく、無表情がよく似合うキリッとした目。一直線に結ばれた唇。とても美人なのだが、その背後に何やらオーラのようなものが発せられてるような気がした。
あれ? この人怒ってる?
「えっと…エリー。お、怒ってる……?」
「いいえ、姫様。全くもって怒ってませんよ?」
と、口の端をほんの少しだけ上げる、エリーと呼ばれた女騎士。しかしそれは一瞬。しかも目が笑っていない。
この人なんか怖いんですけど! 全然怒ってるんですけど!?
「理由は一応、姫様が残された置手紙を拝見させていただきましたので存じております。ですが、一国の王女として今回の行動はいかがなものかと」
「……すみません」
「後で国王様から〝ありがたい〟お言葉をたっぷりとかけていただきます。さあ、馬車へお乗りください。怪我人の方は別の者がお運びいたします」
エリーはそういって立ち上がると、フィリティアナ姫の手を引いて馬車へと誘導する。フィリティアナ姫は借りてきた猫のようにおとなしく連行されるが、何かを思い出したかのようにハッとこちらに振り向く。
「エリー! あの方も馬車へ乗せてください。私の命の恩人です!」
「……姫様、それはどういうことですか?」
エリーは無表情のままフィリティアナ姫に詰め寄る。フィリティアナ姫は少し後ずさり、言いにくそうに答えた。
「……賊に襲われて、そのまま連れ去られるところを救っていただきました」
「……っ!? お怪我はございませんか」
「はい、私は傷一つ負っていません」
「そうですか……それはなによりです」
無表情で分かりにくいが、おそらくホッとしているのだろう。フィリティアナ姫を心配しているというのは本当のようだ。そうでなければあんなに怒ったりはしないだろう。
「リリス様。あなた様という方がついておきながら……」
「申し訳ない……」
引け目を感じていたのか、ずっと黙ったままだったリリスがようやく口を開いた。
「リリスは悪くないわ! あの状況だと仕方がなかったの!」
「……まあ、事情は後程。して、あの者が姫様の命の恩人ということですか」
エリーはフィリティアナ姫から離れ、無表情のまま俺に近づいてくる。
やばいっ! 怖いっ! まるで死刑執行を待つ囚人のような気分だ。
「この度は姫様がお世話になりました。お名前を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「……コウイチ。コウイチ・イマジョウです」
「コーイチ様ですか? 変わったお名前ですね。私はエリー・ブランディ、姫様の近衛隊隊長と勤めさせていただいております。姫様がいろいろとご迷惑をお掛け致しました。お礼は国王様から頂けると思いますので、宿泊なさる宿の名前などを教えていただければ、後日兵士に届けさせます」
淡々と用意されていたかのようなセリフを話すエリー。
「いいえ、僕は当然のことをしたまでです。お礼など必要ありません」
実際要るけどね! 正直くれるんだったら欲しいです、お礼。
しかし一応断っておく。一度断ってしまうのは日本人の性なのかもしれない。
「……珍しいですね。褒美をもらえるとあれば、冒険者の方なら跳び上がってお喜びになると思っていましたが」
俺は、この発言に少しだけムカッとしてしまう。褒美を与えればそれで済むみたいな言い方だ。だが、エリーは『後日兵士に届けさせる』と言ったので、俺を馬車に乗せる気はないらしく、こちらとしても好都合なので事を荒立てることはない。
「……そうですか。では私どもは先を急ぎますので失礼いたします」
「ちょっと待って、エリー!」
するとフィリティアナ姫が異論の声を上げる。
「……何でしょうか? 姫様」
別に睨んでいるわけでもないのに、エリーに見られたフィリティアナ姫は一瞬怖気づく。しかし、勇気を振り絞ってエリーに答える。
「あの方は私の命の恩人です! 一緒に馬車に乗せてください!」
ええ子や……。ホンマええ子ねん! でもその優しさが重い……。
「しかし姫様。あの者は〝ただの〟一介の冒険者にすぎません。城へ入れる身分ではありません」
「これは私の命令です!」
「……私は国王様直属の騎士ですので、姫様のご命令には従えません」
「私はその国王の娘です」
「私は国王様から姫様の教育も任されております。私は師として、姫様を正しい道へ導く権利があります」
「……うっ」
何この人。めっちゃ強いんですけど。
「……では、あとでシェフの作った甘いお菓子でもご馳走するわ?」
フィリティアナ姫も諦めたらいいのに……。苦し紛れにもほどがある。意外と頑固なのか?
しかし、この言葉を聞いたエリーの様子がおかしい。今まで姫の言ったことにすべて即答で答えていたのだが、なぜか急に黙ってしまった。それに姫がお菓子をごちそうすると言った瞬間、眉が一瞬上がったのを俺は見逃さなかった。
「…………パイ」
そうエリーが小さく呟く。
ぱい? ぱいってまさか……オッ(ry
「パイも……ありますか?」
マジか!? いや、お菓子……。ああ、パイのことか。
思想と重なって下品な言葉になってしまった。
「ええ、もちろん。それに私専属のシェフのパイは一級品よ?」
「……」
なんかすごく悩んでます。無表情だけど……。
エリーを除いた他の騎士たちは、いまだ跪いたままだったので、サッサと決めてほしいという心境だろう。さっきからちらっと顔をあげては下ろすという行為を繰り返している。フィリティアナ姫が『面を上げよ!』と言い忘れたため、いい迷惑である。
「……」
なんか10分が経過した。
フィリティアナ姫は、あごに手を当ててじっくり悩んでいるエリーを見て動かない。ラナを乗せた救護用の馬車は既に出発していたので、辺りには不思議な沈黙が広がっていた。
その沈黙を破るかのようにフィリティアナ姫が切り札を出す。
「そういえばこの季節は、ライトフルーツの実が旬でしたよね? 確かライトフルーツを使ったパイのお菓子を試作してると言っていたような……」
ライトフルーツ。濃縮された甘い果実が口の中で弾けると、一般民では手が出せない高価な果物。
「そのお方を馬車へお連れしてください」
「はっ!」
エリーの命令とともに、4人の騎士がやっと体を起こす。俺の前へ来ると「どうぞこちらへ」と言って、俺を馬車へ〝連行〟する。
えぇ!? エリー! この裏切り者!
それにしても即答である。エリーは甘いものには目がないとみた。そして連行させる途中で見た、フィリティアナ姫のしたり顔は一生忘れまいと心に誓った。
***
――カラカラカラカラ
ソシテゲンザイニイタル……。
あ、読みにくかった? ごめんね。でも俺今そんな気分だから許して……。
あの後、俺は半ば強制的に馬車へ招待された。
まあ、それはいいとしよう。しかしなんだ……めっちゃ気まずいんですけど。
馬車に乗り込んだと思ったら、皆口を閉じて無言。窓の外は活気のある市場の騒がしい喧騒や、子供たちの遊ぶ元気な声が聞こえるが、この高級感あふれる馬車の室内はシンと静まり返っていた。
しかしそれだけではない。向かい側に座っているエリーの視線を感じずにはいられないのだ。
自意識過剰か? とも思ったが、チラッと見てみるとやはり俺を凝視している。しかも無表情で。別に睨んでいるわけではないが、何もかも見透かされているような気がして、落ち着くに落ち付けないのだ。
ちなみに俺の左右隣りには、むさい男騎士たちが2人ずつ座っていて、俺が変な行動をしないか見張っている。リリスはエリーの左。フィリティアナ姫は右に座っているので、俺の右斜め前に居る。
「……もしよろしければ、お顔を拝見願えますか? コーイチ様」
俺の願いが通じたのか、エリーが俺に話しかけてきた。
「はっきり言って、姫様の前で顔を隠すなど不敬です。そのフードをとってもらえませんか?」
うん、やっぱ辛口だよねこの人。
しかし彼女の言うことも尤もなので、大人しくフードをとる。両隣りの騎士が『おぉ……』と言って座る距離を少し詰めてきた。
ウザッ! おぉ……じゃねぇよ!
「……女性の方でしたか」
エリーのその言葉に、ドヤ顔を顔に張り付けたフィリティアナが得意げにこう言い放った。
「あら、エリー何を言ってるの? コウイチ様は男性ですよ?」
なんでこの人はこんなに偉そうなんだ? 自分も最初間違ったじゃないか。あ、実際偉いのか……。
しかし、フィリティアナ姫が間違えた後『コウイチはどう見ても男ですよ?』とリリスが言ってくれて、とても嬉しかったことは内緒である。
「……本当ですか?」
エリーは悔しがることもなく、俺に問う。
「ええ、僕は男ですよ? 女の人が好きですし」
バッ!
エリーがフィリティアナ姫のほうへ詰め寄り、俺との距離をとる。
え、なに? なんなの?
「そんな賤しいことを姫様の前で考えていたのですか?」
「え? いや、これは僕が男であるという証拠であって、そういうつもりで言ったわけでは……」
「これだから男の方は嫌いなのです。女を自分より格下だと常に思い、下賤な目で見て厭らしいことしか考えない。無責任で我儘で強欲でそのうえ怒りやすく喧嘩ばかりする、野生の魔物と一緒です!」
「そんなこと……」
なにかトラウマでもあったのだろうか? ものすごい剣幕だ……無表情だけど。
「……申し訳ありません、取り乱しました。私、男が嫌いなんです」
貶したり謝ったり大変な人だな……ほら、隣にいる騎士もショボンとしてるぞ?
「エリー、コウイチ様はいい人ですよ? そんなこと考えるわけがないじゃない」
グサッ!
先ほどの上目使いで、可愛いとか思ってしまった俺は、フィリティアナ姫のその言葉が胸に突き刺さる。
「そうですか……姫様がそうおっしゃられるなら」
と、警戒心を若干緩くするエリー。フィリティアナの説得により、どうやら誤解は解けたらしい。
「それに私が上半身裸にされた時、優しくマントをかけてくれた」
「裸……」
しかしホッとするのも束の間、回復しつつあった空気を破壊するような爆弾を、リリスが投下してきた。
うん。フォローしてくれるのはうれしいけど裸じゃなかったよね!? 鎧つけてたよね!?
これを聞いたエリーの視線は、人を殺められるほど冷たいものにランクアップした。ついで両隣りからも殺気を感じる。
「「……」」
馬車の中が再びシンと静まり返る。リリスの微妙な言い回しでさらに俺が変態みたいになった。
「……あ、コウイチ様。着きましたよ」
窓の外には、見上げるほどの高さの立派な城が見えたが、とても見物する空気ではない。
こうして俺たちは、この最悪なムードのまま、ウルズ国首都ノルンの中央に建つイグドラシル城に到着したのであった。