第一話 なんか俺と小屋とばあさんだった
少しまとめて投稿します。
転生して初めのうちはものすごく混乱した。
俺は確かに死んだはずだ。
轢かれる直前、思わず目を瞑ってしまったのだが、いつまでたってもトラックに撥ねられたような衝撃はこない。恐る恐る目を開けてみると、なんと自分が赤ん坊になっていたのだ。
なぜ生きているのか? 俺はどうなってしまったのか?
生きている喜びとこの不思議な現象への不安で、急に感情が抑えきれなくなり、恥ずかしながら泣きわめいてしまった。
もちろん、普段の俺ならばこんなことで泣きはしなかっただろう。しかし、いくら堪えようとしても、溢れ出る涙が止まることはなかった。どうやら赤ん坊になったしまったせいで、感情のコントロールがきかなくなってしまったらしい。
「お~、よしよし。いい子だから泣かないでおくれ」
俺が泣いていると、すぐに知らないばあさんが近寄ってきて、俺をあやしてくれた。
この人は誰だろう?
ばあさんは俺を我が子のように大切に抱き上げると、左右に揺らしながら子守唄を歌う。とても居心地が良い。不安な気持ちで強ばった体が次第に解れていくのを感じた。
この人が、俺の親なのか?
分からないことだらけだ。しかし、猛烈な眠気に襲われ、それ以上のことは考えることができずにそのまま意識を手放した。
※※※
転生から2年が経った。
この頃になると俺の精神は安定しはじめ、様々なことを考えられるようになった。
例えば、今自分が置かれている状況。俺は前世の記憶を持って赤ん坊として生まれ変ったのだ。理由は分からない。だけどこの状況が現実だということは分かる。
住まいは20畳ほどの広さを持つ、小汚い小さな小屋。木製で老朽化が激しく、ところどころ腐っていて、隙間風がひどい。暖をとる方法は、薄い毛布にくるまるか、部屋の隅にある小さい暖炉に火をつけるくらいで、正直勘弁してほしかった。
その小屋に住んでいるのは、ばあさんと俺しかおらず、二人暮らしだ。
俺はおそらく拾われてきたのだろう。ばあさんに聞いてもよかったのだが、必要のないことなので無理に聞くことはなかった。
てか、2歳児が急に「ぼくっておかあさんのこじゃないの?」って聞いてきたら正直引くだろ?
もしかしたら、この今にも倒れそうなヨボヨボばあさんが頑張ったという可能性もあるが……考えたくないので止める。
生まれ変わった俺は、2年間で順調にすくすくと育ち、歩くこととしゃべることができるようになった。おもな主食は哺乳瓶っぽいのに入ったミルクっぽいやつやら、ドロドロとした離乳食やらである。断じてばあさんの萎れたアレではない(これ重要)。
ちなみにこの小屋は、ひびの入ったガラス張りの窓から見た感じ、鬱蒼と茂る森の中にあるみたいだ。
もしこの小屋がお菓子でできているのであれば、迷い込んだひと組の男女が、ばあさんに肥やされ食べられるストーリーが展開してもおかしくはない。
……止めよう。そうだとしたら俺食われるし、洒落にならない。
日々の消耗品はばあさんが森の外にあるという街で買ってきているらしい。街は森からずいぶんと離れているみたいなので、ばあさんの体力が心配なところだ。
ばあさんは、いろいろと失礼なことを頭で考えていた俺を、必死で育ててくれた。
前世では親に甘えることのできなかった俺にとって、血がつながっていなかったけど(定かではないが)本当の親のような存在になった。
※※※
動き回れるようになった俺は、この世界についての情報を集め始めた。『この世界』と称しているのは、俺が現在いる世界が、生前とは異なった世界、異世界だということが判明したからだ。
なぜ異世界だとわかったかというと、ばあさんが家事をする際に魔法を使っていたからである。
こう……魔法陣が出て、物が浮く的な? Oh! ふぁんたじぃ~。
それに部屋も、現代の建築技術では考えられないほど雑であり、ばあさんの顔もほりが深く、ヨーロッパ系のような容姿をしていた。
間違っても日本じゃない。
魔法があるから外国でもない。
嗚呼……異世界か。
異世界に転生、ネット小説でそういったジャンルのものを読んだことがある。ただ現実に起こるなんて思ってもみなかった。と他人事のように考えていた。
どうやら今までいろいろありすぎて脳がマヒしているらしい。とりあえず俺はこの現実をすんなり受け止めた。
そして異世界だと驚くよりも先に、どうやって生きていこうかと思った。自分の知らない世界。おそらく自分の生前での常識が通用しない異世界。
ばあさんにいつまでも頼るわけにはいかない。この世界で生きていくためには、まず一人で生きていけるだけの情報を集めなければならない。郷に入れば郷に従えである。
「おばあちゃん」
「どうしたんだい? コウイチ」
ある日、家事などを終えて暇になったばあさんを呼びとめる。この世界をよく知るには、一緒に住んでいるばあさんに聞くのが一番だと思ったのだ。そもそもそれ以外の方法はない。
ちなみにコウイチとは俺のことで、俺の名前は今城 幸一。なぜか前世と同じ名前をつけられた。これもまた謎の一つなのである。
俺は思い切って、ばあさんことアデーレ・ベインに請う。
「せかいをおしえて」
「世界を教える?」
「うん、ぜんぶね。あと、まほーもおしえて!」
本当は世界についての一般常識と、生活していくための魔法や保身のための魔法を教えてほしいと言いたかったのだが、なぜか口に出そうとすると2歳児の話し方になって意味がわからなくなる。
これでは伝わらないと思ったが、アデーレばあさんのにっこりと笑うと「そうかそうか」と言ってこう続けた。
「そろそろ意識が安定してきたようじゃのう。前世の記憶も覚えているのかぇ?」
ん? あれ? 今何て言ったこの人。
俺があんぐりと口をあけて驚いている姿がおもしろかったのか、顔の皺をより一層深めながら、ホッホッホと笑いながら続ける。
「そう驚くでない。コウイチを転生させたのは紛れもないこのワシなんじゃからのぅ」
エッヘン! と腰に手を当てて仰け反るアデーレばあさん。
あー親のような存在になったって撤回ね、うん。
「なんで、だまってたの?」
俺は怒ってアデーレばあさんに詰め寄る。もっとも傍から見れば祖母に駄々こねている孫にしか見えない。
「転生術は初めてだったからのぅ。成功しているかわからんかったから、この世界について質問されるまでは黙っておこうと思ったんじゃ」
その言葉を聞いて呆然とする。
俺がこの世界に転生したのは偶然ではなく、このアデーレばあさんのせいだったとは。
しかし、そうだとすると一つ疑問が生まれる。
「ぼくと、ぼくになるまえのぼくは、てんせーのせいでなくなったの?」
あーもう! この口調だと伝わらない!
足をジタバタさせイライラしていた俺に気付いたアデーレばあさんは、何かの魔法を唱える。
(念話ならどうじゃ?)
(おお! すげぇ!)
この世界にはこんな便利な魔法があるのか。是非とも覚えたいものだ。
(……てか、こんな魔法あるんだったら、話せるようになるのを待つ必要はなかったんじゃないか?)
(この魔法はお互いの魔力を消費するのでのぅ。幼すぎる相手には使えんのじゃ)
(なるほど……)
(で、コウイチは何を伝えたかったのかぇ?)
(そうだった! その転生魔法ってのはもともとある体にほかの世界からの精神を入れる魔法なのか?)
(そのとおりじゃ)
(だったら、俺になる前のこの体の持ち主はどうなったんだ? まさか……殺したのか?)
そう、思いついた疑問とはそのことだった。
俺は偶然、前世の記憶を持ったまま生まれてきたと思っていたのだ。しかし、人に転生させられたのならば話は別だ。
俺はトラックに轢かれて死んだ。そのあと赤ん坊に転生した。じゃあ、赤ん坊の体の持ち主はどうなったのか。
もし自分に体を乗っ取られてしまったせいで、体の持ち主が死んでしまったのならば、俺はこの体の本来の持ち主を殺してしまったことになる。
(そう心配するでない、その赤ん坊の持ち主はもうすでに死んでいたのじゃ。もともと転生の術は死んだ者同士しか使えないからのぅ)
それを聞いて内心ほっとする。
(わかった。じゃあ最後にもう一つだけ聞いていいか?)
(ほうほう、言ってみぃ)
(なんで俺を転生させたんだ?)
(それは……)
俺はごく普通の日本人の高校生。俺みたいな人間は日本に、いや世界にごまんといる。なぜ俺なんだ? 転生術まで行使して一体何が目的なんだ?
アデーレばあさんは一呼吸置いて続ける。
(神のお告げがあった。……とだけ言っておくかのぅ)
(ええっ!?)
めっちゃくちゃ気になるっ! 教えてくれてもいいだろう? なにその焦らしプレイ!?
(それよりもコウイチよ、世界を教えろと言ったのぅ。よかろう、わしがこの世界についての知識と魔法をすべてお前に教えよう)
そういってからまたホッホッホと笑うアデーレばあさん。なんかうまい具合に話を逸らされた……。
神のお告げについてはとても気になったが、話す気はなさそうだし、保護されている身なので深く追求するのはよそう。
そうして弱冠2歳の俺は、この日から座学と修行を受けることになったとさ。
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