第十七話 なんか傍観者
約一週間ぶりです^^;
更新遅れてしまって申し訳ありませんでした;;
コウイチの視点から始まります。
「くはっ……」
どのくらい時間が経ったのだろうか、目をあけると積み重なった岩の隙間から夕陽の淡い光が差し込んでいる。リリス達の俺を呼ぶ声を聞いたが、腹の痛みのため返事をすることもできずに、そのまま気絶してしまったのだ。なんとか生きているらしいが、全身から痛みを感じる。特に左腕と腹部の痛みが酷い。
あの落石に押し潰されそうになった少し前に、俺は最後の力を振り絞って『磁力付与』を自分自身と落石に同じ極同士になるようにかけて、その反発力を利用して落石を避けたのだった。
しかし体力が限界に近かったので、急所に落ちてきそうな最低限の数にしかかけることが出来なかった。まあ左腕と腹部以外それほど損傷がなかったので、良い方だろう。
『岩壁盾』で防いでもよかったのだが、俺には属性付きの魔法の才能がないため、一瞬で発動することもできず、強度もいまいちなので使わなかった。他にも防ぐ方法はいくらでもあっただろうが、いつも使いなれている魔法を咄嗟に発動させてしまったのだ。
なんという賭けだ、それに非効率すぎる。暗くてよく見えないが、これは骨が折れてるな…。腹からは血が出ているし。
今まで小屋に引きこもっていたせいか、実践的な修業を積んできたのにも拘らず、実際にこういう状況になってつい焦ってしまったのだろう。
次から頑張ろう。失敗は成功の母である。とりあえず治癒魔法を使って腹の傷から癒し始める。だが止血と動かせるようになる程度の効果しか期待できないだろう。万全の状態まで回復は出来ない。
こんなことだったら治癒魔法をもっと鍛練しておくべきだった。
俺は最初、攻撃を受けない前提で補助魔法を使う予定だったので、治癒魔法の鍛練の時間を他の魔法に費やしていたのだ。
魔法は才能や位で威力や効力が変化するのだが、鍛練による向上も可能なのだ。もちろん、治癒魔法の鍛練をしていなかったという訳ではない。ただ、他の魔法よりは大分劣っているのだ。
それに今まで怪我は自然に治していたからな……。
治癒魔法で治していたら自己修復能力が衰えてしまうし、自然に治したら前より頑丈になる、とアデーレばあさんに治癒魔法を使うのを止められていたのだ。
魔法の鍛練とは極端に言えば魔法を使いまくることだ。俺が魔法使いとして一気に成長できたのは魔力量が他人より数段多かったこともある。つまり他の魔法より使用回数が少ない治癒魔法が劣るは当然と言えるだろう。
終わったことだ、今更後悔しても仕方がない。今まで鍛えた魔法を有効に使うだけだ。なんだかんだでポジティブに思考を持っていこうとする癖は、俺の保身スキルの一つなのである。
ある程度動けるようになったので、腕の治療をしながらリリス達のもとへ向かおうとしたのだが、その時積み上がった岩の向こうから、誰かが叫んでいるのが聞こえた。
「私が目的なのだろうっ! その子は関係ない!」
「関係ないとは、護衛として雇っておいて今更ですね。 それに何を勘違いしているのか、私どもの目的はあなた様ではありません」
叫んでいるのはリリスか。でも相手は誰だ?
俺はリリスと会話をしている相手を確かめるため、身体能力の補助魔法をかけて岩を登った。すると白い仮面をつけた者と、他にも数十人のフードを被った者がリリス達を囲んでいるのが見えた。だが俺の目に最も早く飛び込んできたのはそいつらではなく、ラナの首にバスタードソードをあてているラングだった。
ラング!? いったい何を……。目的やら何やら話しているところからしてもこいつらは俺が察知した賊共か? ラングは敵だったのか?
何が起こっているのか判断がつかなかったため、今は出て行かずに様子を見ることにした。
「私どもの目的は、そこにいるウルズ王国第一王女フィリティアナ・ウルズ・アルテミス様です」
そういってミレイヤに向かって指差す白仮面。
何を言っているんだあいつは、と思いながら成り行きを見守っていたのだが、何やらリリスの様子がおかしい。白仮面の指摘に対して、少し焦っているように感じる。
「デタラメ言わないでくださいっ! 意味が分かりません!」
ミレイヤが白仮面の男にそう抗議する。
「いいえ、あなたはフィリティアナ姫ですよ。私どもの情報網を甘く見ないでほしいです。……しかしすばらしい擬態ですね。情報がなければ気付きませんでしたよ」
擬態? この白仮面はミレイヤが変装しているとでも言いたいのか。
「『仮装変格』。擬態魔法の最上位に位置する、高等魔法。ですよね? リリス様」
「くっ……!」
『仮装変格』だって!?
俺は驚きのあまり、岩から落っこちそうになるのを何とかこらえた。
『仮装変格』、アデーレばあさんの小屋の書物で見たことがある。だからそれがどんな魔法なのかは分かる。ただ使用方法など詳しいことは載っていなかったが。
「ウチはフィリティアナ姫様ではありません!」
「……では聞きましょうか? あなたはこの依頼を受ける以前。どこで何をしていましたか?」
「それは……」
白仮面のその言葉に、何も言い返すことができなくなるミレイヤ。
「クックック……思い出せないでしょう? それが擬態の証拠ですよ」
「う、ウチは……違います」
ミレイヤが頭を抱えて、地面に膝を立てた。相当混乱しているように見える。
まさか本当にミレイヤがフィリティアナ姫だというのか。そうだとしたら、何のためにそんなことをしたのか。それに一国の姫が、こんな冒険者たちに紛れ込むなど、不用心にもほどがあるだろ。
「そしてその『仮装変格』魔法は、本人が真実を知ることによって解除されます」
いまだ信じられない俺に、確実的な真実がつきつけられる。白仮面がそういうと同時に、一瞬にしてミレイヤの姿が別のものに変化したのだ。
あれが……ウルズ国第一王女フィリティアナ姫なのか?
着用している服はミレイヤの時と変わらなかったが、鮮やかなピンク色の巻き毛は腰まで伸びる水色のストレートヘアーに変わり、おっとりとした顔は、幼くもあるがしっかりとした、まるでお人形のような整った容姿に変わった。背は俺より10センチほど小さいくらいで、年齢は俺より1つか2つ年下だと思う。
「クックック……、お目にかかれて光栄でございますフィリティアナ姫」
白仮面が気持ちの悪い笑い声をあげながら、仰々しくお辞儀をする。
ここまで様子を見ていて、俺はこの状況を整理する。この白仮面と賊たちの目的はミレイヤに擬態したフィリティアナ姫。奴らは、フィリティアナ姫がミレイヤという冒険者に擬態しているという情報を何らかの方法で掴んだ。そして、フィリティアナ姫が擬態したミレイヤは、リリス護衛として雇った冒険者の中に紛れ込んでいたので、ラングをスパイとして送り込んだということか。
ラングが護衛中に俺たちを殺さなかったのは、フィリティアナ姫の身柄が目的だからだろう。たとえ俺たちが眠っている間に殺そうとしても、殺す瞬間の殺気で気付かれてしまう。もしかしたら、慎重に事を運びたかっただけかもしれないが。
状況からしてこの推測で間違いないだろうが、なぜフィリティアナ姫はこんな危険を冒してまで国を離れていたのだろうか。一国の姫が国を離れているというのに、実際の護衛がリリス一人と言うのはあまりに不用心ではないか。これはおそらく、フィリティアナ姫が黙って国を抜け出したと考えるのが妥当だろう。そこまでして、国を抜け出さないといけないほどの事情があったのだろうか。
だが、たとえフィリティアナ姫にやむを得ない事情があったとしても、俺やラナには全くの無関係の事で、巻き込まれたということになる。しかもこのような、国家に多大な影響を及ぼしそうな事件にだ。
勘弁してくれ……。
俺がここで出て行ったら、確実に面倒事に巻き込まれる。俺はこれから王都ノルンに行き、冒険者ギルドの本部で適当なクエストを受け生計を保ちつつ、あわよくば強い仲間を集めるつもりだ。ここでリリス達の助太刀に行って、敵に目をつけられるのは得策ではないだろう。魔王以外に、これ以上敵を増やしてしまったら、もう手に負えなくなる。
ここは大人しく岩陰に隠れたまま、リリスがどうにかしてくれるのを祈っていたほうがいいな。俺は他力本願がモットーな、主人公になれないただの補助魔法使いである。それに、実際リリス達に騙されていたので、助けに行く義理もない。
「私が目的だと、そう言いましたね? どうするつもりですか?」
フィリティアナ姫が白仮面に向かって質問を投げかける。ミレイヤだった時と比べて、特に焦っている様子もなく落ち着いている。
さすが一国の姫だ。このまま時間を稼ぐなりして、隙を見てリリスが反撃してくるのを待とう。
「私どもの目的はフィリティアナ姫様の身柄の確保。手荒なまねはしたくないですので、大人しく同行していただけたら仕事が楽になるのですが?」
「……貴方達、スクルドの手の者ね」
「ほう! これはこれは、さすが『法の大賢』と言うべきでしょうか。ご名答でございます」
スクルド……っ! ただの身代金目的の賊ではないとは思っていたが、まさか敵国の手のものだったとは。これはもう洒落になっていない。もしかしたら国の運命を左右するかもしれない大事件だ、ますます助けに行くことはできなくなった。
大体なぜリリスは動かないのか。一国の姫が危険にさらされているというのにも関わらず、冒険者一人を囮にされているだけで動けなくなっている。もしかしたら罠を警戒しているのかもしれないが。
しかしこういっては悪いが、ラナは人質としては不十分。誰がどう判断したとしても、ラナのことを見捨てて攻撃を仕掛けるべきだろう。
「ラナを見捨てるか……」
しかしそのようなことを考えた時、胸の辺りが小さな針で刺されたかのようにチクリと痛んだ。
「俺なら助けられる……」
まるで心の中の悪魔と戦うように、小さな声で呟く俺。しかし現実的にデメリットが多すぎる。国の問題にかかわってしまうし、スクルドという大きな敵を作ってしまう。
助けたいという考えと、自分の身を守りたいという考えが頭の中で衝突し、俺はいまだに答えを出せないでいた。
とその時、フィリティアナ姫がついに白仮面に返答をした。
「……分かりました。同行しましょう」
はぁ!?
俺は驚きのあまり、つい叫びそうになるのを口で押さえて止めた。
ばかな! いくらなんでもその判断はあり得ない!
たとえフィリティアナ姫の身柄を渡したとして、この状況に何の変化があるだろうか。人質を素直に返したり、リリスを逃がしたりするやつらではないと分かっているはずなのに。むしろ状況は悪化する。フィリティアナ姫を人質に取られたらリリスも攻撃できなくなるじゃないか。
俺はなぜ急に変な判断をしたのかと考えていたが、よく見てみるとフィリティアナ姫の手がわずかに震えているのが見えた。緊張して冷静な判断ができていないのか、だとしたら敵の思うつぼだ。
やはり一国の姫とはいえ、まだ14歳、15歳の幼い少女。完全に非道になれないのか、ラナのことを見捨てることはできないらしい。
「姫様っ!?」
リリスが慌てて止めている。手は双剣の柄を握りしめ、今にも敵に襲いかかろうとしていた。しかしフィリティアナによって止められる。
「いいのですリリス。父上様には私の身柄の交渉はしなくてもいいと、そう伝えておいて」
「しかし……っ!」
「クックック……それは賢明な判断ですな、フィリティアナ姫」
白仮面はフィリティアナのこの性格を利用したのか。確かに民を思うフィリティアナの考えは王女としてふさわしいものだが、行き過ぎる優しさは逆に多くの民の命を危険にさらすことになる。王女が敵に奪われたとあれば、王家の信用は落ち、兵士たちの士気も下がる。不利な交渉を押しつけられ、戦争自体不利な状態になるだろう。フィリティアナ姫は人の上に立つ立場の重要性をまだ理解していない。いや、理解しているのだろうが、どうしても非情になれないのだろう。これは本当まずいことになった。
「……その代わり彼女たちには手を出さないでください!」
「ええ、それはもう。私どもの目的は、フィリティアナ姫だけですから」
「罠に決まっています姫! 信じてはなりません!」
罠どころの話ではない。罠にすらなってない見え見えの作戦だ。本人もおそらく分かっているだろう。分かっているのにそのような行動をする、やはりフィリティアナ姫は優しすぎる。
だが俺はその震える手を押さえ必死に恐怖に耐えながらも、人質となったただの冒険者を守ろうとしているフィリティアナ姫に、自分の前世の妹の姿が重なった。
「傍観者か……」
俺は見ているだけで何もしない、自分は加害者ではないから関係ないと、いじめを黙認するような傍観者が大嫌いだった。だから友達のいじめを止めに入った自分の妹を誇りに思う。そしていじめが妹に移ったとき、救えなかった自分を悔しく思った。
「嫌いだったはずなのに」
今自分はその傍観者ではないか? スケールは違うけれども、ただ見ているだけでなにもしていないのは変わらない。ただ保身のために、フィリティアナやリリス、ラナを見捨てて俺はこれから生きていくのか?
「それにまだ依頼は達成していない」
初クエストが失敗だなんて、なんか気持ち悪くね? それに例え愚かな行為だとしても、大の大人が寄ってたかって女の子をいじめているのを放っておけるだろうか?
優柔不断だった考えが一つにまとまり、俺は一つの決断を出す。助けよう、もう傍観してるだけなんていやだ。
『リリス、聞こえるか? 話があるんだ』
『……っ!? コウイチ生きていたのか!』
俺は魔法を唱えると、リリスに念話をつなぐ。
『ああ、落ち着いて聞いて。僕が今からある魔法を敵に掛ける。時間がかかるから、その間派手な動きをしないでほしい』
『何を言っている! 敵はスクルドだぞ? コウイチはにげろ!』
『僕はあの落石でも死ななかったんだよ? それにお姫様の命もかかってるし、そんなこと言ってられないと思うけど』
『しかし……分かった。それでどんな魔法を?』
『えーと……』
これは俺のオリジナルだからな。なんて説明したらいいだろうか。
『敵をこう……一時的に全員戦闘不能にするみたいな?』
『……え?』
俺のあり得ない答えに、今まで聞いたことのないリリスの間抜けた声が、脳内に響いた。