第十六話 なんかお姫様?
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『仮装変格』。
その魔法は、術者を対象者の姿形だけではなく思考や記憶、人格までも完全に擬態する上級魔法。姿形を対象者と同一にする擬態魔法と、自らの記憶を内に閉じ込め、対象者の記憶や人格や思考をあたかも自分のものであったかのように植え込む、催眠魔法を組み合わせた魔法である。
しかしこの魔法は、稀に見る才能と膨大な魔力量を必要とし、誰でも容易に使用できるというわけではない。それに加え、術者と対象者の間には、並々ならぬ信頼関係と両者の合意がなければならないのだ。それに関して言えば、一種の契約魔法とも言えるだろう。
したがって、実際にこの魔法を使えるものは、この魔法を創りあげたと言われている、ウルズ王国初代国王に仕えていた王宮魔術師ヘルメス以外あり得ないとされていた。
〝されていた〟と過去形になっているのは、現に私が使用することができるからだ。
私はウルズ国の王家の第一王女として生まれて、偶然にも魔法の才能があった。というのは、ウルズ国王家に家系は、初代国王を除いて魔法より剣に秀でた人物が多く生まれてきたからである。
無論、父上様は王国の中で、上から10本の指で数えられるほどに剣に優れているが、魔法に関してはあまり得意でない。母上様は魔法を使えはするが、王国に仕えている王宮魔術師ほどではないだろう。
しかし初代国王は、土系統の魔法に優れた人物だと聞いている。この『大地の国ウルズ』という名称はそこからきているのだ。
つまり私は、その初代国王の血を、偶然にも色濃く受け継いでいたのである。10歳のころには、この『仮装変格』の他に、ヘルメスが残した魔法をほとんど扱えるようになっていた。最近では、父上様から二つ名を与えられたがいくらなんでもそれは大袈裟だと、あまり呼ばれるのが好きではないのは余談である。
「クックック……、お目にかかれて光栄でございますフィリティアナ姫」
すでに私の擬態は解け、私本来の姿へと戻っていた。
『仮装変格』は、使うことができればとても便利な魔法だが、弱点がある。それは使用者の催眠が解けてしまったとき、元の姿に強制的に戻ってしまうことだ。
つまり、擬態中は私の意志が反映されないので、擬態後の活動が難しくなってしまう。敵を欺くにはこれ以上のない変装だが、これでは目的を果たすことはできない。
私がこの魔法を使用してまでウルズ王国を離れたのはある目的があったからだ。その目的を果たすためにリリスに協力してもらい、リリスの護衛の冒険者に身をやつしたのだが、どうやら敵のほうが一枚上手だったらしい。
「申し訳ありません、姫様……」
「いいのよリリス。あなたはよくやってくれたわ、ありがとう」
すまなそうに顔を歪める、私の親友に対して感謝の意を述べる。リリスは私の仕事上などではない数少ない友達であり、王宮に仕える騎士でもあった。私の相談役になってくれたり愚痴を聞いてもらったりと、リリスにはいつも世話になっている。
今回の件も、リリスはここまでよくやってくれた。私の無理なお願いにも、少しの躊躇いもなく引き受けてくれたのだ。感謝することはあるとして、なぜ謝罪されることがあるだろうか。
「私が目的だと、そう言いましたね? どうするつもりですか?」
「私どもの目的はフィリティアナ姫様の身柄の確保。手荒なまねはしたくないですので、大人しく同行していただけたら仕事が楽になるのですが?」
「……貴方達、スクルドの手の者ね」
「ほう! これはこれは、さすが『法の大賢』と言うべきでしょうか。ご名答でございます」
白仮面が仰々しくお辞儀をする。『法の大賢』、それが私に与えられた二つ名だ。
何がご名答なんでしょうか、時期を考えてもこのようなことをするのはスクルドしかあり得ないのに。
『死の国スクルド』。アルマータ三大国の一つとも呼ばれているのにもかかわらず、内部の情報がほとんど分からないという閉鎖された国。『死の国』というのは、スクルド初代国王が土地を得るために、闇の魔法を用いて異種族狩りを行ったところからきている。そのことから闇の魔法は、アルマータ全国で禁忌とされているのだが、噂ではスクルドではいまだに行使され、開発が進んでいるという。
スクルドと我がウルズ国は今、戦時状態にある。原因は、スクルドの異種族虐殺、及びウルズ国領土の侵害である。スクルドは利益を得たいがためだけに、ウルズ国に宣戦布告もなしに戦争を仕掛けてきたのだ。『月の国ウェルザンディ』とは友好な関係を持っているので、王女誘拐を企てるとしたらスクルド以外あり得ないのだ。
「……分かりました。同行しましょう」
「姫様っ!?」
「いいのですリリス。父上様には私の身柄の交渉はしなくてもいいと、そう伝えておいて」
「しかし……っ!」
「クックック……それは賢明な判断ですな、フィリティアナ姫」
「……その代わり彼女たちには手を出さないでください!」
「ええ、それはもう。私どもの目的は、フィリティアナ姫だけですから」
「罠に決まっています姫! 信じてはなりません!」
リリスは私を必死に止めようとしているが、この状況下では仕方がないだろう。それにラナさんはこの件とは全く関係のないものであり、私が巻きこんでしまったのだ。一国の姫とただの冒険者を秤にかけるならば間違いなく傾くのは前者であろうが、私はそうすることはできない。
やはり私は王女など向いていないのですね。
たとえ罠だとしても、私は人を犠牲にしてまで自分が助かろうなんてできない。
「ではこちらへ」
「ごめんなさい、リリス」
私は促されたとおり、一人の賊に拘束された。
リリスは私の性格を知っているから、だからなおさら悔しそうにしていた。
「さてと……」
パチンッ
「……っ!」
私を拘束したのを確認すると、白仮面の男は指を鳴らす。白仮面の足元から黒い魔法陣が出現し、何かの魔法を発動させた。するとリリスの影が浮かびあがり、リリスの手足に絡みついた。
影の実体化!? これは、闇魔法!?
ただの噂だと思っていたが、まさか本当に使ってくるなんて。
「なにをしているのです!? 彼女たちには手を出さないと……」
「それはできない相談です」
「なんですって!?」
「彼女たちをここで逃がせば、今回のことがウルズ王国に知れ渡るでしょう。それにフィリティアナ姫、貴方は人質を取られている時点で交渉できる立場ではないのですよ」
「そんな……」
私の絶望している顔を見て、さも楽しそうにそう語る白仮面。
目的を果たして余裕が出てきたせいなのか、白仮面は次々と今回の策略について話し始めた。
「ラングを忍ばせて、内部の戦力を分析するために山賊に襲わせたり、崖に工作をして戦力を削ったりと、なかなか苦労させられましたが、これは最後の仕上げと言うものです」
「……っ! ではコウイチは貴様らのせいでっ!」
「ああ、そういえば一人魔法使いが居ましたね。本当はリリス様を殺害するための罠だったのですが、よくもまあ邪魔してくれたものですよ」
「貴様っ!」
怒りに満ちた目で白仮面を睨むリリス。あのリリスがここまで人に対して怒るのは珍しい。コウイチは不思議な少年だ。
しかし、私とラナさんが人質になってしまっている以上、リリスは反撃することができない。
リリスの実力ならば、あののような魔法などすぐにでも解くことができるのに。
「……少々五月蠅いですね。ご自分の立場が分かっておられないようだ……ラング」
「……」
何かの命令を白仮面が送ったのか、ラングはラナさんの口をふさいだまま、もう片方の手でバスタードソードを振りかざしてラナさんの腕を切り落とした。
「――――っっ!?」
声にならない悲鳴を上げるラナさん。切り落とされた腕の切り口から大量の真っ赤な血が噴き出している。
「いやあああぁっ!」
「貴様ぁぁぁ!」
「クックック……、そう怒らないでください。これからリリス様にはたっぷりと、私の部下の労をねぎらって貰うのですから。」
「なにっ……っ!」
「抵抗したらどうなるか……分かりますね?」
チラッとラナさんのほうへ顔を向けるリリス。
ドバドバと血を流しているラナさん。流血がひどすぎる。ラナさんは顔面を蒼白にしながら、今にも手放しそうな意識を懸命に保っていた。
すぐに治癒魔法をかけなければ、ラナさんが死んでしまう。今、治癒魔法をかけることができるのであれば、切り落とされた腕も元に戻せるのだが。
しかし、敵がそんなことを許すはずはない。
「犯れ……」
白仮面がそう命令すると、賊たちは自分の影で身動きが取れないリリスを囲み、鎧と衣服を剥ぎ始めた。
「やめなさいっ! やめてっ! 」
「くははははっ! そうですその顔! その絶望に染まった顔が見たかったのですよ! さあ、犯され殺されるリリス様を見て、もっとその顔を私に見せてください!」
「いやあっ! リリスっ!」
「くっ……下種が」
もうすでにリリスは上半身をすべて脱がされ、その綺麗な胸を露わにしていた。賊たちはその姿に興奮したのか各々フードを脱ぎ捨て、ニタニタと厭らしい顔でリリスに迫っていた。
だめっ! お願いやめて!
しかし私の願いは空しく、賊たちは己の欲望のままリリスを襲おうとしていた。がその時、
カラン
周囲に響く金属が地面とぶつかった音。
何事かと驚いてそちらを見ると、バスタードソードを落としたラングが、ラナさんに蹴りを入れられているのが見えた。
「ぐはっ!」
「よくも……やってくれたわねっ!」
残った気力をすべて出し切って、ラングから離れていくラナさん。しかし流血のせいで、すぐに倒れてしまった。まだ意識はあるようだが、このままでは危ない。
「なっ……! 何をしているのですか!」
仮面で顔は見えないが、想定外の事態に白仮面が慌てているようだ。
「わか……らない、急に……力が」
「なにっ!? ……なんだこの魔力は!」
ドタッドタッ
ラングをはじめとして急に次々と力なく倒れていく賊たち。しかし気を失っているわけでもなく、ただ力がなくなったかのような、そういう倒れ方をしていた。
どうやら誰かが魔法を発動させているらしい。しかしこのような魔法、今まで見たことも聞いたこともない。
「はああぁぁ!」
「ぐぁああっ」
リリスはこのスキに自分の影から抜け出し、『魔装酔い(ダストクロード)』を発動させた。そしてまだ倒れていない賊の殲滅と、倒れている賊にとどめをさしている。
これはいったい……?
私を拘束していた賊も、急に力が抜けたように膝をついた。どうしてかは分からないが、この機を逃す手はない。私はすぐにラナさんのもとへ駆け寄り、詠唱を始める。
「―――チャルチウィトリクエ 水は其の清流をもって傷つきし者に癒しと再生の祝福を与える―――」
『アクア・治癒魔法』
ブゥンッ
詠唱が始まるとともに、私の足元から水色に光る魔法陣が展開する。すると私の掌から球状の水が出現し、ラナさんの切り落とされた腕と切り口を覆う。どうやら正常に発動したようだ。止血も終わり、ホッと胸をなでおろす。
「……クックック、驚きました。私としたことがとんだ分析ミスですよ」
白仮面がある方向を見てそうつぶやいた。私がその視線を辿ると、ある人物を見つけた。
その人物は、銀色に輝く綺麗な長髪を風にたなびかせ、強い意志を帯びたガラス玉のように蒼い目が特徴的な美少女で、落石が積み上がってできた山の上で片腕を天に向かって伸ばしていた。
「ただのFランク魔法使いだと思っていたら、とんだ食わせ者ですね……」
Fランク魔法使い? まさか……。
「コウイチさん……?」
やっと主人公登場ですw
追記
次回は作者の事情により、更新が遅れます;;