第十三話 なんか湖にて
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「……コウイチか」
俺に気付いたリリスが声を掛けてくる。リリスの目はまだわずかの光を宿し、髪からは魔力の光がきらきらと零れ落ちていた。
とてもきれいだと思った。しかしその顔に浮かぶ表情は、何の感情を持っていないようなものだった。
「まだ起きてたんですか?」
「気が治まらなくて眠れなくてな」
「そうですか」
「ああ」
そう言って、湖面に映る二つの月のほうへ顔を戻すリリス。話は終わったと言わんばかりだ。
しかし俺は野営地に引き返すことなく、ただリリスを眺めていた。
別に湖を眺めている妖精のようなリリスに見惚れているわけではなくて――いや、見惚れるほどかわいいのだけれども!――少しでも仲良くなりたいと思い、何か話す話題がないか考えていたのだ。
「あ、あの。リリスさん」
「……なんだ?」
まだ居たのかと、そんな目で見てくるリリス。もしかしたら人と付き合うのが嫌なのかもしれない。
「となり、いいですか?」
「……別にかまわないが」
そうして俺はリリスの隣へと腰を下ろす。
おお! なんか俺、大胆じゃね? チキンから一歩前進じゃね? などと喜びに浸るが、そこからのことをまったく考えていなかったので、俺たちは無言のまま湖を眺めていた。
それからしばらくの時間が経ったが、一向に口を開くことができない俺。
何か声をかけないと、気まずくて死にそうです……。
「あの……リリスさん」
「ん? なんだ?」
気まずさに耐えかねた俺は、とりあえずリリスの名前を呼ぶ。しかし紅のきれいな瞳に見据えられ、何も言うことができなくなってしまった。リリスは、さらに何がしたいのか分からないといった顔をする。
うっ……俺は生前女の子としゃべったことがないから、こういう時どんな話をすればいいのか分からないんだよな。
地味で目立たない俺のような男子高校生には、女子で二人っきりのシチュエーションなど夢のまた夢の話なのである。
「えっと、その……」
「……?」
ええい、ままよ! とりあえずなにか言うんだ俺っ!
「そ、その髪……イルミネーションみたいできれいですよね!」
「…………え?」
って何言ってんだ俺! とりあえず誉めとこうと思ったけどそれはないだろっ!
ううっと頭を抱え自己嫌悪に陥る俺。
ちなみにこの世界でもイルミネーションという言葉は存在する。魔法でお店を飾るような感じで、地球の電球と同じよなものと考えてもらっていい。
イルミネーションみたいだと言われた当の本人のリリスは、こいつ何言ってんだという顔をしている。
「いやっ! その違うんです! なんか気まずいなと思いまして、ふっと頭に浮かんだことを言ってみただけで……」
「…………」
なんかいろいろぶっちゃけてしまう俺。オワタ……。仲良くなる作戦失敗。これは席をはずした方がいいな。
「……ぷっ。はっはっは!」
すると突然、大きな声で笑いだすリリス。リリスが笑っているのを初めて見た俺は、驚愕のあまり呆然とする。
「ど、どうしたんですか?」
「いやその……ふっはっはっは!」
「えーと、リリスさん?」
「ふふふ……す、すまない。」
リリスまだ笑いが治まらないようで、俺から顔を背け、口に手を当てて腹を抱えている。
リ、リリスの笑いのツボが分からない……。
「えっと……大丈夫ですか?」
「……ああ、もう大丈夫だ」
と言って俺に振り返るリリス。するとその顔に浮かんでいたのは、湖を眺めていた時の無表情とは違って楽しそうな笑顔だった。なんか知らないけど、笑顔見れてよかった。
俺とリリスの間の雰囲気は和やかなものになった気がする。先ほどの緊張も少しほぐれてきた。
「コウイチは、その……私が怖くなかったのか?」
「え? どうしてですか?」
急に心配そうな顔で、変なことを聞いてくるリリス。俺は質問の意図が分からなかったので、怪訝な顔をして首をかしげる。
「そうか……いやなんでもない」
「……すごく気になるのですが」
ふふふ、とまたおかしそうに笑うリリス。
質問の意味が気になったが、リリスが楽しそうだからいいかと自分に言い聞かせる。
「リリスさんは強いのに、なぜ護衛など雇ったのですか?」
調子に乗ってきた俺は、つづけてリリスに話しかける。
「それは……いろいろ事情があってな」
言葉を濁すリリス。
ああっ! せっかくいい雰囲気だったのに地雷踏んじまったか!?
「そういう君は、なんでそんな不気味なフードを被って顔を隠しているんだ?」
リリスはお返しだとばかりに、意地悪そうな笑みを浮かべて質問を返してくる。
「ぶ、不気味!? ……不気味ですか?」
「黒いマントフードを羽織って、杖を持ち武装もしている。はっきりいって不審者にしか見えない」
「……た、たしかにっ!」
もしこれが漫画だったら、俺の背景に『ガーン!』という描き文字が出現しているだろう。
「そこは納得するのか……。それで、なんでフードなんて被っているんだ?」
「それは……」
「それは?」
「……謎的な不気味さって、何か芸術的なカッコよさがあると思うんです」
ニコリと即興で考えた嘘をつく俺。
言えないっ! 顔が女っぽいからフード被ってるんです~テヘッなんて言えないっ!
「謎のフード男……なんかカッコ良くないですか?」
「……そうなのか?」
「そうなんです」
理解できないのか、あきれた表情になるリリス。うん、俺も理解できない。自分で何言ってるのか分からない。しかし、すぐに先ほどの笑顔に戻ると、やっぱりコウイチは面白いと言って小さく笑った。
「コウイチと話していたら気が鎮まったようだ、私は馬車に戻って寝る。今日はコウイチと話せて楽しかったよ」
「いいえ、こちらこそ」
『楽しかった』、リリスのその言葉を聞けて俺は心の底から嬉しくなった。これでリリスと友達になれたのだろうか。
「そうだ、コウイチ。これから私のことは呼び捨てで呼んでくれ。敬語も使わないでいい」
「え?」
「それじゃあ」
別れ際にそう言って、リリスは馬車のほうへと歩いていった。
リリスに呼び捨てを許されてしまった。
今日は山賊に襲われて後処理させられて散々だったけど、俺は最後に大きな報酬を手に入れたのであった。
ヴィロムスから出発して5日目が過ぎた。
その日はEランクの魔物にたびたび襲われたりしたが、特にこれと言って問題なく一日を終えることができた。
俺はその日、何度もリリスを呼び捨てにする練習を脳内でやったが、リリスはずっと馬車の中に入ったままで会う機会はなかった。
せっかく練習したのにと落ち込んでると、
「さっきから何ニヤニヤしたりうな垂れたりしてるのよ、気持ち悪い!」
とラナに言われてしまった。どうやら顔に出ていたらしい。めっちゃ恥ずかしい。
ミレイヤは、馬に跨っているときのお尻の痛さが俺の治癒魔法では追いつけないレベルに達してしまったために、なんと逆立ちしながら馬に乗っていた。
「ホジョマジョさんっ! 新発見、こうしていればお尻が痛くないですっ! ウチは天才ですっ! これ絶対はやりますよっ!」
「いや、そんなのできるのミレイヤだけだよ!?」
進行している馬の上で逆立ちとかどんだけ器用なんだよ……。
しかし、ロナウド5世だったかロバート11世だったか忘れたが、ミレイヤの乗っている馬にとっては大変迷惑な話である。
ラングは……今日もラングだった。
ただ昨日の夜以来、あのラングの〝ニヤリ〟が忘れられなかった俺は、ラングと少し距離をとるようにしている。だって、ちょっと怖かったんだもんあの顔。
そして俺が警戒しすぎただけだったのか、俺たちをつけていると思っていた賊の気配も感じられなかった。俺の勘違いだったのだろうか。
そんなこんなで1日が過ぎ、ヴィロムスを出発してから6日目。
俺たちはとうとう王都への道のりの最後の通過地点となる、巨大な渓谷へとさしかかっていた。道幅は100メートルと言ったところだろうか、両端の断崖絶壁に囲まれたその狭い渓谷の名前は『ヴェゲルキャニオン』と言うらしい。
この『ヴェゲルキャニオン』は王都ノルンの近くに存在するため、よく商人や冒険者が通るらしい。俺たちがこの渓谷にたどり着いた時も、何組かの商隊や冒険者のパーティーとすれ違っていた。
リリスの従者によれば、王都ノルンには今日中に到着するだろうとのことだ。
つまりこの渓谷を抜けたら俺たちの任務は終わり、冒険者のパーティーやリリスともお別れとなる。俺はそのことを考えると少し胸が痛んだ。いろんなことがあったけど、俺にとっては初めてできた仲間で、その仲間と今日でお別れすることになるからだ。
もちろん冒険者たちのほうは、またギルドで会えるかもしれない。が、リリスはウルズ国の第一王女公認の二つ名持ちで、フィレンツ家の跡取り娘である。おそらくもう会うことはかなわないだろう。
だが依頼は依頼、果たさなければ何の意味もない。それに俺にとっても初クエストだ。リリスと別れるのはさびしいが、絶対に成功させてみせる。
俺がそう決心している間に、俺たちは『ヴェゲルキャニオン』の入口に到着した。
ちなみにコウイチの顔はフードで隠れてはいますが、口は見えるのでラナにニヤニヤしているのがばれました。
果たしてコウイチはフードを被った謎キャラ(笑)を貫き通せるのか!?
編集 黄金拍車さん ありがとうございました!