第十二話 なんか赤くて紅い
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パチパチッ
森に住む魔物ももう寝静まってしまったのだろうか。闇の中で燃える焚き火の光と薪としてくべた木の枝が燃える音だけが、この空間を支配していた。
俺はその焚き火の近くに座り、その火を眺めていた。こうしてからどのくらいの時間が経っただろうか。長く眺めていたような気がするが、俺はその光景に飽きることはなかった。
だがその沈黙を破るように、耳障りな複数の足音が聞こえる。その足音は俺たちの周りをぐるりと囲むと、その中の一つが俺に近づく。
「よう兄ちゃん。俺らここらを縄張りにしてんだけどさ、ちょいと通行料払って貰おうか?」
――ヒヤリ
後ろから冷たい金属の刃が伸びてきて、俺の首にあてがう。
「すいません。お金はないんです」
俺は振り返らず、そのまま返事をする。
「はぁ? おいおい、ウソついてんじゃねぇよ。これだけの人数がいりゃー銀貨の一つや二つ持ってるだろ? それともなんだ、こいつら全員奴隷商人にでも売ってお金作るか?」
ゲッハッハッハ
周りの男たちが下品な笑い声をあげる。まったくもって耳障りだ。
「違いますよ。……ってかそんなことするわけないでしょう」
「あぁん?」
「あなた方に払う金はないって言ってるんですよ」
俺は向けられた刃をつかみ、引き寄せる。するとその刃を持っていた男が前のめりになり、その男の隙だらけの腹に俺の拳が吸い込まれた。
「ガハッ!?」
身体能力上昇の補助魔法をかけた俺の一撃をくらった山賊の一人が派手に吹き飛ぶ。他の山賊たちは、予想外の俺の行動に驚き、怒りの声を上げる。
「き、きさま!」
「どうなるかわかってんだろーな!」
ある程度離れていた盗賊たちが、俺をぐるりと囲んで威嚇している。
「どうなる? あなたたちが僕にひれ伏すことになると思いますが」
「おいおい、冗談言ってんじゃねぇーぞ!」
「冗談? まあ、確かに僕にはそういった趣味はありませんが」
「こいつなめやが……ぐはっ!?」
ラナが近くにいた山賊の足を掴み、転ばせて剣をつきたてる。
「こいつら起きてい……ぎゃあ!」
その瞬間、今まで寝たふりをしていた他の冒険者たちが、一斉に山賊共に襲い掛かる。
「コノヤローッ!」
俺に向かって3人の山賊がシミターのような湾曲した剣を使い襲いかかってきた。
こいつらはここを縄張りと言っていた。ここを通った数多の冒険者や商人を襲ってきたのだろう。何が通行料だ、ふざけている。
「お仕置きが必要ですね」
向かってきた山賊の3人は、俺をなめているのか馬鹿みたいに同時にシミターを振り上げる。
連携が成っていない。3人同時に隙を作ってどうするんだ?
と俺は襲われかかりながらも冷静な思考で考える。俺の補助魔法には体感速度上昇の効果もあり、俺は相手の行動がスローモーションのように見える。
「はっ!」
短い掛け声とともに、がら空きになった山賊の腹に目にを止まらぬ速さで正拳突きを放つ。俺の攻撃方法は今のところ素手。タクトしか武器を持っていないからだ。
「ギャハッ」
「グエッ」
「イヤンッ!」
3人の山賊はそれぞれ間抜けな声をあげて吹き飛ぶ。3人目、おい……。
「私の睡眠を邪魔するなんて……いい度胸してるじゃないの! 『ウェーブスラッシュ』っ!」
「ガハッ!?」
ラナは大剣を上段で構え、回転させながら一気に空間をなぎ払う。するとラナを囲んでいた4人の山賊が、血を吹き出しながら派手に吹き飛ぶ。
『ウェーブスラッシュ』はスキルの一つで、自分の半径5mの相手に斬撃を与えることができる『スラッシュ』の派生スキルである。
「……」
ラングは相変わらず無言で、冷静に山賊を一瞥しては切り捨てている。その合間を縫って、ミレイヤの矢が敵の首を確実にとらえた。
「くそおおおおぉ!」
躍起になった山賊の一人がミレイヤに後ろから襲い掛かる。そして、首に手を回しシミターを首にあてて言い放つ。ミレイヤを人質にするつもりらしい。
「こ、こいつがどうなっても――」
「よくないです」
「グハッ!?」
俺はミレイヤを人質に取ろうとした山賊の背後から忍び寄り、顔を手のひらで覆いそのまま地面にたたきつける。
――グシャ
何かがつぶれる嫌な音と共に、大量に血を流しながら地面に顔をめり込ませている山賊。もうお嫁にはいけないな。
「汚い手でミレイヤちゃんに触らないでください」
脅迫される前に1秒で終わらせる俺。物語の主人公みたいに脅迫されてから華麗に助けるみたいな、そういった救出劇とかできないんだよね。
「あ、ありがとうございますっ! ホジョマジョさん! これでウチの貞操は守られましたっ!」
「意外!? え、そういうこという子だったの!?」
ミレイヤの新たな一面を発見した今日この頃。
と、そんな茶番をしているうちに山賊の数は減り、こちら側が優勢になってきた。
狩るほうから狩られる方へ。山賊たちの表情から笑みが消え、狩られる恐怖だけが浮き出ていた。
「く、くそっ! こいつら強いぞ! お、お頭たちはまだなのかっ!」
お頭たち?
ここに居るのが全員だとばかり思っていた俺は、ハッとなって周囲の気配を探る。
「まずい……ここよりも馬車のほうに人数が!?」
失念していた。
こんな冒険者たちを襲うよりも、馬車に乗った方を襲うのは当たり前じゃないか。おそらくこいつらはただの囮で、雑魚だけが集まったのだろう。
そのことにみな気付いたようで、俺たちは一気にたたみかける。しかし全員を片づけるのに15分の時間を掛けてしまった。
「リリスさん!」
俺は急いで馬車の方へ走る。護衛対象者の身になにあっては話にならない。何よりリリスは少しの間でも行動を共にした仲間だ。
「リリスさんっ! 大丈夫です……か」
馬車へ駆けつけた俺は言葉を飲む。後からほかの冒険者が駆け付けたが、皆驚愕の表情をしている。
「……コウイチか。一足遅かったな」
――キーン
高周波のような金属音のする銀色の双剣を血を振り落とし、鞘に納めるリリス。
リリスの周囲にはきれいな円状を描いた血塗れの山賊たちの死体で埋め尽くされていた。その数は30人に上るだろうか。俺たちがここへ駆けつけるまでにこれだけの人数を、返り血一つ浴びることなく一人で殺したのだ。
だが、俺たちが驚いたのはそこではない。
リリスのそのワインレッドの目は、まるで暗闇から獲物を狙う肉食獣のように赤く光り、同色の髪からは白い光の粒子が舞っていた。
その姿はまるで剣を携えた妖精。もしくは命を狩るため地獄から来た悪魔。
殺した相手にひとかけらの興味はない、ほかの何かを見据えている強い意志を持った目。
しかし怖いという感情よりも、俺はリリスを美しいと思った。
これが……『魔装酔い』か。
『魔装酔い』。双剣使いがよく使うスキルで、魔力を異常に体に巡回させ自分に魔力酔いを起こさせて、気分の高揚させるスキルだ。
双剣使いは攻撃力はほかの剣士に劣るが、その手数によって相手に反撃の隙を与えない所が特化している。よって双剣使いにとって手数は命、少しの反撃にいちいち反応していては、すぐに決定的な一撃をくらってやられてしまう。そこで魔力で自分を酔わせるこの『魔装酔い』を使うことによって、攻撃力と素早さを上げ、さらに痛覚をマヒさせるのだ。
そのことから、双剣使いはよく〝もろ刃の職〟と呼ばれているのだが、リリスは傷一つ、返り血一つ受けることなく、同時に30人以上を殺めた。
しかも、あの眼光と魔力の粒子。普通の『魔装酔い』ではあんな風にはならない。おそらく強すぎる魔力が体から漏れ出しているのだろう。ものすごい魔力の威圧を感じる。
「すまない、少し気を静める。後処理は任せた……」
リリスはそういうと一人、馬車から離れ森の中へ入って行った。
騒々しかった森の中に、再び静寂が訪れる。俺達はあの光景に魅せられ、誰一人声を上げることができなかった。
「あれが『紅の戦姫』の実力か……」
が、その静寂を破ってラングがぼそりと呟いた。
「……『紅の戦姫』ですか?」
「あんた何も知らないで依頼受けたの!? 『紅の戦姫』ってのはリリス様の二つ名よ!」
俺の間の抜けた質問に、我にかえり説明するラナ。
「ふ、二つ名!? リリスさんって二つ名持ちなんですか!?」
「あったりまえでしょう! フィレンツ家の長女であり跡取娘のリリス・フィレンツ嬢。『大地の国ウルズ』の第一王女フィリティアナ・ウルズ・アルテミス様が承認された、歴とした二つ名持ちよ!」
マジですか……。
知らなかった。まさかリリスが二つ名持ちの戦士だったとは、しかもウルズ国の第一王女から授かった……。
「ふえぇ!? そんなすごい方だったんですか!?」
チャランッ
ミレイヤが仲間になった。
「あんたたちねぇ……」
はぁ、とため息を漏らすラナ。
「ラナさんって物知りなんですね。尊敬します!」
「ラナさんすごいですっ!」
「ベ、別にこんなの常識よ! あんたなんかに尊敬されても、うれしくないんだからねっ!」
あ、ラナってツンデレだったのか。
「とにかく私はもう一回寝る! あんたはちゃんと夜警しててよね! あと、後片付けよろしく」
「えぇ!?」
そういって野営地に変えるラナ。やっぱ尊敬するとか取り消しね。
ちゃっかりミレイヤもその後に続いたが、なぜかラングは立ち止まったままだった。気になった俺はラングに近づく。そして声をかけようとしたその時、
「……おもしろい」
ラングはとても小さな声でそう言って、にやりと笑った。
ら、ラングが……笑った?
肩に手を当てかけた姿勢で固まっている俺を無視して、ラングはすたすたと野営地へ向かっていく。俺は残されて呆然と立ち尽くしている。
「って、あれ?」
みんな帰ってしまった。どうやら後片付けは俺一人でやれということらしい。雑用係は辛いよ。
「……まあ、やることあるし。いいか」
俺は後片付けは後回しにして、俺が一人だけ〝気絶だけ〟させておいた山賊の中の一人に近づく。
「起きてください……ってか起きろ」
一発顔面を殴るとようやく山賊は意識を回復させる。
「ん……ひぃ!?」
「さて、聞きましょうか? あなたがたは誰に頼まれて襲ってきたんですか?」
「お、俺たちはお前らが馬車を護衛してるのを見て……金もってそうだから襲っただけだ!」
「へぇー、そうですか」
『加重力圧迫』
俺は山賊に向かって、加重の魔法をかける。この魔法は魔力によって加重する出力を変えることができるのでとても便利だが、少し加重するだけでも大量の魔力が必要なのだ。
が、俺の魔力量ならばそんなこと関係ない。
「うぐぐ……」
「正直に答えてください」
「俺は……下っ端だから……知らない」
「……そうですか。ではあなたはもう必要ないですね」
「……!? い、いや! 一つだけ……知っている」
「ほう」
「盗み聞きしてたんだが……お前らを襲えと……頭に金を握らせた奴がいたんだ」
「そいつはどのような?」
「……顔は仮面で見えなかった。仮面には穴も何もない……ただ白い仮面……だった。声は男か女かわからない……そういった声だった」
「そうですか。他には?」
「他は距離が離れすぎていて聞こえなかった。本当だ! 信じてくれ!」
「襲ってきた輩を信じろと言われましても。……でもまあ、命拾いしましたね」
ガスッ
俺は男の首に手刀を入れ気絶させ、木に縄で括りつける。
そして周りに散乱した死体を道のわきにきれいに並べる。こうしておけば、国の騎士たちが回収してくれるだろう。
「はあ、疲れた……」
時刻は2時を回ったくらいだろうか。
夜空を見上げれば、赤い月と銀色の月が恋人のように寄り添っていた。最初に見た時は驚いたが、今では素直にきれいだなと思っている。
「異世界か……」
今更ながら思う。
俺は山賊たちを殺しても何も思わなかった。っとは言いきれない。
けどこいつらは俺たちを殺す気で掛かってきた。殺らなければ仲間が死ぬ、そんな世の中だ。
「いかん、落ち込んでる場合じゃないぞ」
いちいち気にしていては仕方がない。こっちにはこっちのルールや習慣というものがある。
郷に入れば郷に従えだ。
「少し散歩でもするかな」
あたりに気配がないか確かめるが、俺たち以外の気配は感じない。あれからずいぶんと時間が経っていたので、冒険者たちは眠りに就いただろう。
と何となく湖の方へ足を運んでみると、誰か人の気配を感じた。
「リリスさん?」
そこには湖の近くに座っているリリスの姿があった。
「……コウイチか」
俺に気付いたリリスが声を掛けてくる。
俺とリリスの隣にある湖は、赤と銀の月の光を受けてきらきらと光っていた。
ちなみに赤色と銀色の双子の月は『オッドムーン』といいますw
次話は少し遅れるかもしれません;;
編集 もふもさん hakiさん アデリーさん ありがとうございました!