真実の愛は伝説
「おふたりのあいだにあるのは真実の愛でまちがいありませんね?」
神官は、目の前にいる男女に問うた。
男は侯爵家の令息。
女は子爵家の令嬢。
ふたりは婚約者を捨てて、お互いを選んだ。
そして真実の愛であることを証明するために、ここへ来たのだ。
男は神妙に、
「はい」
女は目を輝かせ、元気いっぱいに、
「はい! まちがいありません! 彼と私は真実の愛で結ばれているんです!」
女は隣にいる男を見て、つけくわえた。
「彼と一緒にいられるだけでしあわせなんです! こんなこと生まれて初めてなんです!」
神官はほほえんだ。
「なるほどわかりました。神はあなたがたを祝福します。今から祝福の杯をさずけます」
神官の背後から、ふたりの神官が進み出て来た。
ふたりはそれぞれ杯をもっている。
満ちた液体の表面は、虹色に輝き揺らめいていた。
女は、
「きれい……」
男は、
「それは……?」
神官は、ほほえんだまま答えた。
「祝福の杯です」
女は、ぱっと目を輝かせた。
「神様の飲み物なんですね! どんな味がするんでしょう!」
男は値踏みするような目をして、
「どういった飲み物なんだ?」
「真実の愛のおふたりに対して、神が贈る祝福の杯です」
「いえ、ですから、酒だとか、果実の汁だとかいろいろ……」
神官は、ほほえんだまま答えた。
「真実の愛のおふたりに対して、神が贈る祝福の杯です」
男に杯を渡した神官が告げた。
「祝福を飲みなさい」
女に杯を渡した神官が告げた。
「祝福を飲みなさい」
男は、なにかを感じた。背筋が寒くなった。
辺りを見回した。
いつのまにか、神殿の入り口は、神殿騎士ふたりが固めていた。
神官たちの背後にも、神殿騎士が4人いた。
「あ、これ、すごくおいしい! さすがは神さまの飲み物ね!」
愛しい女の声、
「お、おい! いきなり呑むな!」
女は嬉しそうに、一息で飲み干した。
朽木が風で折れたように倒れた。
愛しかったはずの女は死んだ。
男は戦慄した。
女の死顔はあまりにもしあわせそうだった。
この世のものとは思えないほどだった。
神官はほほえんだまま告げた。
「真実の愛と証明されました」
左右の神官も続いて、
「「神の祝福が示された!」」
男は真っ青になった。
「ひっ、ひぃっ! ど、毒!? どど毒なんだな!?」
神官はほほえんだまま告げた。
「真実の愛は、地上より天上こそがふさわしい」
左右の神官は歌う。
「「神は喜んでおられる!」」
男は真っ白になり、血走った目で周りを見た。
神殿騎士が周囲を固めている。
左右の神官が歌う。
「「さいわいなれ! さいわいなれ!」」
男は、杯を取り落として、叫んだ。
「くそっ。なにが伝説だ! 誰の罠だっ! あの女かっ、それともパパかっ!?」
神官は、ほほえんだまま告げた。
「あなたに真実の愛はない、と認めるのですね?」
「ち、ちがう! こ、これはただのどど毒薬だ!」
神官は、落ちた杯を見た。
上下がさかさまにもならず、床に立っていた。
虹色の液体は一滴もこぼれていない。
神官は、盃を手に取って飲んだ。
なにも起こらなかった。
男は呆けた顔でそれを見た。
「え……」
神官は、ほほえんだまま告げた。
「真実の愛がなければ、無害なのです」
男は神殿から、呆然とした足取りで出て来た。
その姿を見た人々は、そっと視線をそらした。
みなすでに知っていた。
女は真実の愛に殉じ、男は逃げた――と。
男は弁解しようとした。
あれは毒だと言おうとした。
だが、その舌は言葉を拒否し、動かなかった。
男は生涯、もはや何も得ることができぬであろう。
特に、女からの愛は。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




