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短編

真実の愛は伝説

作者: マンムート
掲載日:2026/04/14


「おふたりのあいだにあるのは真実の愛でまちがいありませんね?」


 神官は、目の前にいる男女に問うた。


 男は侯爵家の令息。


 女は子爵家の令嬢。


 ふたりは婚約者を捨てて、お互いを選んだ。


 そして真実の愛であることを証明するために、ここへ来たのだ。



 男は神妙に、


「はい」


 女は目を輝かせ、元気いっぱいに、


「はい! まちがいありません! 彼と私は真実の愛で結ばれているんです!」


 女は隣にいる男を見て、つけくわえた。


「彼と一緒にいられるだけでしあわせなんです! こんなこと生まれて初めてなんです!」


 神官はほほえんだ。


「なるほどわかりました。神はあなたがたを祝福します。今から祝福の杯をさずけます」


 神官の背後から、ふたりの神官が進み出て来た。


 ふたりはそれぞれ杯をもっている。


 満ちた液体の表面は、虹色に輝き揺らめいていた。


 女は、


「きれい……」


 男は、


「それは……?」


 神官は、ほほえんだまま答えた。


「祝福の杯です」


 女は、ぱっと目を輝かせた。


「神様の飲み物なんですね! どんな味がするんでしょう!」


 男は値踏みするような目をして、


「どういった飲み物なんだ?」


「真実の愛のおふたりに対して、神が贈る祝福の杯です」


「いえ、ですから、酒だとか、果実の汁だとかいろいろ……」


 神官は、ほほえんだまま答えた。


「真実の愛のおふたりに対して、神が贈る祝福の杯です」


 男に杯を渡した神官が告げた。


「祝福を飲みなさい」


 女に杯を渡した神官が告げた。


「祝福を飲みなさい」



 男は、なにかを感じた。背筋が寒くなった。


 辺りを見回した。


 いつのまにか、神殿の入り口は、神殿騎士ふたりが固めていた。


 神官たちの背後にも、神殿騎士が4人いた。


「あ、これ、すごくおいしい! さすがは神さまの飲み物ね!」


 愛しい女の声、


「お、おい! いきなり呑むな!」


 女は嬉しそうに、一息で飲み干した。


 朽木が風で折れたように倒れた。



 愛しかったはずの女は死んだ。



 男は戦慄した。


 女の死顔はあまりにもしあわせそうだった。


 この世のものとは思えないほどだった。



 神官はほほえんだまま告げた。


「真実の愛と証明されました」


 左右の神官も続いて、


「「神の祝福が示された!」」



 男は真っ青になった。


「ひっ、ひぃっ! ど、毒!? どど毒なんだな!?」


 神官はほほえんだまま告げた。


「真実の愛は、地上より天上こそがふさわしい」


 左右の神官は歌う。


「「神は喜んでおられる!」」



 男は真っ白になり、血走った目で周りを見た。


 神殿騎士が周囲を固めている。


 左右の神官が歌う。


「「さいわいなれ! さいわいなれ!」」


 男は、杯を取り落として、叫んだ。


「くそっ。なにが伝説だ! 誰の罠だっ! あの女かっ、それともパパかっ!?」


 神官は、ほほえんだまま告げた。


「あなたに真実の愛はない、と認めるのですね?」


「ち、ちがう! こ、これはただのどど毒薬だ!」


 神官は、落ちた杯を見た。


 上下がさかさまにもならず、床に立っていた。


 虹色の液体は一滴もこぼれていない。


 神官は、盃を手に取って飲んだ。



 なにも起こらなかった。



 男は呆けた顔でそれを見た。


「え……」


 神官は、ほほえんだまま告げた。


「真実の愛がなければ、無害なのです」




 男は神殿から、呆然とした足取りで出て来た。


 その姿を見た人々は、そっと視線をそらした。

 みなすでに知っていた。



 女は真実の愛に殉じ、男は逃げた――と。


 男は弁解しようとした。


 あれは毒だと言おうとした。


 だが、その舌は言葉を拒否し、動かなかった。



 男は生涯、もはや何も得ることができぬであろう。

 特に、女からの愛は。


たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。


最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。


少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、

評価や感想をいただけるととても励みになります。


別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。


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― 新着の感想 ―
え、どっちに転んでも地獄じゃん こっわ
なかなかドスが効いた話ですね。このレベルの話を何とおりも読みたいです。作品を生み続けて下さい。
2026/04/18 18:36 コペルニクスの使徒
親とかからの愛はどうなんだろう。 女性の方しか真実の愛を持っていないんじゃないかな。 後を追わないし。 男性の方は飲んでもどっちみち無害な気がします。
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