距離感バグったお二人、オフィスで盛大に誤解される
朝。
トレーディングルーム。
「……あの二人、距離近くない?」
誰かが、呟いた。
視線の先。
神崎レイナと、ジュンヤ。
確かに近い。
というか。
「そこ、もうパーソナルスペースないだろ……」
⸻
「神崎さん、これどっちがいいですか?」
ジュンヤが画面を見せる。
距離、15センチ。
「……もう少し離れてください」
「え?見えます?」
「見えます!」
(近い近い近い……!)
だが。
ジュンヤは気づかない。
むしろ。
「じゃあこれで」
さらに寄る。
「ちょっ……!」
肩が、触れる。
神崎の思考が止まる。
(ダメだこの人……無意識で距離詰めてくる……!)
⸻
そのとき。
「すみません、その資料――」
後ろから声。
ジュンヤが振り向こうとして。
足を引っかけた。
「うわっ」
バランスを崩す。
そして。
――ストン。
神崎の膝の上に座る形になった。
完全に事故。
完全に偶然。
だが。
周囲の時間が止まった。
⸻
「……え?」
ジュンヤ、状況を理解していない。
「すみません、体勢くずしちゃって――」
「違います!!」
神崎、即否定。
顔が真っ赤。
「今のは不可抗力です!!」
誰も責めていないのに弁解する。
「いやでも今完全に……」
「違います!!」
二回目。
⸻
ジュンヤは、まだ座っていた。
「……あ、すみません」
やっと立とうとして。
バランスを崩す。
もう一回座る。
「なんで!?」
神崎、半パニック。
周囲、完全に確信。
(あ、これ付き合ってるやつだ)
⸻
「ちょっといいですか」
上司が呼ぶ。
ジュンヤを。
「はい」
普通に立つ。
何事もなかったかのように。
去っていく。
残された神崎。
と、社員たち。
⸻
「……」
「……」
「……神崎さん」
同僚が口を開く。
「違います」
先制。
「何も言ってませんけど」
「違います」
三回目。
⸻
「でもさっき完全に――」
「違います」
「座って――」
「違います」
「顔近くて――」
「違います!!」
机に手をつく。
「全部事故です!!」
沈黙。
そして。
「……いいなぁ」
誰かが呟いた。
「よくないです!!」
⸻
一方その頃。
廊下。
「さっき大丈夫だったか?」
上司が聞く。
「はい」
ジュンヤは普通に答える。
「ちょっと座っちゃいましたけど」
「ちょっとじゃなかったぞ」
「え?」
本気で分かっていない。
⸻
午後。
さらに悪化する。
⸻
「神崎さん、これ見てください」
また距離が近い。
「……はい」
もう諦め気味。
そのとき。
ジュンヤが、無意識に言う。
「なんかいい匂いしますね」
「……っ!?」
フリーズ。
完全停止。
「え、何かつけてます?」
純粋な質問。
だが。
破壊力が高すぎる。
「……し、知りません」
「そうですか」
納得するな。
⸻
周囲。
(終わったな)
(完全に終わった)
(あれはもうダメなやつだ)
⸻
そして極めつけ。
⸻
終業間際。
「今日もお疲れ様です」
ジュンヤが言う。
神崎に。
少しだけ、優しく。
「……お疲れ様です」
神崎、視線を逸らす。
心臓がうるさい。
そのとき。
ジュンヤが、ふと。
「こんど、どっか行きます?」
自然に言った。
「……っ!?」
神崎、固まる。
周囲。
全員、聞いている。
「……はい」
小さく答える。
⸻
その瞬間。
職場に静かな衝撃が走った。
⸻
(確定だ)
(付き合ってる)
(公式だ)
⸻
翌日。
社内チャット。
「例の二人、付き合ってる説」
トレンド入り。
⸻
そしてその夜。
ジュンヤのスマホが鳴る。
――ピロン。
『おぬし、やりおるな』
「え?」
『職場であそこまでやるとは思わなんだ』
「何の話ですか」
『無自覚ほど罪深いものはないのう』
「えぇ……」
全く理解していない。
⸻
一方。
神崎は。
ベッドで顔を覆っていた。
「……無理」
完全に限界。
「距離感おかしい……」
でも。
思い出す。
膝の上。
近かった距離。
声。
「……好きすぎるでしょ」
小さく呟く。
もう、逃げられなかった。




