努力は、チートに勝てない
市場が、静かに開いた。
午前九時。
数字が動き出す。
神崎レイナは、モニターの前に座っていた。
「……始まる」
背後には、数人のアナリスト。
全員が緊張している。
今回の相手は、ただの個人投資家ではない。
――“異常”だ。
「対象銘柄、全て洗い出しました」
「流動性、ボラティリティ、材料……すべて分析済みです」
完璧な準備。
負ける要素はない。
神崎は、静かに頷いた。
「いいわ。あとは――」
そのとき。
スマホが震えた。
ジュンヤからのメッセージ。
『なんか来ました』
「……は?」
思わず声が漏れる。
『この株、買えばいいみたいです』
送られてきたのは、たった一つの銘柄。
無名。
材料なし。
出来高も低い。
「……ふざけてるの?」
神崎は即座に分析を指示する。
「この企業、徹底的に調べて」
数分後。
「特に材料はありません」
「将来性も、平凡です」
「買う理由が、ないです」
当然だ。
こんな株に大金を入れるなど――狂気。
神崎は、冷静に判断する。
「……見送り」
そのとき。
再びメッセージ。
『全部買いました』
「全部!?」
思わず立ち上がる。
「いくら入れたの!?」
『3000億くらいです』
空気が凍る。
アナリストの一人が呟く。
「……正気じゃない」
その通りだ。
こんな銘柄に、3000億。
ありえない。
だが。
――数分後。
チャートが、動いた。
「……え?」
じわり、と上がる。
最初は小さい。
だが、止まらない。
「出来高、急増してます!」
「買いが集まってる……!」
ありえない。
材料がないのに。
理由がないのに。
「……誰かが、仕掛けてる?」
違う。
これは。
“流れ”そのものが変わっている。
神崎は、歯を食いしばる。
「乗るわよ」
「え?」
「今からでも入る」
即断。
それが彼女の強さだ。
「全力で買いなさい!」
だが。
――その瞬間。
ジュンヤから、次のメッセージ。
『今すぐ売れって来ました』
「……は?」
「ちょっと待ちなさい!」
間に合わない。
ジュンヤは、すでに売っていた。
その直後。
チャートが、爆発した。
「ストップ高……!」
天井。
完全な頂点。
だが。
神崎は――そこにいる。
「……っ」
次の瞬間。
売りが殺到。
株価は、一気に崩れた。
「下げ止まらない……!」
「ロスカットライン到達!」
神崎レイナの拳が、震える。
「……そんな」
完璧だった。
分析も、判断も。
なのに。
負けた。
完全に。
“タイミング”だけで。
⸻
その頃。
ジュンヤは、ベンチに座っていた。
缶コーヒー(120円)を飲みながら。
「……また増えた」
スマホを見る。
資産は、さらに膨らんでいた。
「これ、使いきれますかね……?」
本気で悩んでいる。
そこに、神崎がやってくる。
足音が、荒い。
「……あなた」
目が合う。
その瞬間。
神崎は理解した。
この男は。
自分とは、違う世界の存在だ。
「……負けたわ」
はっきりと言う。
プライドは高い。
だが、事実は認める。
ジュンヤは、少し困ったように笑う。
「すみません」
「謝らないで」
即答。
「むしろ、教えて」
一歩、近づく。
「あなた、何を見てるの?」
ジュンヤは少し考えて。
そして、答える。
「……よく分からないですけど」
空を見る。
「たぶん、“未来”です」
沈黙。
神崎は、ゆっくりと息を吐いた。
そして。
小さく笑う。
「……いいわ」
決めた。
「あなたに、ついていく」
「え?」
「監視も兼ねてるけど」
はっきりと言う。
「放っておいたら、本当に壊れそうだから」
ジュンヤは首をかしげる。
「壊れますか?」
「壊れます」
即答。
少しだけ間を置いて。
神崎は、静かに言った。
「でも」
その目は、真っ直ぐだった。
「それでも見たいのよ」
この男が、どこまで行くのか。
ジュンヤは、少し考えて。
そして、頷いた。
「……じゃあ、お願いします」
その瞬間。
関係が変わる。
敵から。
“共犯者”へ。
スマホが震える。
『人を得たな。それが、お前の最大の利益だ』
ジュンヤは、画面を見て。
ぽつりと呟く。
「……これ、株より難しいですね」
その言葉に。
神崎は、初めて笑った。
外の空気。
ジュンヤは、少しほっとした顔をする。
「落ち着きますね」
「あなたねぇ……」
神崎は呆れながらも。
少しだけ、笑っていた。
「普通、逆なのよ」
「そうなんですか?」
「そうなの」
ジュンヤは少し考えて。
そして言う。
「……でも」
空を見上げる。
「前より、楽しいです」
神崎は、一瞬だけ言葉を失う。
「前?」
「はい」
少しだけ、間があく。
「お金なかったときは、こういうこと考える余裕なかったので」
その言葉は、軽い。
だが。
重い。
神崎は、静かに息を吐く。
「……そう」
そして、ぽつりと。
「よかったじゃない」
ジュンヤは、少し照れたように笑う。
そのとき。
スマホが震える。
『次は“過去”だ』
画面を見たジュンヤの表情が、わずかに変わる。
「……神崎さん」
「何?」
「ちょっと、行きたい場所があります」
神崎は、その顔を見て理解する。
これは。
いつもの“ぽやぽや”じゃない。
「……どこ?」
ジュンヤは、静かに答えた。
「実家です」
空気が、変わる。




