関白豊臣秀吉。現る
ジュンヤは、ベッドに座っていた。
「……なんか、疲れました」
ぽつりと呟く。
実家に行っただけなのに。
株で何十億動かすより、ずっと疲れる。
「人って、難しいですね……」
スマホを、ぼんやり眺める。
あの“短信”。
きっかけであり、原因であり、すべての始まり。
「……誰なんですか」
初めて、問いかける。
いつもは一方的だった。
でも今日は違う。
聞きたいと思った。
その瞬間。
――ピロン。
通知。
『会うか?』
「……え?」
思わず声が出る。
今までと違う。
短いが、“返答”になっている。
「……会えるんですか?」
震える指で、打つ。
数秒。
沈黙。
そして。
『よかろう』
次の瞬間。
視界が、歪んだ。
「……え?」
部屋が、消える。
床も、壁も、天井も。
すべてが、黒に溶けていく。
「ちょっ……えっ!?」
気づけば。
ジュンヤは、“何もない空間”に立っていた。
上下も分からない。
ただ、静寂だけがある。
「……ここ、どこですか」
そのとき。
足音が、響いた。
コツ、コツ、と。
ゆっくり。
確実に、近づいてくる。
「……」
振り向く。
そこにいたのは――
一人の男。
派手ではない。
だが、目を離せない。
小柄な体。
鋭い目。
笑っているのに、底が見えない。
そして。
“王”の空気。
男は、にやりと笑った。
「初めましてやな」
関西弁。
軽い口調。
だが。
重い。
圧倒的に。
「お前が、ジュンヤか」
ジュンヤは、少し考えて。
「……はい」
「ほう」
男は、楽しそうに目を細める。
「もっとビビるかと思うたが」
「えっと……」
ジュンヤは首をかしげる。
「ちょっとよく分かってないので」
沈黙。
そして。
男が、吹き出した。
「ははははは!」
腹を抱えて笑う。
「おもろいな、お前!」
空間が、揺れる。
笑いだけで。
「えっと……あの」
ジュンヤは、恐る恐る聞く。
「誰なんですか?」
男は、当然のように答えた。
「ワシか?」
少しだけ間を置いて。
誇るでもなく。
隠すでもなく。
ただ、事実として。
「関白、豊臣秀吉や」
静寂。
普通なら。
信じない。
だが。
ジュンヤは、頷いた。
「……やっぱり」
「ほう?」
「なんとなく、そんな気はしてました」
「なんでや」
「文章が、ちょっと偉そうだったので」
一瞬の沈黙。
そして。
再び爆笑。
「ははははは!!」
「偉そう、か!!」
涙を浮かべるほど笑っている。
「天下人に向かって、それ言うか普通!」
ジュンヤは、少し考えて。
「違うんですか?」
「違わんけどな!」
即答だった。
⸻
笑いが収まる。
秀吉は、じっとジュンヤを見る。
値踏みするように。
試すように。
「……で」
空気が、変わる。
「どうや?」
「何がですか?」
「天下、取る気はあるか?」
唐突。
だが。
本質。
ジュンヤは、少し考えて。
そして。
こう答えた。
「……よく分からないです」
秀吉の眉が、わずかに動く。
「ほう」
「お金は増えましたけど」
「はい」
「それで何するか、まだ決めてないので」
静かに言う。
見栄も、欲もない。
ただ、事実。
秀吉は、ゆっくりと頷いた。
「……ええな」
ぽつりと呟く。
「それでええ」
そして。
一歩、近づく。
圧が増す。
「金はな」
低く、言う。
「“道具”や」
ジュンヤは、黙って聞く。
「天下も同じや」
「取ることに意味はない」
「どう使うかや」
その言葉は。
軽いのに。
重い。
歴史の重みが、乗っている。
「お前は」
秀吉が、指を向ける。
「今、選べる」
「金も、力も、全部ある」
「ほな」
にやりと笑う。
「何になる?」
沈黙。
ジュンヤは、答えられない。
まだ。
何も。
決まっていない。
秀吉は、それを見て。
満足そうに笑った。
「……それでええ」
「え?」
「決まっとる奴は、おもろない」
くるりと背を向ける。
「迷え」
軽く手を振る。
「迷って、選べ」
「それが、“人”や」
その姿が、遠ざかる。
「あの!」
ジュンヤが、呼ぶ。
「なんで、僕なんですか?」
足が止まる。
少しだけ振り返る。
そして。
答える。
「一番、“空っぽ”やったからや」
「……空っぽ」
「せや」
にやりと笑う。
「何でも入るやろ?」
そのまま。
消えた。
⸻
気づけば。
部屋に戻っていた。
「……夢?」
いや。
違う。
スマホが、光る。
『ここからは、お前の番や』
ジュンヤは、しばらく画面を見て。
そして、ぽつりと呟く。
「……難しいこと言いますね」
ベッドに倒れ込む。
天井を見る。
「でも」
少しだけ、笑う。
「ちょっと、面白くなってきました」
その目は。
もう、“ただの被害者”ではなかった。




