死ぬ直前にきたショートメール
「……もう、いいか」
ナイフの刃先が、胸に触れていた。
あと数センチ、押し込めば終わる。
ジュンヤは、自分の人生を振り返ることすらしなかった。
振り返る価値がないと、知っているからだ。
――30歳。
身長148cm。
少年体型。
見た目は中学生。
金もない。仕事もない。未来もない。
「……はは」
笑いが漏れる。
今日、派遣を切られた。
理由は簡単だ。
「使えないから」
直接言われたわけじゃない。
でも、分かる。
ずっとそうだった。
子供の頃から。
「なんで生きてんだよ、お前」
父親の声が、頭の奥で蘇る。
殴られた記憶。
否定された日々。
自分という存在が、“いらないもの”だと教え込まれ続けた時間。
外に出ても同じだった。
さっきだって。
「おいガキ、どこ見て歩いてんだよ」
中学生に絡まれた。
何も言い返せなかった。
言えば、もっと惨めになるだけだから。
――30歳なのに。
「……終わろう」
ナイフを、少しだけ押し込む。
痛み。
でも、それでいい。
これで終わるなら。
その瞬間。
身体が、勝手に震えた。
力が抜ける。
制御できない。
「……っ」
失禁。
現実に引き戻される。
情けない。
最後まで、情けない。
「……何やってんだ、俺」
涙も出ない。
そのときだった。
――ピロン。
スマホが、光る。
場違いな音。
ジュンヤは、ぼんやりと画面を見る。
知らない番号。
一通のショートメール。
『今すぐ、お前の証券口座の資金で角竹化学株を買え』
「……は?」
思考が止まる。
なんだこれ。
詐欺か?
広告か?
よりにもよって、今?
ジュンヤは、少しだけ考える。
そして。
「……まあ、いいか」
どうせ、もうすぐ死んじゃうんだから。
だったら。
最後に、全部使ってもいい。
証券アプリを開く。
残高。
数万円。
人生と同じくらい、軽い数字。
「……これで終わりでいいか」
指定された銘柄を入力する。
聞いたこともない会社名。
だが、迷いはなかった。
――購入。
ボタンを押す。
その瞬間。
なぜか、少しだけ心臓が強く打った。
⸻
1時間後。
ジュンヤは、まだ生きていた。
ナイフは、床に落ちている。
理由は一つ。
「……え?」
画面を、見てしまったからだ。
株価が、跳ね上がっている。
明らかに異常な角度で。
増えている。
金が。
確実に。
「……なんで」
理解が追いつかない。
そのとき。
再び。
――ピロン。
『今すぐ7549円指値で売れ』
指示。
ジュンヤは、無意識に動く。
――売却。
次の瞬間。
株価は、さらに爆発的に上昇した。
つまり。
「頭とシッポはくれつやれ的な?……一番いいところで……売った?」
心臓が、うるさい。
偶然じゃない。
これは。
明らかに。
――“知っている動き”だ。
ジュンヤは、震える手でスマホを握る。
さっきまで、自分を刺そうとしていた手で。
「……もう一回」
声が出る。
「もう一回、来いよ」
願う。
初めて。
生きたいと思った。
その願いに応えるように。
画面が、光る。
『次は名卓フード株や』
「……え?」
さっきと違う。
少しだけ、口調が違う。
まるで――
“人間”みたいな。
ジュンヤは、息を呑む。
そして。
小さく、笑った。
「……いいよ」
ナイフを、蹴飛ばす。
「全部、やってやる」
その目は、もう死を選ぶ人間のものではなかった。
そして、この選択が。
彼の人生を――
290億に化けること、ジュンヤはまだ知らない。
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