母親、おらんくなっとるがな
「帰ってこんな」
手元のピースライトのボックスから1本を取り出しジッポを手の中でくるくると回した。
母親がいなくなって3か月が経過した。
特段悲しいという訳ではなかった。
一応、事実確認として声に出してみた。
個人的にそういうことが必要だったのだ。
「はてさて」と思った。
どうしたものか。
一つ大切なのは母親がいないからといって何も困っていないということであった。
親子仲が悪いわけでは無い。
仲は良い。
煙草を口にくわえ火をつける。
先端が赤くなり息を吸い込むと甘い香りがとともに煙が肺に入ってきた。
ゆっくりと吐き出し煙をぼーっと眺める。
あのばばあ、と思った。
あのばばあ、天才だ。
中学の3年で父親を亡くした。
事故であった。
工場で車用のギアを作っていた父親はその日普段通り朝方出勤し、午前10時には事故にあい、11時に病院で死亡が確認された。
父親の出勤より自分の登校の方が早い。
最後の会話は行ってる、行ってらっしゃいだった。
部品を加工するための機械の中に入ってしまい機械に挟まれた、と言うことであった。
工場のお偉いさんやら現場責任者やらが説明をしてくれたのをぼんやりと覚えている。
ルール上機械に不具合があった際は必ず電源をとめて機械が動かない状況を作ってから中に入るとなっているらしい。
父は電源を切らずに中に入り機械に挟まれ死亡した。
単独の事故で発見が遅れ機械の隙間から足だけが出ている状況で発見された。
発見が早まったところで命が助かる可能性は低そうであった。
母親は営業の管理職で年に三か月くらいは家を空けていた。
父親が亡くなった時は幸い出張にでておらず家から5キロ程度のところにある支店にいたので連絡はすぐ着いたようだ。
俺のところには母親へ連絡がいったあとおじさんが学校まで迎え来てくれて、病院へ送ってくれた。
おれの病院の思い出は中学の1年でおたふくかぜの合併症で睾丸がはれて1週間入院したこと。
始めの3日はしんどかったが残りは病院内おいてある漫画が面白くてとても充実していたこと。
朝まで何事もなかかった父親の遺体を見たこと。
現状こういうことになる。
睾丸がはれて入院したことは笑い話としていい出来だし漫画ばかり読んでダラダラしている生活は最高だった。
母親が買ってくるケンタッキーやモスバーガーばかり食べて病院食を食べない日が3日はあった。
そして父親の遺体。
父親は煙草が好きだった。
俺は煙草を愛してる、とよく言っていた。
父はおれにみんな煙草をやめたいというのが良く分からんと言った。
みんな惰性で吸ってる、とか、吸いたくないけど吸ってしまう、とか言っているがこちらは美味いと思って喜んで吸っているんだ、と言った。
確かに父は美味そうに煙草を吸っていた。
煙草を持ってきて咥えさせてやりたかったが出来なかった。
その頃知った母親の性格がある。
芯の強い人間だとは思っていたがちょっといこじなところというか、子供っぽいところというか、そんなものを発見した。
母親は父親の葬儀に出席にしなかった。
葬儀そのものを否定した。
母親の希望は火葬し全てを捨てること。
葬儀も墓も拒否した。
父親はサラリーマン家庭であったがそれでも6代目の長男ということで誰も母親のそんな主張を受け入れなかった。
近所から続々とお手伝いさんがあつまり自然と式の流れが出来上がっていく。
結局は喪主は中学3年の一人息子が務めることになった。
あいさつやらなにやら親戚の人たちが作ってくれたガイドラインに沿って忠実に実行した。
おそらく関わったすべて人間がおれを褒めたたえていた。
お母さんは大変だから、と気に掛けてくれる人もいれば、母に対して罰当たりが、と語気を強めている人もいた。
納骨がどう、戒名がどうというすべての話にお金が発生する。
そのすべてに配偶者が関わらないというのは田舎では致命的であるらしい。
母親は忌引きもとらず通常通り出勤した。
いろんな人が何度も説得したし電話も掛けたが一切取り合わなかった。
それまでの母親はそんなことはなかった。
大叔父の葬儀にも出席したし300キロ離れた親戚の葬式の手伝いだっていった。
どちらかといえば常識的な人間だと思っていた。
「なにが嫌なんだ?そんなに」とおれは聞いた
「なにもかも」
それが母親の回答だった。
なるほど、これが何もかも嫌な人間の姿なのか、と思った。
母を憎んでいなかった。
自分なりに周りの状況に対応しなければならならずそれは母も同じだろうと思った。
おれはいっぱいいっぱいだった。
母はどうだったのだろうか。
あの時忙しくしていなければ、母親の突飛な対応と親戚の間にはいりドタバタとしていなければ、
あらいは自分はちょっと駄目になっていたかもしれない。
心の傷なんてよく聞く言葉だけど、文字通りおれは傷ついていた。
父親が死んで悲しんでいたんだ。
家に一人でいる時間が多くなる。
我が家の家事は父親の担当だった。
工場勤務は時間に正確だし突然今日は帰れないなんてことは無かった。
母親は対照的に急な打ち合わせがはいったり、出張が入ったり予定が定まらなかった。
長期休暇も長い工場と比べ母親が盆正月に休んでいるのを見たことが無い。
3日連続で休みなんてこともなかったように思う。
会社の文句も多かったが父親が死んだときはそれもいい方向に作用したのではないか。
傷を癒せるわけはないが隠すことはできたかもしれない。
1人家でピースライトのカートンの袋を破り高く積み上げる。
ブロックのおもちゃジェンガを煙草の箱で再現して一人で引っこ抜いて遊んでみる。
ビニールをはがして煙草を抜き取り匂いを嗅いでみる。
嗅ぎなれた煙草の匂いだった。
ついこの間まで父親が吸っていた煙草の匂いだった。
口にくわえ100円ライターで火をつけおそるおそる吸い込んでみた。
むせる。
もう少し吸ってみる。
咳こむ。
何が美味いんだよ、これの。
火がついたばかりの煙草を灰皿におしつけ。
ピースライトの箱を握りつぶしてテーブルにたたきつけた。
おれは怒っていた。
そして怒りをぶつけるべき何かも見つけられずにいた。
くしゃくしゃの箱からまた1本の煙草を取り出して火をつける。
吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
頭がくらくらする。
咳こみそうになるのを必死でこらえた。
「不味い」
自分を痛めつけるには最適だった。
時間をかけて1本を根元まで確りと吸った。
父親がやっていたようにゆっくりと煙を吐き出しながら。




