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第2章 合鍵 2

 その後、何回か由佳を呼び出したが、結局、由佳は俺のスマホに出なかった。

 自分から電話してきて先に寝てしまう事など絶対に有り得ない女だ。

 そして、マナーモードを極端に嫌う女でもあった。

 由佳は、携帯やスマホでも電話の類は呼出し音を鳴らす事が使命で有って、だから昔の固定電話は必ず大きな音で知らせたんだと信じている。

 俺には昔の固定電話にはマナーモードと言う機能が、単に無かっただけのように思えるのだが。

 何れにしても、現在、由佳がバスルームを使っている可能性が一番高い事は明白だった。

  

 そう言えば、恋人時代に由佳が俺の背中を洗いたいと言い出して、いつも持ち歩いているらしいタワシで俺は体をこすられた事が有った。

 そのタワシで擦ると風邪をひかなく成るとも言っていた。

 そして、俺は直ぐに悲鳴を上げた。

 俺は土の中から掘り出された芋じゃないんだ!

 そんな針金のようなタワシで強く擦られたら、風邪をひかない体になる前に、皮膚がけて因幡いなばの白兎みたいな体になってしまう。

 「八木ちん、これってすごく気持ちが良いでしょう?」

 そう言いながら微笑む由佳に、俺は肌が極端に敏感なんだと必死に哀願して、何とか無事にバスルームから出ることが出来たのだった。


 俺はそれから更に2回程 由佳の携帯に連絡を入れて見たが、由佳は又しても出なかった。

 「何やってんだよ」

 俺はそう呟いたが、由佳は99%、例のタワシで自分の身体の隅々までごしごしと念入りに洗っている筈だった。

 「そんなに念入りに洗って一体どうしようと言うんだ?」

 そう思ってから俺はハッとなった。

 「まさか・・・」

 まさか俺とエッチがしたいなんて言い出さないだろうな!

 そう言えば俺のマンションで、「夜のお相手をして欲しいんだったら、ちゃんとお手当を払ってよね」とか言ってたよな。

 俺は急に酔いが醒めて、喉の渇きと背筋にゾクッとした悪寒を感じた。

 やっぱり今日はどこかのホテルに独りで泊まろうと決心した時、

 「どなたかのお部屋をお探しですか?」

 「えっ?」

 振り向くと若い女が独り立っていた。

 女性の一人住まいが多いマンションの外を、あまりうろうろとは出来ないので、俺がエレベーターホールの中から由佳に連絡を入れていた為に、その女は俺を怪しまなかったようだ。

  

 「ええ、菊池由佳さんの部屋なんですが、どうも彼女のスマホがマナーモードになっているみたいで」

 俺はその女にふたつの嘘をついた。

  ひとつは由佳が使っているのはスマホでは無くガラ携で有る事、ふたつめは由佳には決して有り得ないマナーモードの件だ。

 「菊池さんですか。彼女の部屋は9階ですよ。904号室」

 「あ、ああ、そうでしたか。有難うございます。助かりました」

 俺は礼を云ってから、ちょうど降りてきたエレベーターにその女のうしろから乗り込もうとした。

 「次のエレベーターにして下さい!」

 その女にピシャリと言われて、俺は、

 「は、はい」

と答えるのがやっとだった。

 俺はその女に怪しまれてはいなかったが、信用されてもいなかったのだ。


 ここまで苦労して来たからには、俺はもう意地でも由佳のワンルームに泊まる気に成っていた。

 と言うより、正直、どこかのホテルまで辿り着く気力が、俺にはもう無くなっていたのだ。 

 もし由佳がエッチがしたいと言ったたら、俺は、

 「人殺し!」

と大声で叫ぶつもりだった。

 5回も叫べば、俺のヒットポイントはゼロに成って、ダウンして立ち上がれないだろう。

 そう成れば流石の由佳も、「由佳的発情大作戦」をゲームオーバーにせざるを得ない筈だ。

 それは我ながら、この危機から脱出する為の最上策の様に思えた。


 やがてエレベーターが9階に到着すると、俺はこれまで散々由佳の携帯に連絡を入れていたので、遠慮なく合鍵を使って904号室のドアを開けた。

 「お前、長風呂も良い加減にしろよな!」

 そう言いながら、リビングのドアを開けた時、

 「あっ!」っと絶句してしまって、俺はその後も暫くは言葉が出なかった。

 俺のマンションの時と同じように花瓶やぬいぐるみ等が粉々になって床に落ちていたからだ。

 俺は慌てて浴室やトイレを捜したが、どこにも由佳の姿は無かった。

 次に俺は、由佳の携帯に連絡を入れてみた。

 「リーン、リーン!」

 昔懐かしい固定電話の着信音がした。

 ボリュームを最大にしていたようで、けたたましい音が室内に響いた。

 「驚かせるなよ」

 俺は珍しく、自分の神経がピリピリと緊張している感覚を覚えた。

 それから、由佳の携帯の着信履歴を調べたが、今日だけでは無く、ずっと俺以外からの連絡は入っていなかった。

 「落ち着け、俺!」

 俺は、冷静に現状を分析してみる事にした。

 先ず、この部屋の惨状は「モリヤの笛」の仕業に間違いが無かった。

 部屋の鍵は掛かっていたから、由佳が竜巻で動転していたとしても、携帯を部屋に忘れて外出する筈は無い。

 増してや、俺が部屋に来る事が分かっているから、俺が未だ来ていないのに由佳が独りで外出する事は絶対に有り得ない。

 そう成ると、誰かが俺を装って由佳の部屋に入って、強引に由佳を連れ出したのかも知れないが、一体、誰が?

 安月給で、由佳から奪う程の貯金も無い筈だし、彼女の容姿も中の中。

 お世辞にも美人とは言えない。

 由佳を誘拐しても、犯人が得られるメリットは限りなく少なそうだった。

 「モリヤの笛」を操る犯罪組織か?

 でも一体、何故?

 だが考えて見れば、「モリヤの笛」は由佳が中学生の頃に拾った物だし、その後も俺のマンションで保管していたから、「モリヤの笛」に他人が細工することなどは不可能だった。

 「うーん・・・」

 俺の思考は、そこで一旦停止したが、或る事を思い出してハッと成った。


 俺のマンションで「モリヤの笛」が消えて竜巻になった時、「モリヤの笛」は俺に「菊池由佳さんですか?」と確かに訊いたのだ。

 幾ら不思議な笛とは言え、笛が喋る筈は無いから、今まで俺はてっきり気が動転したために空耳を聞いたのだと思っていた。

 そうか、「モリヤの笛」の狙いは俺では無く、由佳の方だったのか。

 それが分かったからと言って、今の時点で俺に出来ることは何も無かった。

 仕方無く、無駄とは知りつつも俺は明け方まで由佳のワンルームで由佳の帰りを待つ事にした。


 由佳が失踪しっそうした以上、俺はこの件を警察に届け出るしか無いと思った。

 犯罪に巻き込まれている可能性が高いし、何より、由佳の無事が確認されて保護される事が第一だ。

 ただ困った事は、誰がこの件を警察に知らせるかだった。

 俺は、由佳の家族に連絡しようにも連絡先を知らないし、警察は俺を間抜けで面倒な狂言犯と疑っているので、俺が届け出てもまともに相手をして呉れるかどうかは疑わしい。

 ここは明日、アストラルのマスターに事情を話して、マスターと一緒に、この件で改めて警察に出向く方が賢明だと俺は判断した。

 あれこれと考えているうちに急に眠気が襲ってきて、俺は緊急時だと云うのに少しの時間、睡眠を取ることにした。

 薄情者!と俺を罵る由佳の声が聞こえたような気がした。

 「そうさ、俺はどうせ薄情な男さ」

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