第7章 マヤズメモリーズ 15
「ご注進!国王陛下にご注進!」
「何事か?ダワコフ国丞大元帥の歓迎宴が催されている最中だぞ」
「レインボーバードからの報せに依りますと、ドリードックスが再びドーワフ帝国の領地内に攻め込んでいる模様」
「何だって!」
歓迎宴の会場に響めきが起こった。
ダワコフは、席から立ち上がって報告に来た近衛兵の方に歩み寄った。
「ご注進!ドリードックスは、ユニコーン共和国の戦車に似た兵器を使用している模様です。但し、砲身は付いていないとの報せです」
砲身無き戦車?
内は、「ドリードックス自治区」に軍隊こそ派遣していなかったが、レインボーバードに依る監視は続けて来た。
レインボーバードの眼に止まらずに戦車を建造すると成ると、地下に工場を作った以外に考えられない。
夜の間に、地下を掘ったり機材を運び込んだりしたのだろう。
若しかしたら、奴等が惑星パーリヤに入植して15年以上が経つので、少しづつ準備を進めて来たのかも知れなかった。
しかし、何れにしても、そこで建造が出来る戦車の数は少ない筈だ。
内は、対策は必ず有ると思った。
「ご注進!ドリードックスの戦車は僅か10両ですが、その威力は計り知れないとの事」
「ご注進!ドリードックスの戦車からは波動の様な、眼には見えない物が発射されている模様」
「何と!」
波動が発射されている?
その波動を受けた者は、一体、どう成るのだろう?
それについては内も想像が付かないから、次の注進を待つ他は無かった。
「グレオゴール陛下、どうやら祖国に一大事が起きている様です。私は急ぎ国に戻らなければ成りません。これにて去る非礼をどうかお許し下さい」
ダワコフは、ビンセントに片膝を突いた。
「勿論です共!至急、お戻り下さい。ついてはこの王宮の外に20精乗りのペガサス天馬船を停泊させていますので、それをお使い下さい。誰か!国丞大元帥殿を天馬船までご案内せよ!」
「はっ!」
「それは大いに助かります!陛下のご厚情に深く感謝を致します」
そう言って、ダワコフは立ち上がった。
「ご注進!ドリードックスの戦車からの攻撃で、ドワーフ帝国の兵士達が次々に絶命しているとの報せです」
「ご一同、御免!」
ダワコフは、近衛兵からの注進を聞くと、急ぎ足で王宮を後にした。
僅か10両の戦車だったのだが、その威力は絶大だった。
一番の問題点は、ドリードックスの攻撃に依って死者が出る事だ。
負傷だったら手当をする事も出来るが、行き成り絶命してしまうと成れば、誰も怖くて近付け無い。
そして一番困る状況は、戦死者が増えてドワーフ帝国がドリードックスに降伏してしまう事だった。
ドワーフ帝国は、鉄や銅、それに亜鉛など鉱物資源に恵まれている。
ドリードックスは、その資源を使って軍備を増強させる腹なのだ。
そして、ドリードックスのドワーフ帝国低服が成就すれば、それ以上に憂慮される状況に陥ってしまう。
内は、ドリードックスの惑星パーリヤに入植した目的について、内なりの結論を得ていた。
ドリードックスの目的が、自らの15万の民を静かに暮させるだけなら、他国を侵略する必要は無い。
内の考えでは、ドリードックスはドワーフ帝国低服後、直ちに独立宣言を行う筈だった。
それは一大帝国を征服した勝者に与えられる、当然の権利だからだ。
そしてドリードックスは、その独立国家と言う地位を利用して、順次、宇宙漂流民の受け入れを承諾するだろう。
恐らくだが、宇宙漂流民の連合体の様な組織が有って、ドリードックスはその連合体が送った先兵隊で有る可能性が高かった。
そう考えると、内に残されている時間は少なかった。
今、直ちに行動を起こさないと、全てが手遅れに成ってしまう。
だが、内には「ベルゼフの戦い」で採用した作戦以上の作戦を思い付けなかった。
ドリードックスも何等かの対策を取っている事は予想出来たが、今はそれをやるしか方法は無い。
内は、決断した。
今回の作戦は、戦車の弱点を突く事を主眼にした。
先ず、戦車は基本的に平坦は場所しか移動出来ない。
だから、ペガサスの天馬船から岩石を戦車の前方に落として、戦車の進路を塞ぐ。
次に前回同様、ピクシア軍が戦車に油を上空から注いで、ガルーダがそれに火を点ける作戦だ。
戦車は金属で出来ているので、戦車自体は燃やせないが、熱は内部に伝導する。
その結果、その戦車の搭乗員は焼け死ぬか、戦車を放棄して逃走するしか道は無い筈だった。
そして、ユニコーン部隊が岩石に塞がれた道路を迂回する形で、10両の戦車を近くの郷まで牽引する運びにしていた。
敵の戦車の内部構造を調べれば、今後の対策にも役に立つからだ。
それに10両の戦車を失えば、当分の間はドリードックスも再進撃は出来ないだろう。
戦車を牽引する時間を稼ぐ為、ピクシア軍7千精が上空から軽長弓を射て、敵を後退させる手筈にしていた。
だが内の作戦は、ほぼ全面的な失敗に終わった。
やはりドリードックスは、対策を講じていたのだ。
作戦が成功したのは、最も高い大空を舞えるペガサス軍の岩石落としだけで、ガルーダ軍と更に低空しか飛べないピクシア軍の兵士達は激しい頭痛に見舞われて、皆、ふらふらと地上に落ちてしまった。
奴らは、短期間の間に一種の増幅装置の様な物を開発していて、ガルーダ軍の高度まで頭痛を起こす事が出来たのだった。
内は、残った全軍に撤退を命じた。
ドリードックスは、地上に落ちた妖精達を戦車の波動砲で攻撃すれば彼らの生命を奪う事が出来たのに、それは行わなかった。
飽くまでドワーフ王国の征服に目的を絞っている為、それが成就するまでは無用な殺戮はしないと言う事なのだろう。
奴等の目的が、他の宇宙漂流民を惑星パーリヤへに入植させる事ならば、それは当然の判断だと内は思った。
結局、ドリードックス軍は、この戦いの後、一旦は自治区に兵を引き揚げた。
内は、暗澹とした気分で王宮の自室に戻ると、ソファーに倒れ込んだ。
内には、打開策が思い付かない。
このままでは、何時の日にか惑星パーリヤは、宇宙漂流民達に乗っ取られてしまう!
内はこの先、一体、どうすれば?
その時、内の耳に女性の声が聴こえて来た。
「マヤよ、心配は要りません。後の事はわらわに任せて!汝はわらわの言う通りにすれば、万事が上手く行きます」
「だ、誰?」
「わらわの名はサラーフィーリア。大女神です」
内は、部屋中を見回して女性の姿を捜したが、何処にもその姿は無かった。
若しかしたら、本物?
「大女神様?」
「ここ惑星パーリアの守護女神サフィアンは、永い眠りに就いていますが直に目覚めます。その間、わらわが代わってこの星を守護致します」
「大女神様がパーリアを守って下さると?」
「ええ、そうですよ。わらわは女神宗家の者故、本物の守護女神には成れません。ですがその分、守護女神より積極的な行動が取れるのです」
「それは内に取っては、渡りに船、いや渡りに大女神様ですが、大女神様は何故、内にお声をお掛けに成られたのです?それに、内の名前はマーヤでマヤでは有りませんが」
「ふふふ、それは汝が選ばれし者だからです」
「選ばれし者?」
「これから汝が幾度も幾度も、転生を重ねた後に、その意味を知る事に成るでしょう。汝の名前はマヤ。選ばれし者として振る舞う時に、その名前を憶えて呉れていたら幸いですね」
「内の名前はマヤ?」
その女性の声が、これで消えてしまいそうな雰囲気を感じて、内は焦った。
「大女神様、暫しお待ちを!内はこれから、一体、何をすれば良いのでしょう?」
「入植した宇宙漂流民達は、幾つかの点で既に大銀河憲章の細則規定に違反しています。ですから、これからはわらわが良しなに取り計らいます。汝はその事を信じ切る事が大切なのです。マヤ、今夜はゆっくりとお休みなさい。汝にはまた後日、お話を致しますから」
そう言うと、その大女神の慈愛に満ちた声は内の耳から消えて行った。
思えば、この時が内とサラフィーリア様との、初めての邂逅だったに違いが無い。




