第7章 マヤズメモリーズ 13
果たして、バルバドスとダワコフの共同作戦は見事に成就した。
内は、コボルト帝国を除く全種族から要求書を受け取り、32か国から兵士派遣の承諾を得た。
そしてそれらの兵士達と共にコボルト帝国に赴くと、予定通り、バルバドスがクーデターを起こした。
余程、入念な準備をしていたのだろう。
そのクーデターは瞬く間に成功した。
そして、皇帝のガバンとゼシーノは、コボルト帝国の地下牢に幽閉された。
内がコボルト帝国に可成り吹き掛けていた、慰謝料と言う名目の賠償金も、コボルト帝国は値切る事も無く全額をピクシア王国に一括で支払った。
そう成れば、内も断る理由が無いので、コボルト帝国とドワーフ帝国との三国同盟に調印して、無事、ドリードックスを自治区に封じ込めた。
それらが成就するまでに、僅か半年の時間しか経からなかった。
「余りにも事が上手く行き過ぎて、逆に何だか不安に成るね」
内は、正直な胸の内をダウンズに伝えた。
「関係者が、それぞれの役割を電光石火で、然も正確に果たした賜物でしょう」
「そうね。そのお陰で、国民に移住させる事も無く、居住区の建設等の費用も必要が無くなった訳だから、バルバドス皇帝陛下とダワコフ国丞大元帥には感謝をしなくちゃね」
内とダウンズは、これまで何度も交わした祝杯を、この日も交わした。
「ご注進!マーヤ公女様にご注進!」
今は、先代のリチャーダイン五世の名前を取って、「リチャード王宮」と呼ばれているこの王宮の近衛兵が内の部屋に入って来た。
「何事だ!」
ダウンズが席を立って、その近衛兵に詰問した。
「はっ!ドリードックスが二手に分かれて、コボルト帝国とドワーフ帝国の両国に攻め入っているとの事です」
「何だと!」
「何ですって!」
内も席から立ち上がった。
「自分は第一報をお知らせに来ただけで、今、両国から続々とレインボーバードが書簡を届けていますので、詳しい事は別の者が」
「分かった。お前は下がって良い。但し、受け取った書簡は全てこの部屋に持って来る様に!」
「はっ!かしこまりました」
その近衛兵はそう言うと、この部屋から退出した。
「ダウンズ、これは一体、どう言う事かしら?」
「ドリードックスは、次元パトロール隊から分子分解処分を受けていて、武器らしい武器は持っていない筈ですが」
「そうよね」
内とダウンズは、お互いに首を傾げた。
「ご注進!ドリードックスは、自治区から近い郷を襲って、武器と防具を略奪した模様!」
「ご注進!ドリードックスは、盾で身を守ってコボルト帝国軍を打ち破っている模様です!」
「ご注進!ドリードックスは、相手に激しい頭痛を起こさせる能力を持っていて、現在、コボルト帝国軍は全軍を撤退させている模様!」
「何だと!」
「何ですって!」
「ご注進!ドワーフ帝国軍は、ドリードックスに成す術も無く、全軍が撤退中です!」
う~ん、恐らくドリードックスは、利用しようと思っていたガバンとゼシーノが幽閉されてしまったので、自分達の手で侵略する事に決めたんだわ。
それにしても、ドリードックスは、本当に相手に激しい頭痛を起こさせる能力を持っているかしら?
若しそれが本当だとすれば、コボルト帝国軍も苦戦をするけど、ドワーフ帝国軍は更に危険な状況だわ。
コボルト帝国軍の主力兵器は弓矢で、強力な威力を持つ「強弩」の扱いに兵士達は慣れている。
だが「強弩」は威力が高い分、その射程距離は短い。
ドリードックスの能力が、どの程度の距離にまで及ぶのかは不明だが、コボルト帝国軍が全軍撤退と言う事は、或る程度の距離に有効な筈だ。
そう成れば、主力武器が剣のドワーフ帝国軍は悲惨だ。
ドワーフ帝国は剣の錬成技術に置いては、他の追従を許さない絶対的な存在で、永く平和な時代が続いたので、今はドワーフ剣を買い求める国は無いが、1万5千年前は「ドワーフ剣を持つ者がパエリヤを治める」と言われていた。
だが、幾ら切れ味が鋭いドワーフ剣をドワーフ帝国軍の兵士達が帯刀していたとしても、敵に近付けてこそのドワーフ剣だ。
「ご注進!コボルト帝国とドワーフ帝国共に、医師では役に立たず、鎮痛薬を処方してもその頭が割れる痛みは鎮まらない模様!」
「ダウンズ、これから陛下とカチューシエ妹大后の所に行くわよ」
「はっ!」
「話は聞いたわ、マーヤ第2公女。貴女の考えを聞かせて頂戴」
カチューシエもビンセントも、近衛兵の報告にショックを受けている様子だった。
「我がピクシア王国は、コボルト帝国とドワーフ帝国と同盟を締結していますので、この危機に両国を助けに行かなくては成りません。そしてこれは対岸の火事では無く、何れピクシア王国にも災難が降り掛かります」
「そうなのよ、だからマーヤに策を尋ねているの」
「はい、内が考えるに、ドリードックスの今の進撃を止める事が先決かと。そこで親しいペガサス公国と、付き合いは余り無いのですが、ガルーダ皇国に支援を求めます」
「ペガサス公国とガルーダ皇国に?」
「そうです。ドリードックスは空を飛べないので、上空からの攻撃には無防備な筈です」
「確かに!」
それまで暗い表情をしていた、カチューシエの顔が急に明るく成った。
「ピクシア王国も、軽長弓で上空からドリードックスを攻撃して、ペガサスは上空から岩石をドリードックスに浴びせます」
「おおっ!」
カチューシエだけでは無く、ビンセントとダウンズの顔も明るく成った。
「決め手はガルーダです。ガルーダ族には火を吹ける者がいます。彼らに出動要請をします。作戦としては、予め、ドリードックスの進路に大量の油を撒いて置いて、奴らがそこを通った時に、ガルーダに火を吹いて貰うのです」
「おおーっ、おお!」
「奴等の頭痛発生能力が、その上空まで届かなかったら、奴等の多くが丸焼けに成るので、奴らも一旦は撤退するでしょう。その間に各国と善後策を協議しましょう」
「素晴らしいわ。流石はマーヤ」
カチューシエが満面の笑みを浮かべて、内の顔を見た。
「内の考えでは、その頭痛は耳の穴から入って来る、奴らの一種の念力の様な物だと推測しています。ですから念の為、我が方の兵士達には全員、耳当てを付けて貰います」
「マーヤ公女様は天才です。このマーシャル、心から公女様を敬服致します!」
マーシャルからも褒められて、内に悪い気がする筈も無かった。
「てへへ」




