第7章 マヤズメモリーズ 12
「はい、クーデターです。その時バルバドスは『全種族の意向に対して反旗を翻すのは、スフィアン様に反旗を翻すに等しい。我々妖精族は、これからも共栄共存の道を歩むべきだ』と叫んでクーデターを起こします。そして軍部の大半と大臣の半分を手中に収めているバルバドスは、既にクーデターの準備が完了しているのです」
そのクーデターは、マーシャルの話を聞く限りでは、真面な考えを持つバルバドスが政権を握るのだから、パエリヤ王国に取っても良い話の筈だった。
「バルバドスのクーデターが成功を収めると、直ぐに彼は現両皇帝を牢獄に幽閉します」
「バルバドスはクーデターを起こすのだから、コボルト帝国皇帝ガバンを幽閉するのは分かるけど、何故、ドワーフ帝国皇帝ゼシーノまで?」
「公女様、ゼシーノ皇帝は国丞総大臣ダワコフを全面的に信頼していたから、気の身気のままで全種族会議に出向いたのです。ダワコフはガバンとゼシーノが交わした密約文書を手に入れていて、そのゼシーノが保管していた密約文書を、既にバルバドスに送っています」
「それを証拠にして、バルバドスはゼシーノまで幽閉すると言うのね?」
「ご明察でございます」
皇帝ゼシーノが、コボルト帝国の盟友バルバドスの手に依って幽閉される訳だけど、ドワーフ帝国の国丞総大臣ダワコフは、その後、どう動くと言うのだろうか?
ゼシーノの救出に向かえば、盟友バルバドスの手引きで救出は成功するだろうが、ゼシーノが復権してしまってはダワコフに旨味は少ない。
「皇帝ゼシーノがコボルト帝国に幽閉されたとの報せが入れば、ダワコフは皇帝が不在ではドワーフ帝国に勝てないと主張して、ゼシーノの幼い息子を新皇帝として即位させます」
「新皇帝が幼いなら、裏で操るのは簡単かも知れないけど、そんな事が簡単に出来るの?」
「ええ、ダワコフを信頼しているゼシーノは、何も持たずに全種族会議に出席しましたから、皇帝印を始め新皇帝を即位させる為に必要な物は全てドワーフ帝国の皇宮に有りますから」
「成る程ね。じゃあ、ドリードックスの処遇は?」
内は、一番気に成っていた事をマーシャルに尋ねた。
「結論は、ドリードックスが現在、滞在しているキャンプドリーに、周辺の土地を少しばかり付け足して『ドリードックス自治区』として封じる構想です」
「それは良い案だと思うけど、あのドリードックスがそれに素直に従うかしら?」
「その対策も考えています。その『ドリードックス自治区』はコボルト帝国とドワーフ帝国の共同管轄にするのです」
「確かに2大帝国が眼を光らせれば、ドリードックスも勝手は出来ないでしょうね」
「恐らく、そう成ると思います」
「だけど問題は、仮想でも有っても敵国のコボルト帝国と、どうやって連合を組むのか?に成るわね」
これだけ周到にシナリオを組み立てている彼等だから、きっとこの問題についても対策を練っているに違いが無いと内は思った。
「公主が一番ご存知の通り、ドワーフ帝国の皇位は世襲制です。従ってダワコフ自身が事を起こせば謀反に成るので新皇帝を即位させる訳ですが、現在のダワコフは軍部を統括出来ていません」
「国丞総大臣だから、大臣達は皆がダワコフに従うのでしょうが、軍部はこれまで皇帝のゼシーノが握っていた筈だから・・・」
「その通りです。そこでダワコフは総大臣の職を別の者に譲って、新たに国丞大元帥に就任します。その意味は、軍権は皇帝に固有の物ですから新皇帝が持ちますが、ダワコフの方は軍の統率指揮権を持つのです」
「うん。そうすればダワコフは軍部を統括する事が出来るね」
「コボルト帝国の新皇帝バルバドスは『世界平和宣言』を行い、ピクシア王国への正式な謝罪と賠償金を支払う旨を全世界に向けて発信する予定です」
「まあ、それは有り難い事ね。コボルト帝国が本当にそうして呉れるなら、ピクシアの民の怒りも可成り和らぐ筈だわ」
内は、バルバドスがクーデターまで起こして政権を奪取するのだから、その事は期待しても良いと思った。
「そして最後に、その証として、コボルト帝国とドワーフ帝国は友好条約を締結して二国同盟を結成します。バルバドスとダワコフはその同盟にピクシア王国も加わって欲しいと・・・」
「三国同盟にする訳ね」
「ドリードックスに対しても三国に依る共同管轄に成るので、より監視が行き届く筈なので」
「悪く無い話ね。でも、マーシャル。それは彼等のシナリオが上手く行くのかを見定めてから決めても遅くないわ。慌てなくても良いの」
「御意!」
バルバドスとダワコフが既に準備を完了してと言うのなら、こちらも迅速に動く必要が有った。
当面、ピクシア王国が行う事は二つ。
コボルト帝国に対する、両陛下と皇太子ご夫妻を殺害した事への謝罪と慰謝料の請求、それからゼシーノ陛下の解放を求める、全種族の要求書を手に入れる事。
そして、その要求を受け入れさせる際に、コボルト帝国に圧力を掛ける為の少人数の兵士派遣に関して、各国の同意を得る事で有る。
それにしても、シナリオ自体はバルバドスとダワコフが考えたにしても、マーシャルは頭脳が明晰な男だ。
流石は、高名な学者を多く輩出したジルベッフル家の者だけの事は有る。
内は、マーシャルを新設する参謀軍帥の職位に就けて、内の補佐をさせたいと思った。
内が、こうした諸々の事を報告して、行動を開始する事の承諾を求める為に、カチューシエ妹大后の部屋に向かった。
彼女の部屋に入ると、そこにはカチューシエ妹大后と姉の ソミーナ第一公女、ビンセント陛下、それにマーシャルまで顔を揃えていた。
「マーヤや。話はマーシャルから聞きました。后達は全員賛成よ」
この話はややこしいので、伯母上のカチューシエにどの様に説明したら、最も早くそして正確に理解して貰えるかを内は自室でずっと考えていたのだ。
その間に、マーシャルがさっさと皆に話を済ませて呉れていた。
マーシャルは、やはり仕事が早い。
「マーシャルのお陰で、皆様にご説明する手間が省けました。有難うね、マーシャル」
「いえ、出過ぎた真似をしてしまいました」
マーシャルは、そう言って内に頭を下げた。
「実は、参謀軍帥と言う職位を新設して、マーシャルをその職位に就けたいのですが、皆様のお考えは如何でしょう?」
「マーヤだったら、きっとそう言うだろうと思って、先程、皆で決めたのよ」
「・・・」
カチューシエ伯母上は、何を決めたのだろう?
「ひとつは、ジルベッフル家の当主をマーシャルの一番上の姉の息子に継がせる事にしたの。そうすればマーシャルは領主としての雑事から解放されるから、マーヤの補佐に専念出来るでしょう?」
「それは願っても無い話ですが、マーシャルはそれで良いの?」
内のその言葉に、マーシャルは微笑を返すばかりだった。
「ビンセントが国王に即位したから、スカラデン家の当主が空位に成ってしまったわ。だからマーシャルを、后の養子にしてスカラデン家の当主を継いで貰う事にしたの。それが二つ目の決定事項よ」
「まあ、それは素敵なお話!マーシャル=スカラデン=サミルカンド侯爵の誕生ね」
マーシャルが恥ずかしそうな面持ちで、自身の頭を掻いた。
「内に取っても、侯爵参謀軍帥の方が諸外国に対して箔が付くので有り難いわ。そうと決まれば、早速、書簡を認めてレインボーバードに諸国まで届けて貰いましょう!」
「御意!」
3精が一斉に御意!と言った。
何時の間にか、爺とダウンズがこの部屋に入って来ていて、もう一精、御意!と言ったのはマーシャルだった。
彼等はお互いの顔を見合わせて、笑い合った。
こうして、バルバドスとダワコフの共同作戦は幕を切って落とされたのだった。




