第7章 マヤズメモリーズ 9
ドリードックスとは、誰が名付けたかは分からないが、的を得たネーミングだったのかも知れない。
ドリードックスの「ドリ」は、ドリフターズの「ドリ」に掛けたのかも知れないが、実の所は、本来の意味で有る「羊的な犬」に風貌が一致している事がネーミングの由来らしい。
実際、首都エルカンドラのザ・インペリアルホールやサラビス宮殿で襲撃を受けた際に、コボルト軍の中に混じっていたドリードックスと戦った兵士は皆、彼らの顔が「羊犬」だったと証言している。
15年程前、「宇宙漂流民」だったドリードックスの入植希望をコボルト帝国が受け入れた時、ドリードックスは遺伝子的にコボルト族に極めて近い種族だと言う説が流れた。
それは、ドリードックスの惑星パエリヤへの入植を、全種族会議でコボルト帝国以外の種族が反対したにも関わらず、コボルト帝国は全種族会議を脱退して単独で「入植受入宣言」を行ったからだった。
要するにその説では、コボルト帝国がそこまでするのは、ドリードックスが同じ種族だからと言う推測が根拠に成っていたので、科学的にその事が証明されている訳では無かった。
何れにしても惑星パーリヤは大銀河憲章上、保護惑星に指定はされているが、その保護水準は「上位三次元第三種」と言う、最も低い格付けの水準だった。
「上位三次元第三種」の惑星が保護を受けるのは、「母星を有する他の天体の生命体は、当該格付けの天体に対して一切の攻撃並びに侵略を行っては成らない」と言う、大銀河憲章細則天体保護規定第13条の適用だけだったからだ。
従って、母星を持たない宇宙漂流民のドリードックスに対する入植受け入れに関しては、他の保護を受けない天体と同じ様に、一つの独立国家が受け入れ宣言を行えばその入植は認められる。
但し、大銀河憲章細則宇宙漂流生命体規定第8条「入植者は入植先の文明水準を超える一切の物理物を持ち込んで成らない」と言う規定に基づき、銀河連盟次元パトロール隊の厳重な監視の下、ドリードックスの惑星パーリヤへの入植は完了した。
物理物とは要するに品物の事で、入植完了後、ドリードックスが持っていた宇宙船は、同パトロール隊の手で分子的分解処分が行われた。
又、同規定第125条の「入植者は入植後、地球時間で100万年の間、入植先の文明水準を超える一切のノウハウ、スキル等の知的財産を入植先の生命体に与えては成らない」と言う規定も適用される。
「地球時間」とは公的な場で使用される、上位三次元物理空間に於ける「オリオン宙域標準時間」の事で有る。
内を含めてパーリヤの民は、地球と言う惑星が次なる天球候補の惑星だと言う事以外に知り得ている情報は無く、それが一体、何処に有るのかさえ誰も知らない。
勿論、惑星パーリヤでは、パーリヤの自転や公転周期に基づく「パーリヤ時間」と言うローカル時間が使用されていたし、暦も「オリオン宙域標準グレゴール歴」では無く、パーリヤ独自の「スフィアン歴」を使用していた。
「姫、兵士達の話からも、ドリードックスは妖精族なのかも知れませんな」
爺が、自室で寝そべって羽根を休めていた内の近くにやって来た。
「どうなのかな?確かに、コボルト帝国が訳も無くドリードックスを受け入れたりしないとは思うけど。それにスフィアン教の聖典、『エレノアドクトリン』にも妖精族は古のオリオン大戦で、多くの天体に避難目的で移住したと記されているしね」
内はソファーから起き上がると、 爺にそう言った。
「そう成ると、一概に非族の侵略だとは言い切れなく成りますな」
「とは言え、必要なら入植を許したコボルト帝国が、自らの領地をドリードックスに与えるべきで有って、他国を侵略しても良いと言う根拠には成らないわ」
「勿論です共!」
爺も憤りを覚えた表情で、そう強く内の言葉に同意した。
内は最近、ただ守りを固めて座して敵の襲撃を待つのでは無くて、こちらから仕掛ける方策は無い物かと思索を巡らせていた。
「マーヤ様、ビンセントです。入っても宜しいでしょうか?」
「陛下ですの?誰かの使いを下されば、内の方がそちらに参りましたのに」
「未だどうも、陛下と呼ばれるのに慣れていなくて。自分の事を朕と呼ぶのにも慣れていませんが・・・」
ビンセントが頭を掻きながら、ダウンズを伴って内の部屋の中に入って来た。
ダウンズは、ビンセントが国王に即位した為に、侍従長家令の職に任じられていた。
侍従長家令とは、王の身の回りの世話と王宮、今ではこのスカラデン家の館だったが、その王宮に仕える使用人達を統括する役職だった。
だが、実態はこれまでと大差は無い筈だ。
「マーヤ王女。先ずは現行の王室範典では無理だと言うのに、我が亡き父の家系からも王室メンバーに加えて戴き、母共々、感謝しております」
ビンセントはそう言うと、内に頭を下げた。
この先、国王陛下が内に頭を下げる事は無いかも知れないから、ここは黙って受けて置こう。
「ごめんね、ビンセント陛下。陛下のお父上の家系の方には土爵の爵位しか授与が出来無くて・・・」
「とんでも無いです。彼らが王室メンバーに加わって呉れた事を、朕がどれ程、心強く思えた事か!」
ビンセントは、存外、朕と言う言葉が似合っていた。
「陛下、お止め下さい。先のスカラデン侯爵のご一族は優秀な方ばかりで、内の方こそ加入を承諾して戴いて感謝しております、それに陛下、内はもう王女では有りませんよ」
「そうでした。マーヤ様は公女様に成られたのでしたね」
「公女の一人称も内ですから、これからも自分の事を内と呼びますので、陛下も宜しくね」
「ははは、マーヤ公女様には内と言う言葉が良くお似合いですから。ところで公女様に紹介したい者がおりまして。ダウンズや、マーシャルをここに呼んで来ておくれ」
「御意!」
今回の王室範典の改正で、内は現状に鑑み、特例として我が父「リチャーダイン五世」から見て一親等以内血族の配偶者の家系まで王室メンバーに加える案を建議した。
これを聞いた宰相や各大臣に一瞬、驚きの表情が見えたが、王室メンバー数が危機的な状況に有る事は誰しもが知っていたので、反対意見は無く、全会一致で可決されたのだった。
一親等以内の配偶者だから、先ず第一に我が母、マーネリア皇后陛下の家系が挙げられるのだが、母の家系は妹がいるだけで、その妹も未婚のまま病死してしまっていた。
残るのは、カチューシエ王妹殿下の配偶者で有る、先のスカラデン家当主、スカラデン=フリーゼルの家系だけだった。
フリーゼルは現国王グレオゴール十ニ世の父親だから、その家系は当然、現国王とは血縁関係に有る。
故に、古からの絶対的な不文律の掟を知らなければ、その家系を王室メンバーに加える事は自然な様に思えるかも知れないが、その掟に反して王室範典を改正すれば、それは神をも冒涜する行為だと映ってしまうのだ。
その絶対的な掟とは、「新王の王室は新王から始まる」と言う物だった。
要するに、新王の新しい王室は、王の兄弟姉妹及びその子から始まると、掟は定めているのだ。
その点、我が父「リチャーダイン五世」は、自分の王室を開闢していて、彼の兄弟姉妹及びその子は既に王室の一員に成っている。
故に、「リチャーダイン五世」を起点にした王室範典の改正だったら、その古からの掟に反しない。
内が編み出したこの苦肉の策で、何とかフリーゼルの家系を王室メンバーとして迎える事が出来たのだった。




