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第7章 マヤズメモリーズ 8

 内は、ビンセントが差し入れして呉れていた、サミルカンドを代表する地酒、バッキーノを内と爺の盃に並々と注いだ。

 爺も内に「乾杯」と言うと、バッキーノを口に運んだ。

 「ほう?この酒は中々旨いですな」

 そう言うと爺は、又、バッキーノを一口ぐびりと呑んだ。

 内が聞いた話では、爺は若い頃は酒豪として名を馳せていたらしい。

 だが、内の世話役に成ってからは、酒の方はたしなむ程度だった。

 爺の家柄、即ちエルゼリッヒ家は、歴代、皇太子の世話役に任じられる家柄で、爺も最初は我が弟、皇太子ヘルナンデスの世話役だった。

 だが、ヘルナンデスがドワーフ王国に旅立つ時、その留学の目的のひとつが、厳しい戒律を身に付ける事で有った為に、世話役の随行は許されなかった。

 ヘルナンデスには申し訳が無いが、そのお陰で爺は内の世話役に任命されたのだった。

 それは内に取って、言葉には尽くせない程の幸運だった。


 「ねぇ、爺。爺には今世では返せない位の世話に成ったわ。最近でも、一早くエルカンドラのサラビス宮殿から脱出させて呉れたお陰で、内は生き残れた」

 「何の!その位の事など当然の務めです。それに爺の方こそ、姫にお仕えしてからと言う物、喜びが絶えない日々を過ごさせて戴いております。生まれて来て良かったと心から思えております」

 「ははは、爺は大袈裟ね。でも、兎に角、爺には長生きをして貰って、何時までも内の側にいてね」

 「ううっ!年を取ると皆、涙腺が弱く成るのでございます。姫からそんな事を言われると、爺は泣きますぞ」

 「ふふふ」

 爺の父親は、我が父の先代国王が未だ皇太子だった頃、皇太子の世話役に任じられていた。

 その世話役の息子で有る爺を、先代はいつもビクスト、ビクストと呼んで、実の弟の様に可愛がったと言う話は宮中では有名だった。

 多分、その頃の爺はお茶目で可愛かったのだろう。


 「ところで爺、今回、王室メンバーに加わる意志を表明した14名の中に、女性が5名も含まれていたのは、嬉しい誤算ね。しかも全員が未婚」

 「ええ、これからのピクシア王国でも、女性の活躍が無ければ、国は立ち行きませんから」

 「うん。他国でも、男子の出生率が低い国では女性が使者に立つのは当たり前だし、ウンディーネ女王国は別格にしても、シルフ連邦国、ティターニア共和国、リャナンシー公国始め、幾つもの国家で女性の元首や宰相が普通に存在しているわ」

 「その為にも、その5名の方は、結婚されても王籍から外さない様に王室範典を改正せねば成りませんな」

 「そうね、その積りよ」

 「ところで爺には、そのお知恵を拝借したい事が有るから、もっと吞みましょう!」 

 それから内と爺は、バッキーノの最初の一瓶を吞み切った。


 「姫、爺に何かお力に成れそうな事が有るのですか?」

 「ああ、それなんだけどさ。内は今回、王室メンバーに加わった全員に爵位を授けようと思っているの。閣府はピクシアの古典文書から尊称をひねり出しているけど、どれも内には気に入らない物ばかりなのよ」

 「ほう?全員に爵位を?」

 「そう。今、思い付いているのは「土爵どしゃく」。その土地に固有の爵位って事。語感からしても、この爵位は最下位の爵位だと思うの」

 「姫は、現在の侯爵、伯爵、麗爵、華爵の下に、爵位を創設しようと成さっている訳ですね?」

 「その通り。華爵の下に3つ程、爵位を作りたい。爺、何か良い名前は無いかな?」

 内は2瓶目のバッキーノの封を切ると、自分と爺の盃にそれを注いだ。


 「そうですな、令爵と言うのは如何いかがでしょう?」

 「令爵?う~ん。悪くは無いけど、今の麗爵と発音が一緒だね」

 「確かに!それでは司爵と言うのはどうでしょう?」

 「司爵?あっ、それ良いね。その語感からすると土爵のひとつ上の爵位だね。そう成ると、司爵と華爵との間を埋める爵位名は・・・」

 爺は2瓶目のバッキーノから注がれた盃を一気に飲み干した。

 「余り難しく考えずに、普通に貴爵では?」

 「おお、尊い爵位って意味ね。新爵位の名称は平凡な名称が良いと考えていたから、丁度良い加減の名称だわ。余りひねりを加えて今の爵位より偉そうな名前にすると別の不興を買ってしまうから」

 こうして、新しい爵位の名称が決まった。


 「グレオゴール十二世国王陛下の御成り!参列者は低頭せよ」

 内の指示で急造だったが、エルカンドラのサラビス宮殿の前庭に似せた、スカラデン家の館の前庭で、ビンセントの即位式は執り行われた。

 ピクシア公国国王の正装で着飾ったビンセントは、勇ましくそして気高さをたずさえて、母、カチューシエが待つ階段を、一歩一歩踏み締めながら登って行った。

 「戴冠たいかん!」

 その時、祝砲が鳴り響き、数百羽の鳩が放たれて空を舞った。

 カチューシエは感無量と言う表情で、息子に王冠を被せた。

 「帯刀!」

 続けて、カチューシエは王剣をビンセントに手渡した。

 王冠を被ったビンセントは、段下の参列者の方に向き直ると、皆に向けて王剣を高々と掲げた。

 祝砲が又、鳴り響いた。

 「陛下とピクシアに栄光有れ!!!」 

 参列者全員がそう叫んで、ビンセントの即位式は無事、終了した。


 「マーヤ、ビンセントは、亡き兄上君や皇太子の分まで頑張らないといけないわね」

 即位式が終わって、新王室メンバーへの爵位授与式までビンセントに同席していたカチューシエは、自室に戻ると開口一番、内にそう言った。

 「即位式が無事に終了して何よりでした」

 「それにしても后が只の母馬鹿だったとは!息子の晴れ姿を見ると、胸に嬉しさと誇らしさが込み上げて来て、とんだ罰当ばちあたりだわ」

 カチューシエは、切なさが入り混じった複雑な表情に成った。

 「ビンセント、あっ、いえ、グレオゴール十二世国王陛下は、侯爵の頃から民を愛し、民を慈しみ、民に寄り添う侯爵でした。国王に成られても、そのお気持ちさえお忘れに成らなければ、諸事は内を始め周囲の者が進んで行いますから」

 「マーヤにそう言って貰えると、后も安心する事が出来るわ。何度も言う様だけど、呉々もビンセントの事は宜しくね」

 「分かっております!伯母上様」

 内は、そう言うとカチューシエの肩に優しく手を置いた。

 カチューシエは、内のその手の甲に自身の手の平を重ねた。


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