第7章 マヤズメモリーズ 4
「マーヤからそれだけ聞ければ十分です。 そなたが深い考えを持っている事を知って后は安心しました。 後はそなたが思う通りにして下さい。 后とビンセントはこれから離れに移る準備を始めます故、これにて失礼しますよ」
そう言うと、カチューシエとビンセントと共に居間を去ろうとした。
「叔母君様、暫しお待ちを!」
カチューシエは、内の方に振り向いた。
「内は、至急、各種族やその他残っている大臣や次官達に書状を送らなくては成りません。 どうかこの館の全ての書記官とレインボーバードを内にお貸し下さい」
「勿論ですとも! ここから近いカディッサの郷に、后から使いを出してこちらに来るように指示しましょう。 さすれば書記官が20名、レインボーバードは50羽には成るでしょう。 それらをマーヤはご自由にお使いなさい」
「叔母君様、感謝致します!」
「姫、お見事でした! 爺は感無量でございます」
爺は本当に涙を流している様子だった。
「姫が、未だ子供とばかり思っていたこの爺は、何たる不見識の極み!」
爺はこのまま放って置けば、何時までも泣いていそうだった。
「この短い間に、よくぞここまでの熟慮がお出来に成られましたな!」
内も父上君達の訃報を知った時には泣きじゃっくていたので、他人の事は言えなかったが、年を取ると皆、涙脆く成るらしい。
爺は、尚も感涙し続けていた。
「爺、内は訃報を知ってから泣き尽くめだったから、何かを考える余裕なんて無かったでしょう? 先刻、内が話したのはドリードッグスがパーリヤに侵攻を開始した時から考えていた方策なのよ」
「おお、そうでしたか? 流石は姫です」
「爺、これから内と一緒に、この構想の大まかな詳細を詰めるよ。 あちこちに書状を送らなければ成らないから、お互いに泣いている暇なんかは無いよ!」
「ええ、ええ、そうです共! 爺もしっかりしなくては!」
本来なら、内が身内を失った悲しみで泣いていて、爺が内を励ます役割の筈が、今はそれが逆転していた。
「爺、内らが今、決めるべき今後の方針は山積しているけど、先ずは喫緊の課題で有る王室メンバーの数を大幅に拡大する方策から始めましょう」
「姫、今回のコボルト共が行った卑劣な蛮行は、表向きは我々ピクシー族への宣戦布告の様に思われますが、ピクシー族は体力や腕力では劣るものの飛行能力を有します」
「そうね。それが内が直ぐににはコボルト共が、ピクシア王国に全面戦争を仕掛けて来ないと考えている根拠なの」
「そうです。コボルト共は飛行手段を持ちませんので、我々への攻撃は主に剣と弓矢に頼らなければ成りません。 弓矢が届かない高度まで飛べば我々は安全なので、奴等がピクシー族を滅ぼすには長い時間が必要に成りますね」
「その通りよ。 だからコボルト共の侵攻を如何にして早く知るのか、そしてその情報を如何にして国民に迅速に知らせるかが鍵に成るのよ」
「その連絡が迅速に行える様に、国民の居住区を5か所に絞られた訳ですね」
爺は既に、感激の涙は流してはいなかったが、代わりに内に対して尊敬の眼差しを向けていた。
「今回の蛮行で、我がピクシア王国は、王を含めて4名の王族を失った。 内はコボルト共の真の狙いは、国民の精神的支柱で有る王族を根絶やしにして、国民の心を折る事に有ると思っている」
「そう成れば、ピクシー族は直ぐにでも降伏するだろうと?」
「そうよ。だから現在の王室範典を改正して、王家と血が繋がっている者は全て王室の一員に成る様に働き掛けるのよ。 それは我が父の国王と同じ考えなの」
爺は、わらわの言葉に深く頷いた。
「それでも、王室に入る事を希望する方は、多くて二十名程度でしょうか?」
今の王室は、皇太子に子供がいないので。内と姉のソミーナ、それからカチューシエ叔母君と息子のビンセント、その4名だけだからこの状況は流石に危ない!
「王室範典の改正は、センドリック宰相がトルミアードに入られてからに成りますので、その前に有資格者に対してその旨を連絡して事前の承諾を得る事が必要ですね」
「爺、この改正の肝は、一気に王室の数を増やす事で、有資格者がコボルト共から狙われる確率を分散させて、彼らの心配を軽減させる事にも有るの」
「しかし今更、王室の一員だと言われても、現在の貴族の身分と余り変わりが無いと考える者も多い事でしょうし、特に既婚の女性の場合は嫁ぎ先が嫌がるでしょうから」
「だから、そこには何らかの工夫が必要なのよ」
妖精の寿命の長さは種族に依って異なるが、平均すると地球時間で千八百年位だった。
妖精の出産頻度は女神や聖霊程極端では無いが、それ成りに少ない為、急激な妖精の数、即ち精口の増加は見込めないのだ。
加えて、ピクシー族の男子が誕生する確率は五人に一人なので、この事も現王室範典下で王室メンバーが漸減して行く要因だった。
ウンディーネ族に至っては、男子が誕生する確率は百人に一人なので、それよりは男子が誕生する確率は高かったのだが。
ピクシア王国は、惑星パーリヤの中で最も古くから存続する国家なので、総精口二千三百万と言う第二位の精口ながら、最も天然資源に恵まれ気候も温暖な広大な領土を有していた。
惑星パーリヤに於ける種族は、総精口第一位のコボルト王国二千八百万、第二位がピクシア王国の二千三百万、第三位はコブリン帝国の千九百万、第四位のドワーフ王国の千五百万を併せて「四大種族」と呼ばれていて、後は総精口八百万~四百万万の中種族が十三種族、総精口四百万以下の小種族が二十四種族と言う構成に成っていた。
「王室範典の改正内容は、我が父、リチャーダイン五世国王が考えていた案で行きましょう」
リチャーダイン五世国王は、ドリードッグスが惑星パーリヤに入植許可を求めて来た段階で、不穏な空気を感じて王室範典の改正案を作成済みだった。
それは王室の範囲を大幅に広げる案で、本来なら、自国だけで決めても問題は無かったのだが、国王は全種族総会に於ける対ドリードッグスの取り扱いに関する議論を踏まえて、最終的な結論を得ようとしていた。
四大種族で議長を持ち回る全種族総会が、今回はピクシア王国が議長国の番だった事もそれに関係していた。
まさか、四大種族のコボルト族が、会場の周辺に軍隊を忍ばせ、蛮行に及ぶとは誰しも予想だにしていなかった。
ドリードッグスとコボルト族との同盟は、超極秘裏に進められていたからだった。
会議場に乱入したコボルト軍にドリードッグス軍も従軍していたので、ドリードッグスがコボルト国と手を組んだ事は明白だった。
そして、その事実をパーリヤの全種族に知らせて、彼らに恐怖感を与える事を最大の目的にしていた蛮行でも有った。




