第7章 マヤズメモリーズ 2
地球の日本に転生した直前世を鮮やかに思い出したので、ウチは暫くはその余韻に浸ろうと思ったのだが、ウチの脳裏に続け様に次の記憶が蘇った。
それは、ウチが故郷の惑星パーリヤで、「ドリードッグス」と呼ばれる異星人達の勢力から母星を守ろうとしていた記憶だった。
「姫君! この場所は既に危険が迫っています! 今直ぐに、この爺と共に宮殿から落ち延びましょう」
「爺、何が有ったの?」
「その話は後ほどゆっくり」
元々、青味がかっている爺の顔色が、今夜は更に青さが増していた。
内と爺は、宮殿から脱出する為に作られていた通路を抜けて、ペガサス四頭が引く馬車に乗った。
内達を乗せたペガサスは、漆黒の夜を縫って大空に飛び立った。
「爺、今日は全種族総会の初日だったよね。 その場で何か大変な事が起こったの?」
爺の表情が、蒼褪めていた上に、引き攣っている様に見えたので、内の脳裏には嫌な予感が掠めた。
「姫、お気を確かにお持ち下さい! 実は、総会の会場にドリードッグスと結託したと思われるコボルト族の軍隊が乱入して来て、国王陛下ご夫妻と皇太子殿下ご夫妻が殺害されてしまいました」
「何ですって!」
内は自分の耳を疑った。
「同席していた五人の大臣も全員コボルト族に捕虜として拘束されました。 又、唯一、国王が出席していた我がピクシー王国の最友好国、ドワーフ帝国のゼシーノ陛下も、奴等に拘束されてしまいした」
爺の言葉を聞いて、内には、コボルト族の蛮行に対する怒りを感じるよりも先に、激しい悲しみの方が襲って来た。
目の前が真っ暗に成って、クラクラと頭も揺れるので、馬車の座席に真っ直ぐ座っている事が出来ずに、内は顔を下に向けて横たわる姿勢に成った。
その瞬間、わらわの両眼から涙が止めど無く流れ落ちた。
「そんな事、信じられない・・・」
「姫、馬車がサミルカンドに着くまで、存分にお泣き下され」
爺のその言葉で、内は又もざめざめと泣きじゃくった。
「姫! 酷な様ですが、今、我々は王国存亡の危機を迎えております。 妹大后様のお館に入ったら即刻するべき事が有りますので、それを済ませてから夜が明けるまでお泣き下さいませ」
爺の言葉は、内にはほとんど聞こえていなかった。
「父君様、母上様、兄君様、義姉様、ううっ、さぞやご無念で有った事でしょう!」
内が流す涙は、とても直ぐには乾きそうに無かった。
「ですが、明日の朝からはお仕事が山積します。姫君は一旦、悲しみを胸の中に納めて、王国の為にご尽力下さいます様に」
内は爺に、両眼を真っ赤に腫らしながら何度も「うん」と頷いた。
やがて馬車は我がピクシー王国の、今は亡き「リチャーダイン五世国王」の妹君、カチューシエ妹大后の大きな館に到着した。
妹大后の正式な読み方は、「いもうとのおおきさき」だったが、公式な式典以外では、「マイタイゴウ」と呼ばれていた。
内達は迎賓室に通された。
「姫! 先ずは第一王女のソミーナ様に連絡を入れて、現状をお伝えすると共に、我が軍の指揮権と国政に関する執行を姫君が暫定で行う事に許可を得ましょう」
ここは、内がやるしか無いか!
内の姉、ソミーナ第一王女は詩や音楽の才に恵まれている芸術家肌の王女だった。
姉君は、我が国に対して、事実上の宣戦布告を行った「コボルト族とドリードッグスの同盟軍」との戦争に、とても陣頭指揮が取れる様な性格では無かった。
今と成れば、姉君が国王継承順位第一位なので、内が指揮を行うには姉君の承認が必要だった。
「それから、センドリック大聖教猊下に宰相への就任を要請しましょう。 猊下は全国民の心の拠り所ですから挙国体制で臨む姿勢を内外に示す為には最も相応しい人物です」
「確かに!」
「教会は政治には不干渉を貫いていますが、これだけの危機的な状況なので、お名前をお借りしたいと言えば断わりはしないでしょう」
「うん、そうだね」
内は爺の言葉に納得した。
「今、我々が行うべき最後の行動は、殺害された王族の皆様のご遺体をどうやって、ここサミルカンドまで運ぶかです」
内はせめてご遺体を無事に、サミルカンドにお戻り戴いて、手厚く埋葬して差し上げる事を心から願った。
「コボルト共は、惑星パーリヤの全種族が集まる総会を選んで蛮行に及んで、パーリヤの首都エルカンドラのサラビス宮殿まで占拠しました。 それだけでも惑星パーリヤの全種族と事を構える覚悟が出来ていると言う証拠です。 我々は運良く宮殿から脱出する事が出来ましたが、近衛兵達は・・・」
「う~ん……」
コボルト共は何時の間に、ここまでの軍備を整えたのだろう?
「ですが、その上に王族の亡骸まで灰にすれば、パーリヤの全種族対コボルト同盟軍と言う図式が決定的に成るので、流石にそこまではしないでしょう」
内は、爺の言葉通りに成る事を心から祈った。
「総会の会場、ザ・インペリアルホールを警備していた兵士達は、王族の皆様の亡骸を一旦、ほど近いサラビス宮殿に運ぼうとした筈ですが、コボルト共が攻め入って来たので、恐らく現在は、首都エルカンドラから郷としては最も近い、マガリアの郷に滞在していると思われます」
「成程。確かにその通りだわ!」
「今、書状を送るべきは全部で三通! ソミーナ第一王女様、センドリック大聖教猊下、そしてマガリアの郷の領主卿殿です」
内は、マガリアの郷の領主、パテントン卿とは、幼い頃から懇意にしていたので
、その点は心強く思えた。
「領主卿殿には我々が、カチューシエ妹大后様の館に身を寄せている旨を知らせ、至急、王族方のご遺体を、兵士達がサミルカンドに運び入れるように指示を致しましょう」
「そうだね。爺、急ごう!」
「今から爺が書状を準備して、この館のレインボーバードに託します。 姫は暫し間ですがご休息を!」
レインボーバード族は、郵便物の配達と言う奉仕を行っている種族で、気位が高くて、ウンディーネ族とピクシー族以外には絶対に馬車を引かないペガサス族とは異なり、惑星パーリヤの全種族に対してそのサービスを提供していた。
もう既に泣き疲れて流す涙も枯れていた内は、何時しか静かな寝息を立てていた。
「姫、お早うございます。居間でカチューシエ妹大后様とサミルカンド侯爵様がお待ちです」
「分かりました。今、行きます」
内は、爺の後に続いて居間に向った。
爺の顔色から青みはやや薄れて居たが、代わりに両眼が赤く充血していた。
昨夜の爺は、一睡もしていない様子だった。
「マーヤや!」
叔母君のカチューシエは自らの溢れる涙を拭おうともせずに、内を強く抱き締めた。




