第6章 アカシックな冒険 11
やがて、皆にそれぞれのデザートが運ばれて来た事も有って、残ったメンバーでの談笑が再開した。
リンドウからゾーンマトリの海で輝いていた蛍に関する質問を受けたので、私は地球に於ける蛍の生態や、地球人類の蛍に対する感じ方等の話をした。
リルジーナも、その話を興味深そうに聞いていた。
そうこうする内に、私の脳裏からはマヤの事が遠ざかっていた。
「ところで、ユウカ様は過去世の記憶をリロードされた訳ですが、その後、何か記憶が蘇った事が有りますか?」
リンドウが私に、又、別の質問をした。
「それが、何も無くて……」
「ユウカ様、何も焦る必要は有りません。 今回必要な記憶は5万年も前の記憶ですし、そう簡単には蘇りません。 ですが必要な時に成れば、必ずその記憶は蘇るでしょう」
リルジーナは自信に満ちた表情で私にそう伝えた。
私もそんな物かも知れないと、納得が出来る様な気分だった。
祝いの宴も終わり、各自、解散に成った時、リンドウが私の傍に寄って来て小声で言った。
ユウカ様、楽しい会食の後で恐縮ですが、明日、ユウカ様には最後のトレーニングを受けて貰います。 何、フェーズは一つだけですからトレーニングは短時間で終わりますよ」
「どうせ、その内容は明日伝えると言うのでしょう?」
私の言葉に、リンドウは片目を瞑って見せた。
私はこれまで男性からウィンクをされたのは、テニス部の先輩とアストラルのマスターだけだったが、今、リンドウが加わって三人に成った。
恐らく、この技術もリンドウはアストラルのマスターから盗んだに違いが無い。
リンドウに対して特別な感情を持っている訳では無いのに、やはり私の胸はアストラルでマスターに受けた時と同じ様に、いやそれ以上にドキドキする感じがした。
リンドウのは、何ってたって「天使顔をした精霊のウィンク」だもんね!
自室に戻ると、私は生ビールを片手に、自分自身に対して「今日は、お疲れ様でした!」と言葉を掛けた。
だが、マザーでの出来事は今日の事なのに、私の中では既に過ぎ去った、夢の中の過去の様な感覚も有った。
「サラフィーリア様は、私と邂逅する時までは現れないと言っていたけど、マザーにも使いを送って呉れていたから、今夜は必ず、何等かの通信が有る筈ね」
私は、独りでそう呟いた。
マザーに入るのは今世では初めてだった事も有って、私も相当に緊張していた様だ。
精神的な疲労を強く感じた。
だが一方で、完全に熟睡してしまうと、肝心のサラフィーリアからの言葉を覚えていないリスクも有った。
この疲労感の中で、程良く泥酔する事は高度な技と精神力が要求される。
そんな夜は、ジンを飲むに限る。
私の場合、ジンを飲むと頭の中が冴えて来るし、身体だけでは無く、心の火照りまで鎮めて呉れるのだ。
そう言えば、私がアカシックレコードに向かう前に、リンドウに少しマニアックなジンをボタン化する様に頼んでいた事を思い出した。
私は、アストラルに通う内に、お酒には詳しく成っていたのだ。
クラフトジンは嫌いでは無いし、ロンドンドライジンも勿論、私には美味しく感じられる。
だが、私がリンドウにボタン化をお願いしたのは、ジンの発祥地オランダの、ボルスジュネヴァと言うオランダジンだった。
これをオンザロックで飲むと、ジンらしかぬ複雑な味わいがする。
リンドウはどんな飲み物でも、製法や添加物等を伝えさえすれば、ジャポニカ百科事典も参照して直ぐにボタン化をして呉れる。
私は自室の並んでいるボタン群の方に目を遣った。
その中段辺りの右端に、ピンクのリボンが付いたボタンが有った。
「あっ、これだわ」
イベリコ豚にパプリカがたっぷりと入った腸詰ソーセージ、チェリソ!
此奴が、ボルスジュネヴァには一番合う。
ハローズは、惑星イベリーカの出身らしいから、今度、私の部屋に来た時にはこれを食べさせて上げよう。
それから私は、サーモンマリネのボタンも押した。
この部屋に置かれている先進科学が産んだオートシェフを、地球に戻っても私のワンルームに一台は欲しい物だと、私はつくづくと思った。
私が一杯目のボルスジュネヴァのオンザロックを飲み終えた時、子供の頃に絵本で見た、天女の様な衣装を着た女性が忽然と私の前に現れた。
「何?」
「わたしはサラフィーリア様の使いの者です。 ヒエラルキーは上位4次元です」
私が、あんた誰?と尋ねる前に、その天女風の女性は自らの身分を名乗った。
「あ、ああ」
「現在、サラフィーリア様は次元降下中ですので、わたしがお二人の会話を成立させる為の触媒として派遣されました」
「触媒?」
「わたしは今、降臨では無く単なる次元降下でこの上位三次元に来ていますので、滞在可能時間は10分間です。 では早速、サラフィーリア様にお繋ぎします」
この女性は、私とサラフィーリアとの間の、電話交換手の様な役割を担っているのだろう。
「我が愛する娘、ユウカよ。汝は必要な過去世の記憶を取り戻しました」
その声は、私がこれまで2回聞いた、慈愛に溢れるサラフィーリアの声に相違は無かった。
違うのは、これまでは私の脳の中で声が聞こえていたが、今回はこの天女風の女性が自身のリアルな肉声で話し掛けて呉れている事だった。
私は既に疑念を捨て去っていたが、これで過去2回聞いたサラフィーリアの声が幻聴では無かった事も証明された。
「わらわが、汝に力を授けるに当たって、汝が記憶の箱舟で得た記憶を、現在の脳裏に蘇らせる必要は有りません」
私は、そのサラフィーリアの言葉を聞いてホッとした。
私には、その記憶をリロードする方法が分からなかったからだ。
「汝は明日、幽体離脱の訓練を受けなさい。万事はリンドウが上手く執り行う故に」
「幽体離脱ですか?」
そう訊き返した私の声は、幽体離脱と言う言葉の響きに恐れを成している様に、サラフィーリアには聞こえた様だ。
「我が愛する娘、ユウカよ。 汝は何の心配をする必要は有りません。全ては予定されていた事なのですから」
「分かりました」
私は、そう答えるのが精一杯だった。




