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第1章 モリヤの笛 5

 私はベッドの照明を消そうとしたが、まだシャワーを浴びて居なかった事を思い出して、よろよろと立ち上がった。

 それから、八木沢にメールを打っていなかった事にも気が付いて、眼が覚めたら私に連絡をする旨の文章を入力した。

 入力しながら、アストラルのカウンターにひとり残してきた八木沢のことを考えて私はハッとなった。

 夜中に八木沢がお店で眼を覚まして、また同じ幻覚を見て錯乱してしまったら、アストラルのマスターに迷惑が掛かってしまうではないか?

 お客が未まだ飲んでいた場合は、彼らにも迷惑が及んでしまう。

 私は何と言う間抜けだったのか。

 ぶうぶうと鳴いてばかりいた為に、そしてマスターに心配を掛け無い為に今回の件は伝えないと心に決めていたせいで、肝心な事に気が回らなかった。


 八木沢はまだ泥酔しているかも知れないので、メールの送信ボタンを押すのは止めて、私はマスターのスマホに先に連絡を入れてみた。

 「やあ、由佳ちゃん、先刻さっきはお疲れ様」

 「マスターごめんなさいね。今日は色々とお願いしちゃって。今、お店?」

 「うん、お店を閉めてるところ」

 「八木ちんは?」

 「八木沢さん、もう起きてるよ。今は顔を洗いに行ってるんで、戻ったら由佳ちゃんに連絡するように伝えようか?」

 「ええ、お願いします。それとマスター、八木ちんさ、眼を覚ましてから何か変な事を言ってなかった?」

 「変な事?」  

 「あっ。いいの!別に何でもないの。じゃあ宜しくお願いします。」

 私はそう言ってからガラ携を切った。

 そして、八木沢がマスターに迷惑をかけていなかった事にホッと安堵している自分が分かった。


 暫くして、八木沢から連絡があった。

 酔い潰れた直後にしては、思ったよりしっかりとした声だった。

 私はまた竜巻が起こるかも知れないので、今夜は私と一緒にいた方が良い旨を八木沢に伝えた。

 ただ、今夜も竜巻の幻覚を見るかも知れないからだとは言わなかった。

 何しろ八木沢は、モリヤの笛事件は、その笛が起こした事件だと真剣に信じているからだ。

 そして、ホテルに泊まるのならそこに私が行くし、私のワンルームで良ければここで待っているとも伝えた。

 八木沢は、暫く考えてから私のワンルームに泊まる方を選んだ。

 流石の八木沢も、今夜ばかりは心細かった様だ。


 八木沢が私のワンルームに泊まるのは、何時以来だろう?

 私たちが別れてから2年位は経つので、それ以上の年月が経っている事に成る。

 勿論、今夜は男と女の関係に戻る事など有り得ないのだが、もうこのワンルームに八木沢が泊まる事は無いと思っていたから、一晩限りとは言え私は何となく嬉しかった。


 バスルームの湯船にお湯を張りながら、明日、八木沢を何処の病院に連れて行くべきか、ネットで検索してみた。

 この医院はここから近いし、評判も良いみたいだから、明日の朝に受診の予約を入れよう!

 私は八木沢の受診先を決めると、八木沢が若し幻覚を見て暴れた時の為に、バスローブの紐を何本か用意し、大声を出すことも考えられたのでガムテープも用意した。

 その様子を、事情を知らない人が見ていたら、私はきっと怪しげな女王様に見えただろう。


 八木沢が私のワンルームに来るのを待つ間、私は八木沢の幻覚について考えてみた。

 幻覚を見た上に、自分自身で部屋の中をあれだけ粉々にする訳だから、かなりの重症なのかも知れなかった。

 焦点が合わない濁った瞳孔どうこうで、自室の調度品や本類を破壊している八木沢を、私は想像したく無いと思った。

 幸か不幸か、私は幻覚を経験した事が無かったので、幻を見ている感覚や状態については全く想像が付かなかった。

 ナチュラルハイやアルコール幻覚症では、今回のような事には成らない気がしたので、仕事に疲れた八木沢がLSDかシロシビン、若しかすればケタミンのような、兎に角、強力な幻覚剤を何処かで手に入れて服用したに違いが無いと思った。


 やはり、明日は絶対病院に行かせて、治療を受けさせると同時に、常習者に成らないように私が監視してあげなければ成らないとも思った。

 「でも、よりにもよって幻覚剤を飲むなんて!どうして私のようにアルコール依存症で我慢出来なかったのかしら」

 私はひとり呟いた。

 まあ、本当はアルコール依存症も身体には悪いのだが。


 「それは幻覚じゃないよ。」

 どこかで声がした。

 「えっ?」

 「ごめんなさい、僕が空間を少し歪ませちゃったもので。」

 私は驚いて、思わず後ろの方に転んでしまった。

 転んだと言うより尻餅をついた恰好だ。

 運悪く、尻餅をついた場所にカムテープの束が有って、私のお尻は相当痛かった筈なのに、驚きで頭の中が一杯に成っていた私は、痛みを全く感じなかった。

 この、私のこれまでの人生で最大の驚きは、突然何処からか声がしたと言う聴覚が齎もたらした物よりは、ベッドの上に「モリヤの笛」を発見してしまった視覚から齎らされた物の方が遥かに大きかった。


 「うっ、嘘?」

 「菊池由佳さんですよね。僕、貴女を捜すのに結構苦労しちゃいました。」

 「モリヤの笛」は私にそう言った。

 「八木沢彦次さんが、貴女に通信して呉れたお蔭で、この場所を特定する事が出来ましたけど」

 「だっ、誰よ、あんた?」 

 「いや、驚きました。マニュアルでは、僕がファーストコンタクトする生命体がターゲットと言う事に成っていたもんですから。」 

 「生命体?ターゲット?」

 驚かされているのは私だけだと思っていたから、「モリヤの笛」も驚いたと言う事が分かって私は余計不安に成った。



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