第5章 テスト飛行 2
それから、マヤとハローズは、赤白のワインと特別純米酒を飲んだ。
ハローズは若いから食欲も旺盛で、だし巻き卵と豚の角煮を平らげた後、焼き鳥の6本セットと和風ハンバーグ、それに豚骨ラーメンまで食べた。
マヤは余程、だし巻き卵が気に入ったみたいで、他の料理はハローズの料理を一口、試食しただけだった。
「いや~、ユウカが食べてる物がこんなに旨いとは!ウチは明日から毎日、ここに通って来るからね」
来なくて良いっちゅーの!
マヤにそう言いそうに成ったが、アカシックレコードから戻るまでは、マヤを刺激しないと心に決めていた事を思い出して、私はグッとその言葉を飲み込んだ。
「ところで、ユウカ様。話は変わりますが、アカシックレコード行きが、明後日の朝10時に決まりましたよ」
「えっ?」
「自分が頑張りますので、ユウカ様は大船に乗った気持ちで・・・」
「何言ってんのよ、ハローズ!ウチがいなければ、アカシックレコードの場所も分からない癖に」
マヤからそう窘められて、ハローズは悄気てしまった。
そうか?愈々《いよいよ》、明後日の朝には、私はアカシックレコードに出発するのか。
一体、どうすれば私が偽者だと証明する事が出来るの?
若し私が、本物のユウカ様だったら、どうすれば良いの?
ええい、女は度胸!後は野と成れ糞と成れ!
「ハローズ大尉が操縦する調査専用空挺ライラック号は17番格納庫です。ユウカ様、参りましょう」
リンドウから誘われて、私はリンドウの後ろに付いて空母の船内を歩いた。
今回のアカシックレコード行きの概要については、昨日の夕方にリンドウとリルジーナから説明を受けたが、私が知らない用語が多過ぎて、兎に角、マヤとハローズに任せれば良い事だけは理解した。
格納庫には番号が振って有るらしいのだが、古代文明の粘土板で見たような図形が印されていて、私には全く判別が出来なかった。
ただライラック号は、カタパルトのミーティングルームの方向から見て、一番手前のゲートを入って右から17番目の格納庫に有った。
その格納庫には、ギリシャ文字のラムダに似た記号が印されていた。
幸い、今の私の頭脳はクリアに成っていて、そのクリアさが、絶対に有り得ないと思っていた私の記憶力を良くして呉れていた。
流石は、チャクラ覚醒の効果!
私って、意外にヤルんだね!
何と私は、格納庫の記号だけでは無く、ここに着くまでの順路まで完璧に記憶する事が出来ていたのだ。
ふっふっふっ、八木ちん、これからは私の事を、馬鹿だの阿呆だの間抜けだのとは言わせないわよ!
格納庫の前に立つと、ここのセキュリティシステムがリンドウの瞳を認識してゲートを開いた。
ゲートから入って直ぐ右の部屋がパイロットの控え室で、突き当たりの部屋が小さな作戦室に成っていて、ハローズ大尉はそこで私達を待っていた。
作戦室のドアが開いて、中からハローズ大尉が笑顔で、私達を出迎えて呉れた。
「ユウカ様、ようこそライラック号へ!そして一昨日は大変ご馳走に成りました」
それを聞いたリンドウが少しばかり不愉快そうな表情に成った様な気がした。
そう言えば、これだけお世話に成ったリンドウに、私は食事のひとつも誘っていないのだ。
「マヤが出発前に、どうしても3人で親睦を深めたいって言うから。あっ、そうだ!近い内にリンドウも私の部屋に招待するね」
「3人で親睦会を?それは良い事をされましたね、ユウカ様」
リンドウは、何時もの天使の笑顔を私に向けた。
抑々《そもそも》、リンドウは端から不愉快なんか感じていなかったに違いない。
そうだよね!そんな了見が狭い精霊なんている訳が無いもんね。
しまった!リンドウを自室に招いてしまった。
了見が狭いのは、私だけだった。
一昨日は、雰囲気を出す為に部屋の照明をかなり落としていたから私は気が付かなかったのだが、ここの明るい場所で見たら、ハローズは皮膚の色がやや青みがかっていて、瞳は薄いオレンジ色だった。
そして両耳が少し尖った形をしていて、その形状は僅かにリルジーナを彷彿とさせた。
「やあ、お待たせ!ウチは今朝6時に起きで、メカニック達の尻を引っ叩いて、ライラックの機器を完璧に調整したんだからね。感謝しなさい!」
「はは~!マヤ様、感激の至れり尽くせりです」
ハローズは大袈裟にマヤに頭を下げたが、ハローズ、その日本語、少し変じゃね?それともジョークの積り?
「さあ、それではユウカ様、出発しましょう。聞かれているとは思いますが、今日はテスト飛行ですから、リラックスされて構いませんので」
「じゃあ皆さん、頑張って来て下さい。朗報をお待ちしていますよ。それでは僕はここで」
そう言うと、リンドウはこの場を立ち去った。
何だ?リンドウったら!幾らテスト飛行だとは言え、私が初めて大宇宙に飛び立つ雄姿を見送っては呉れないの?
まあ、リンドウは何かと忙しいから、仕方が無いか。
私は少しばかり残念な気持ちで、ライラック号への搭乗を待った。
17番ハンガー、プレパレーションオールグリーン、カタパルトオールレディ、搭乗員はライラックに搭乗せよ!
そのアナウンスで、私とマヤ、それからハローズはライラック号に乗り込んだ。
私が後部座席に座って「金属製のハーネス」を装着すると、ライラックはそれまでの水平姿勢から垂直姿勢に転じて、やがて17番のカタパルトゲートが開いた。
「ライラック号、発進!」
「ひやっほ~」
ハローズの号令に、マヤが歓声を上げた。
女は糞度胸!と言う言葉を、私は念仏の様に何度も唱えた。




