第4章 不思議な訓練 7
翌朝、午前11時に私がトレーニングルームに到着すると、リンドウは既に部屋の中で待機していた。
「お疲れ様です。コクーンがマッサージの新しい技を開発すると言って、寡黙に成っているので、僕の方から本日のトレーニングの概要を説明しますね」
ほう、マビちゃんはマッサージの匠に成る道を志したのか?
研究熱心なのは、感心、感心!
私はマイノビアへの調教が、順調に滑り出している事を確信した。
「本日のトレーニングの目的は、ユウカ様の身体で現状で在るべきパフォーマンスから、下回っている部分の修復です」
「修復って?」
「例えば、アルコールの摂取過多で胃の粘膜が損傷している場合とかです」
ぎくっ!
昨日、マビちゃんは、私の「生体としての身体的現状解析」行った筈だから、まさかリンドウはその結果を知った上で言ってるの?
まあ、この空母の超ハイテク技術でそれを修復して呉れるのなら、それは決して悪い話では無い。
「概要は分かったわ。早速、始めて頂戴!」
「それでは先ず、こちらで昨日とは異なる光線を浴びて下さい。これらの光線は、ユウカ様のトレーニングをフェイズ2に移行する為に必要な物です。こちらにお座り下さい」
一日も早く、私がユウカの偽者で有る事を彼らに認識して欲しいので、私は素直にリンドウの言葉に従った。
「光線照射の方は終わりました。さあ、コクーンがユウカ様を待ち侘びています。僕はユウカ様のトレーニングが終わたらお部屋の方に冷たい飲み物をお持ちしますね」
「うん、宜しく」
リンドウがトレーニングルームから退室した事を確認すると、私は速攻でコクーンに横たわった。
「よっ、マビちゃん。今日も宜しくね」
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
「マビちゃんさぁ、マッサージの新しい技を編み出したんだって?」
「恥ずかしながら、3つ程・・・」
「3つも?おお、それは楽しみ」
「是非、ユウカ様のご感想をお聞かせ下さい」
「勿論よ!だけど、匠への道は険しいの。だから私の感想も辛口に成るわよ」
「それは覚悟しております」
ふふふ、覚悟を決めるUIが存在するって、何だか素敵だね。
「ですがその前に、リンドウ様から指示を受けているルーチン業務を熟なしませんと・・・」
「私の身体の悪い箇所を治療して呉れるんだよね。それって地球人に取っては超ラッキーな事なの」
「そうなんですか?知りませんでした。え~っと、昨日は美容整体に関わる身体解析でしたが、今日は臓器や筋肉、骨格、血液、体液、リンパ等を解析致します」
そうやって、いちいち言葉にされると、何だか丸裸にされて隅々まで見られてしまう様な気分に成るけど、相手はUIだし、気にする事も無いか?
身体解析は、コクーンの上蓋からスキャナーみたいな物が足先から頭部まで通過する、昨日と同じやり方だった。
只、解析する部位が異なるのだろう。
「解析結果が出ました」
相変わらず、UIの仕事は早い!
「ユウカ様の身体は概ね健康だと言えます。但し・・・」
「但し?」
「長年に亘る運動不足の結果・・・」
ぎくっ!
「心肺機能の低下と筋肉量の減少、反射神経と平衡感覚の鈍化が認められます。それからこちらはごく僅かですが、一部の骨格に委縮が認められます」
まあ、この6年間、通勤とショッピングでしか体を動かしていないから、その結果は当然だよね。
私はその結果に、納得せざるを得なかった。
「次に・・・」
「次に?」
「こちらも長年の飲酒習慣が原因で、胃の粘膜に損傷が認められる事と、肝臓の表面に軽い炎症が数か所有ります。それからごく初期ですが脂肪肝の状態です」
やはり、そこを突いて来たか?
「わ、分かった。それをマビちゃんが治してくれるんだよね?」
「ええ、それは自分の得意分野のひとつですから」
「そうなんだ。マビちゃんって本当に頼もしいんだね!宜しくお願いします」
「恐れ入ります」
大事に至ってはいないとは言え、薄々、気には成っていた身体の箇所を、一気に治して呉れるマビちゃんに、高度なマッサージまで要求しても《ばち》罰は当たらないのだろうか?
マビちゃんは、マッサージに意欲を持っているみたいだから罰は当たらないよね?良し、ここはひとつ成り行きに任せよう!
やがて、キラキラと光る細かなパウダー状の物質が、霧雨のように私に降り注がれた。
昨日のミストとは異なる施術みたいだ。
そのパウダーは、次々と私の身体に降って来たが、粉雪のように降り積もる事は決して無く、私の身体の奥深くに染み込んでいるみたいだった。
「ユウカ様からは37兆1003億5292万7386個の細胞が検出されいますので、その細胞全てにこのヒーリングパウダースノウが浸透させます」
この雪みたいな物質はヒーリングパウダースノウと言うのか?
「それの浸透が完了すれば、ユウカ様は現状の在るべき身体パフォーマンスに復帰する事が出来ます」
私はそんなに沢山の細胞を持っていたのか?
その細胞ひとつを1円で売るとしたら、37兆1000億円か?
だけど全部売っちゃったら、私は細胞が無く成ってしまうわね。
その時は、マビちゃんに全細胞の再生を命じて・・・でも、誰が買って呉れるのよ?
私は浅はかな事を考えた自分を大いに恥ずかしく思った。
実は、胃の粘膜に損傷とか、肝臓表面の炎症とか言っていたので、簡易な手術でもするのかと思って、それには臆さない心づもりを私は決めていたのだが、パウダーの浸透と言う全く苦痛を伴わない方法で健康体を手に入れる事が出来そうだったから、つい気分が弾けてしまったのだった。
「ヒーリングパウダースノウの効果が定着するのに45分16秒が必要ですので、その間は、自分がマッサージを致したく存じます」
「お、おお!」
「ユウカ様、自分はあれからエンサイクロペディアジャポニカを隅々まで調べ上げまして、マッサージには叩き技を揉み技が有る事を突き止めました」
「成程ね。でもまあそれは、突き止める程の事では無いいけどね・・・それで?」
「更に、ツボと呼ばれる概念も突き止めまして、全身で361か所有るそうで、その全ての位置を既にインプットが済んでおります」
「ほうほう?」
「自分には未だ揉むと言う概念が理解出来ていないので、今日は発案した3つの内の叩き技を試したく存じます」
叩き技を試すのは良いけど、痛いのは嫌だからね。
リンドウにみたいに、地球人の力加減が分かりませんでしたと言うオチだけはお断りよ!
「そこで、コクーン内に浮力を与える事でユウカ様が寝たまま宙に浮いて戴いて、インフィニットメンブレーンで全身をお包みします」
「まさか、その膜で一斉に?」
「ええ、同時にその361か所のツボを、メンブレーンに叩かせます」
「それは凄そう!!!兎に角、先ずは力加減を最小からスタートさせてね」
「了解です」
果たして、私の身体はコクーンの中で宙に浮いて、361ツボの同時叩きが始まった。
「わお、無茶苦茶気持ちが良いじゃん!マビちゃん、もっと強くして!」
「かしこまりました」
「もっと強く!もっともっと!!!」




