第4章 不思議な訓練 1
ディナーを共に摂りながら、私はリルジーナ達から様々な話を聞いた。
中でも面白かったのはリルジーナの失敗談だった。
物質界即ちこの輪廻転生世界は、上位次元に成る程、物質密度が希薄なのだそうで、リルジーナの故郷の上位五次元では壁は擦り抜けて通る事に決まっていたので、この艦に降臨した直後につい何時もの習慣で壁を擦り抜け様として、したたか額を壁に打ち付けたとの事だった。
私からは完璧な存在に思えるリルジーナの失敗談だけに、個人的に大いにウケたのだが、どんな風に笑ったら良いのかが分からずに、
「ホホホ、リルジーナ様にもそんな事が・・・」
と無難な笑い方をした。
恐らくリルジーナは、私の気分を和らげようとして自分の失敗談を話した筈だから、もっと大声で笑っても問題は無かったのかも知れないが、どうしてか私はリルジーナの前では持ち前の下品さを発揮する事に自動的にストッパーが掛かるのだ。
私はそれから、リンドウからは摩訶不思議な話も聞けた。
この輪廻転生世界は、気付きや学びを通じて自らの霊性レベルを高めようする生命体達が集まる「学校に似たヴァーチャルな施設」なのだそうだ。
そのヴァーチャル性が発揮されているが故に、この輪廻転生世界は限りない多様性と混沌に満ちているとの説明だった。
リンドウ曰く、だから学校と言う輪廻転生世界の外に「実社会」が存在していて、そここそが宇宙の本体で有る「真なる大宇宙」と呼ばれている場所だと言う主張だった。
更に私が驚いたのは、この宇宙の全生命体が、その「真なる大宇宙」で誕生したと言う事だ。
そして更に驚いたのは、「真なる大宇宙」に於ける生命体は、7種族しか存在しないと言う言葉だった。
女神、精霊、天使、仙人、妖精、動物、植物の7種族なのだそうだ。
それは「真なる大宇宙」のひとつのオクターブに於ける7音階に、それぞれ対応してるらしい。
この大宇宙に神は居ないのか?
その前に、抑々《そもそも》、リンドウが所属している精霊と天使って何が違うの?
そして鉱物は、「真なる大宇宙」が未だ二次元宇宙だった遥かな大昔に、生命界に於ける最上位に位置した生命体だとの説明も受けた。
「真なる大宇宙」にはシャープやフラットと言う半音と言う概念は無いのだが、私達が転生している「輪廻転生世界」は「真なる大宇宙」を半音だけフラット化させた宇宙的基盤の上に構築されているらしい。
こんな話を、若し自宅に近い居酒屋で近所のオジさんから聞いたら、完全なヨタ話だと笑い飛ばした筈だが、リンドウの話にリルジーナもいちいち頷いていたから、私はその話を全く無視する訳にも行かなかった。
しかしその手の話は、それが真実で有れヨタ話で有れ、私の日常生活には関係が無い話だった。
そうは言っても、リンドウの話が本当だったら、私はどう言う存在として生を受けたのだろうか?
私はきっと動物として生を受けた筈だから、人間?それとも他の哺乳類?爬虫類や両生類、魚類では無い自信が有ったが、じゃあ昆虫は?
実は、私の実家は群馬の東吾妻町に程近い場所に有って、日本名水百選にも名を連ねている「箱島湧水」を源泉とする鳴沢川が街中を流れている。
そして6月中旬から7月中旬頃に成ると、源氏ボタルや平家ボタルがその美しい輝きを私に見せて呉れる。
それを見る度に何の悩みも無く、そのひと夏だけに命の限りを尽くして、力一杯輝き続けるホタル達の生き様が潔く思えて、来世はホタルに生まれるのも悪く無いと思ったりしたから、私は案外、ホタルとしてこの宇宙に生を受けたのかも知れなかった。
「リンドウ、このお話はこれ位に致しましょう。ユウカ様には明日からトレーニングを行って戴きますから、今夜は自室でゆっくりお休みに成って下さいませ」
私はやはり、明日からこの艦内でトレーニングを受けなければ成らないらしい。
だがそれは、私が人違いで有る事を証明する為には、どうしても避けては通れないプロセスだった。
「ユウカ様、大丈夫ですよ。トレーニングと言っても別に腕立て伏せとか肉体強化をして戴く訳では有りませんから・・・」
私はきっと、相当不安げな顔付きをしていたのだろう。
リンドウはそう言って、私を安心させて呉れた。
私は高校2年生の時まではテニス部に所属していたから、当時は体力には多少自信が有ったのだが、それから約10年間、身体を鍛えた事など全く無かったから、正直、リンドウの言葉を聞いて安堵感を覚えた。
「それから明日以降、ユウカ様にはトレーニングに集中して戴く為に、窓口を一本化させて戴きますね。リンドウをユウカ様の専任トレーナーに任命します。
それは別に構わないと言うか、マヤからあれこれ口を挟まれないで済むし、私に取ってはむしろ有り難い措置だった。
「分かりました、私も一刻も早く皆さんが人違いに気が付かれて、私を地球に送り戻して戴きたいので、訓練には進んで協力します」
「まあ、ユウカ様ったら未だその様な事を?ユウカ様はこれから間違い無くご自身の来歴の一部を思い出されます。昨日も申しましたが、その為のトレーニングですから」
リルジーナはそう言うと、私に微笑み掛けた。
リルジーナにそこまで言われたら、今の段階で敢えて反論する必要性は私には全く無かった。
「それではユウカ様、今夜はゆっくりお寛ぎ下さい。明日の朝は10時に僕がお迎えに上がって、トレーニングルームにご案内致しますので、ユウカ様はそれまでに朝食を済ませて置いて下さい」
「分かったわ、リンドウ。お二人共、これからも良しなにお取り計らい下さいね」
私はリルジーナとリンドウに一礼してから、ミーティングルームを後にした。
私が自室の入り口まで戻ると、作業服を着た二人の男性が私を待っていた。
「ユウカ様、我々は施設管理室のメカニック要員です。リンドウ様からユウカ様のお部屋のサーバーにボタンを増設する様に命令を受けて参りました」
リンドウは私との約束を覚えていて、ウィスキーと日本酒、そして焼酎がサーブされるボタンを設置して呉れるんだわ。
流石は配慮のリンドウ!
私の部屋に入って来たメカニック要員は手際良く仕事をこなして、10分足らずで作業を終えた。
「左側のボタンから、順次、ウィスキー、日本酒、そして焼酎に成っております。それからこちらの料理ゾーンの二つのボタンは、チーズ竹輪とカニの風味の蒲鉾でございます」
「えっ?それってチーチクとカニカマ?」
「私共に聞かれましても・・・」
「だよね、分かった!取り敢えず新しいボタンをテストして見るね」
私はウィスキー、日本酒、そして焼酎のボタンを押してみた。
シューターに、ワンカップ酒の容器に入った三種類の酒がデリバリーされた。
続いて私は、チーチクとカニカマのボタンを押した。
それぞれ白磁を思わせる皿の上に、一口サイズにカットされたチーチクとカニカマが間違いなくシューターに届けられた。
そう言えば、八木沢のマンションにお酒をを差し入れする時、おでんと一緒にコンビニでチーチクとカニカマは必ず買って行っていた。
リンドウはその時のデータを復元して、私の為に、チーチクとカニカマをわざわざ用意して呉れたのだ。
「リンドウ、愛い奴め!」
「ユウカ様、愛い奴とは?」
「あっ、何でも無いの!こっちの事だから気にしないで!今日はお二人共、ご苦労様でした。もう持ち場に戻って下さい」
「そうですか?かしこまりました。また私共にご用が有られたら、リンドウ様経由でご用命下さい!」
「ええ、その時は又お願いするわね」
そう言いながら、私は二人を見送った。




