第3章 空母にて 12
「ユウカ様、お召し物は三時間後には全てが仕上がりますから、わたくめがお部屋の方まで持参致します」
「えっ?そんなに早く仕上がるの?」
「全ての分子は揃っていますから、物資制作室の方で既に分子構築が始まっています」
今朝、リンドウは私が食べ残した物は全て分子に分解されると言っていたが、この艦では新たな物質は全て分子を再構築する事で生成するのだろうか?
「それから、ユウカ様がご希望の下着の上下ペアは5組でしたね。後はソックスが5組、パジャマが3着で宜しいでしょうか?」
「それでお願いね!」
「御意!それではわたくしめの方で色目や素材、デザインを見繕いますので、若しお気に召さなければご連絡を下さい」
「ええ、先ずはそれを試してみるわ」
私は昨夜、浴室のワードローブで手に入れたオールインワンの夜着は、慣れれば便利なアイテムなのかも知れなかったが、やはり馴染めないので何はともあれ、私は着慣れている上下の下着をオーダーしたのだった。
「それから、ご自身の練習用にメイクアップ用品とその他諸々のグッズが詰まっているレディ-スセットも一緒にお持ちしますね」
「それって何かと私の役に立ちそうだわ。細かい事まで気を配って呉れて本当に有り難う。これからも宜しくね、ミヤビさん」
「光栄です!わたくしめもこれからも全力でユウカ様をお支えする事をお誓い申し上げます!」
どう考えて見ても、ミヤビに感情が無いとは私にはとても信られなかった。
私はミヤビの両手を力強く握り締めた。
ミヤビの方もそれなりに強く私の両手を握り返して、私はミヤビに手を振りながら自室への帰路に就いた。
「まあ、ユウカ様、とても素敵なおぐしとお召し物でございます!」
私の容姿を見たリルジーナは、感動した様子で自席から立ち上がった。
私は自室に戻ると、軽めの昼食を摂った後、残っていたリンドウの秘蔵のお酒をチビチビと飲みながら、ミヤビが私の衣装を持って来るのを待った。
届けられた衣装を見て、ヴァーチャル・リフレクターで見た時よりも圧倒的に高級感と上品な光沢に満たされている事に私は満足した。
私はもう着ないで有ろうオールインワンの夜着を処分して貰うべく、ミヤビに手渡そうとしたが、
「ユウカ様、この艦の浴室は全て全自動なので、オールインワンを着て行かれないと何かと不都合が起きてしまいます。これがお気に召さない場合は新しい物を取られて、この夜着をそのハンガーに掛ければ自動的に分子に分解されて処分されますので」
「そうだったの?」
何事も話は聞いては見る物だ。
私は納得して、ミヤビと別れた。
それから私は届けられた全ての衣装を着て見たが、ジャストサイズで有る事は言うまでも無く、この上も無く優しくて軽くて、そして柔らかな着心地だった。
やがて、リンドウからミーティングルームに来て欲しい旨の連絡が私の簡易スマホに入って、夕食用のブルーのフォーマルなワンピースに私は着替えてから、ここにやって来たのだった。
「ユウカ様、見違えましたよ!とても綺麗でチャーミングに成られましたね」
リンドウも私の容姿を賞賛した。
ヒッ、ヒッ、ヒッ!
リンドウ、私の事が好きなら好きとハッキリ言いな!お互い子供じゃ無いんだ!
私は心の中でそう叫んだが、リンドウはそれだけ言うとそそくさと皆の配膳を始めた。
天使属性って、雰囲気の余韻を楽しむ様な習慣が無いのかな?
私はリンドウに梯子を外されたような気分に成って、むっつりと自席に座った。
「ユウカ様には今朝、ご要望が有ったベルファール星産のルビナスエスカルゴのジェスタソースソテー三次元風をご用意しております。三次元風と言うのが僕には理解が難しかったのですが・・・」
「ああ、それは有難うね、リンドウ」
私は気を取り直して、リンドウにお礼を言った。
リンドウに取っては、私の容姿の変化より、自身が作った料理の出来栄えの方が気に成っていたのだ。
やがて私の鼻腔に、今朝感じたあの香しくて、食欲を弥が上にも唆る甘美な香りが流れて来た。
「ユウカ様、お飲み物は如何致しましょう?」
リンドウが私に、飲み物のオーダーを尋ねたので、私は私の容姿を軽視した腹癒せで、此処ぞとばかりにリンドウに嫌味を言った。
「ねえ、リンドウ、私の部屋には確かに生ビールは備えられているけど、他の種類のアルコールは無いのよね。最低でもウィスキーに紅白のワイン、それから日本酒と焼酎だけでも完備して欲しい物だわ」
「こ、これは僕の配慮が至りませんで!ウィスキーはレスランバーで八木沢氏が飲んでいた物ですよね?そして焼酎はユウカ様が飲まれていた物ですね?大丈夫です。それらのデータはモリヤの笛経由で既に入手していますから、直ぐにご用意が出来ます。ですが日本酒とは?」
「リンドウさぁ、君はおでんの事を完璧に理解しているよね!私が八木ちんの部屋でおでんを食べる時、透明のコップに入ったお酒を飲んでいなかったっけ?」
「あ、ああ!思い出しました。あれが日本酒だったのですか?だったらそれも大丈夫です。データが何処かに残っている筈ですから・・・」
リンドウはアタフタとしながらも、私の方を上目遣いで見詰めた。
リンドウから見詰めらたら、私は彼への攻撃を中止せざるを得なかった。
「リンドウ、一寸、言って見ただけよ!気にしないでね。さあ、それよりもリンドウが腕を奮って呉れた料理を戴く事にするわ」
私は努めて、優しい笑顔をリンドウに返した。
「かしこまりました。このお詫びにもう一本だけ残っている、僕の秘蔵のお酒をユウカ様の為にお持ちしますね」
そう言うと、リンドウはこのミーティングルームから出て行った。
私がリルジーナの方を見遣ると、私達の会話の遣り取りを心配しているかと思いきや、優しい微笑で私の方を見ていた。
リルジーナは先程の会話の遣り取りが、私達の一種の愛情表現だと気が付いていそうな微笑だった。
リルジーナは上位五次元の存在だから、テレパシーも熟練の域に達している筈だから、私の心の中が読まれてしまったのかの思って、思わず私は頬を赤らめた。
だがこれまで、リンドウとマヤに私の心の中を読まれた気配は全く感じなかった。
「あのう、リルジーナ様、皆さんは通常、テレパシーで会話をされるそうですが、若しかしたら私の心の中とかも読めるのですか?」
リルジーナだったら決して嘘は付かない筈だったから、私は思い切って尋ねてみた。
「いいえ、それは元々の次元での事です。幾らテレパシー能力を持っていても、次元や位相が異なればテレパシーでの意思疎通は出来ません。ユウカ様の様な女神宗家の血筋をお持ちの方とか一部の特殊な存在を除いては」
「私が女神宗家の血筋を持ってる?」
「その件を直ぐにご理解戴くには、今は少々無理が有りますので、この艦でこれから少しづつそのご自覚を高めて参りましょう!何れにしても。わたくし達三人は既に三次元に降臨して三次元の肉体を有していますので、テレパシーなど使えないのです。先程は三次元の女としてのわたくしの感性の様な物が、ユウカ様とリンドウの関係性を微笑ましく感じたもので・・・」
「そうでしたか?」
私が女神宗家の血筋だと言われて、正直、驚いたが、彼らの期待レベルが高い程、私が偽物で有る事に早く気付いて呉れる筈だから、その情報は私に取って決して悪い情報では無かった。
「ユウカ様!秘蔵のお酒をお持ちしましたよ!さあ、料理が冷める前に皆で戴きましょう!」
マヤはクルー用のキャンティーンの方が、提供される料理の種類が圧倒的に多いので、夕食にはいつも同席しないらしく、それから私達は笑顔で満たされた大人だけの楽しいディナーの時間を満喫した。




