第3章 空母にて 9
リンドウが私を案内して呉れたブティックの様な施設は居住区を抜けて、この艦のクルー達の胃袋を満たしている筈の巨大なフードコートの更に奥に有った。
「ユウカ様の衣装や小物は、担当のミヤビ嬢とご相談下さい。彼女はアンドロイドですが、最新式のCIが搭載されていますから」
「アンドロイド?CI?」
リンドウの言葉に私は思わず聞き返した。
「ああ、アンドロイドは平たく言えば限りなく人間に近い姿をしたロボットです。只、アンドロイドが単なる人型ロボットと異なる点は、人間の頭脳に相当するブレイン・プラットフォームにCIが内臓されている点です。そしてCI、即ちコズミック・インテリジェンスは、そうですね、ユウカ様の世界で言えば超進化したAIと言う事に成るでしょうか?」
「成る程・・・」
私は何となくだが、アンドロイドについて理解した。
「それとアンドロイドは感情を持っていません。CIが感情を産み出してしまう事を大銀河憲章の倫理規定細則が禁じているからです。ですが僕もここに降臨したばかりの頃は驚きましたよ。何しろアンドロイド達はまるで感情を持っている様に振る舞うので。僕の故郷の下位五次元にはアンドロイドなんか存在しませんでしたからね」
「そうなんだ・・・?」
私は「大銀河憲章」の事が気に掛かったが、近い将来、私が人違いだと彼らが知れば私は地球に戻される定めだから、宇宙の事をあれこれ知ったところで意味が無い。
これからはこの艦で生活する上で必要な事を中心に質問しようと私は決めた。
「さあ、ユウカ様、中に入りましょう。この施設は担当の名前に因んでミヤビルームと呼ばれています。この艦の女性クルー御用達の施設です」
私はリンドウに手招きされて施設の中に入った。
外観はブティックを思わせたが、施設の内部は私が思っていたよりも可成り広めだった。
「こちらがユウカ様を担当するミヤビ嬢です」
リンドウは私にミヤビを紹介した。
「初めまして、ユウカ様!わたくしめは、おおぐま座WX星域、惑星セントアルベルのキャンプズィーで製造されました、型式PP23、型番RXS2309021、ここではミヤビと呼ばれているアンドロイドです。どうかお見知り置きを!」
ミヤビはそう言うと、まるで子供の頃テレビで観た、宮廷映画のワンシーンみたいに膝を折って私に低頭した。
「まあまあ、ミヤビさん!そこまで正確な自己紹介をしなくても大丈夫です。それに第一、ユウカ様はとても優しくて気さくな方なんですよ。マヤなんか初対面の時からタメ口を利いている位ですから・・・」
リンドウはそう言うと、ミヤビの両手を取って彼女を立ち上がらせた。
リンドウは誰に対しても優しいね。
「そうですの?それをお伺いして少しばかり気持ちが楽に成りました」
ミヤビはホッと胸を撫で下ろす仕草をした。
確かにリンドウが言った通り、私もミヤビが感情を持ってないとは俄かには信じ難かった。
「ミヤビさんはとても綺麗な日本語を話されますね」
私は決してお世辞では無く、ここまで綺麗な日本語を発音する女性にこれまで会った事が無かったので素直な感想を述べた。
「いえいえ、わたくしはアンドロイドなので、生体の方々と違ってチップなどは埋められずに、直接、わたくしのプラットフォームにソフトウェアがダウンロードされています。それが結果として、ユウカ様がお聞きに成られても綺麗な日本語の様に感じられたのでしょう。生体の方々は、チップとご自身固有の振動や波形、その他のバイオ的な要素との有機的な反応が生じますから、アンドロイドの様な日本語には成り難くいのです」
「う~ん・・・」
この艦には、全てにいちいち奥深い理由や原理が有る事に、私は今更の様に気が付いた。
私は地球と言うド田舎からやって訳だから、都会の仕組みが理解出来なくても仕方が無いか。
「僕はこれから所用が有りますので、後はミヤビさんにお願いしますね」
「リンドウ様、かしこまりました」
「それから、ユウカ様はこれをお持ち下さい」
リンドウは私にスマホみたいな物を手渡した。
「これは?」
「地球のスマートフォンを模して僕が作った簡易な通信装置です。故に機能の方は、特定の人物との会話、時刻の表示、緊急時照明、艦内地図の閲覧、地図上に於ける自身の位置情報の表示に限定されています」
「あ、ああ。それでも無いよりは随分マシだわ。特に艦内地図に位置情報が表示されるのは方向音痴の私に取っては福音よ。リンドウ、有難う!」
これさえ有れば、マヤから急かされる事も無く、あの至福の浴室まで独りで辿り着けるわ。
今夜は、思い切り長風呂する事を私は決意した。
「ユウカ様、実用面では大きな問題では無いのですが、この艦には生理的に電磁波に弱い種族のクルーも乗船しているので、この装置は地球のスマートフォンとは違って、空気内に振動を起こす事で情報伝達を行いますので、反応がやや鈍いので焦らない様にして下さい」
「大丈夫よ、リンドウ。私はマヤ程せっかちじゃないから」
「ははは、確かに!」
りんどうは私の言葉に爽やかな笑顔を見せた。
「え~と、後は、この背面を手前にスライドさせるとテンキーが出て来ます。1番がリルジーナ様、2番が僕、3番がマヤです。それからユウカ様はミヤビルームに、再度、お見えに成る機会が有るでしょうから、4番にミヤビ嬢を登録して置きました。送信はこの緑のボタン、受信はこちらの青いボタン、青いボタンをもう一度押すと通話が切れます」
「分かったわ。私は普段、ガラ携を使っている位だから、機能はシンプルで且つ有益な物だけで十分よ!」
「それでは、ここでの用事が終わられましたら、ユウカ様は僕にご連絡を下さい。次の施設にご案内しますので」
「了解!」
次の施設って、待ちに待った「美容生体コクーン」に違いない。
ところで「コクーン」って一体、何なのよ?
「でわでわ、後程」
そう言いながらリンドウはミヤビルームの出口に向かった。
その後を、ミヤビが見送りの為に付き従った。
「あのう、リンドウ様、付かぬ事をお尋ねしますが、ガラ携って一体何なんですか?」
「僕のチップには記載が無かったから、君のソフトにも記載が無いだろうね。ガラ携って言うのは、正式名をガラパゴス携帯と言って、どうやら太古の通信装置みたいなんだ」
「太古の装置ですか?若しかしたら伝説のモリヤシリーズみたいな?」
「どうだろう?それは良く分からないんだ。僕も現物を見た事が無いし。僕がマークしていた人物はスマホ、即ちスマートフォンを使っていたからね。僕が竜巻を起こした後に、モニターをモリヤの笛から彼の眼球に移してからも、街行く人やレストランバーの客達も皆、スマホを使っていたから」
「やはり、伝説のと言う言葉が付く位の、太古の貴重な装置なのでしょうか?」
「う~ん、モリヤの笛の第一発見者はユウカ様だし。だけどテンキーや各種ボタンについては直ぐに理解していたから、多分、オーパーツの類では無いと思うよ」
リンドウはそうミヤビに告げると、ミヤビルームから立ち去った。
悪いけど、群馬の田舎で育った私は、視力は2.5だし、且つ究極の地獄耳だから、小声で話しても聞こえてるっつーの!
文明ギャップを埋めるべく悪戦苦闘しているのは私だけだと思っていたが、彼らの方もそれに学習意欲を持っている事を私は初めて知った。




