第3章 空母にて 8
「お早うございます。ユウカ様」
ミーティングルームには、リルジーナだけが笑顔で待機していた。
「昨夜はゆっくり眠れましたか?」
「ええ、何とか」
私もリルジーナに笑顔を返したが、直ぐに少し引き攣った表情を演じた。
元来、熟睡は私の特技だから昨夜も廃人のように深く眠ったのだが、この艦に来るまでの経緯を考えると、ぐっすり眠ったと言えば私が余りに能天気な女に思われそうな気がしたからだ。
八木沢からは、「お前、良くその姿勢で熟睡出来るよな!悩みが全く無いからだとは思うが俺は正直お前が羨ましいよ」と言われていた。
「さあ、ご一緒に朝食を摂りましょう。リンドウ、配膳をお願いしますね。ユウカ様、暫くするとマヤも参ります。只、あの子はいつも忙しくて慌ただしいので・・・」
昨夜、私の前に現れたマヤを思い出して「然もありなん」と私は思った。
やがてリンドウがワゴンに私達の朝食を乗せて運んで来た。
「お待たせしました。僕たちの料理は昨日艦長からお裾分けで頂戴した、ベルファール星産のルビナスエスカルゴをジェスタソースでソテーした四次元風でございます。ユウカ様にはスクランブルエッグとジューシーソーセージをご用意しました」
「四次元風」と言う言葉が多少気に成ったが、何であんた達は本格的なレストランのメニューに有りそうな料理で、私はスクランブルエッグとソーセージと言うアメリカンブレックファーストなのよ!
私は思わずリンドウに文句を言いそうに成ったが、流石にそれは淑女の礼儀に反すると思って、何とか不満を腹の中に収めた。
ルビナスエスカルゴの形状は、私が知っているエスカルゴの5倍位の大きさで、ジェスタソースと呼ばれる物がどの様なソースなのかは不明だったが、その料理はとても私の食欲をそそる香ばしい香りに仕上がっていた。
「マヤが来るのは何時に成るか分かりませんので、さあ、料理が熱い内に戴きましょう!」
リルジーナはそう言うと、器用にナイフとフォークでエスカルゴを切り分けると、その愛くるしいやや小さめの口の中にそれを運んだ。
ふ~ん、五次元から来た人達も、食事ではナイフとフォークを使うんだ!
ナイフとフォークは地球人だけでは無く、全宇宙で共通のカトラリーだったのか?
「オハッピョンピ~!」
その時、この部屋のドアが荒々しく開いて、全力で羽ばたくマヤが入って来た。
「おっ?ユウカも来ていたんだ!」
「マヤ、わたくしはユウカ様とお呼びする様に申し付けた筈ですが!」
リルジーナはマヤを嗜めた。
「ぶっぶ~!ウチの舌は様と言う言葉は発音出来ない構造に成ってるの!それにこの件は既にユウカとは合意済みなの!」
マヤはまた見事に「様」と言う言葉を発音した。
それからマヤは、5~6歳位の子供が座りそうな自分の椅子に腰掛けた。
「ユウカ様、そうなのですか?」
「ええ、まあ」
確かに昨夜、マヤとはその件で合意したので、私は頷かざるを得なかった。
「それからさぁ、ついでと言う訳じゃないけど、リルジーナのジと言う言葉もウチに取っては死にそうな位、難しい発音なの!だからこれからはリルジーナの事をリルと呼ぶからね。そこんとこヨロシク~!」
そう言うと、マヤは剣士が刀を背中に袈裟懸けに携えているが如く、背中からマイ箸を取り出すと自分の席の前に並べて有った料理を食べようとした。
「コラァ~、リンドウ!ウチはでんでん虫は嫌いだから絶対食べないって言って無かたっけ?」
マヤは急に機嫌が悪く成り、プンプンモードに入ったらしく世話しなく羽根をバタつかせた。
マヤがかたつむりの事をでんでん虫だと知っていた事は、私には少しばかり驚きだった。
ジャポニカ言語と言うチップは、それなりに高い品質を持っているのかも知れなかった。
それにしても、マヤの食卓に供されていた料理は、彼女が食べ易い様に既に細かく刻まれたエスカルゴだったのに、良くそれに気付いたね。
匂いで分かったのかな?
確かにマヤは、私の眼からも嗅覚だけは鋭そうな生物に見えた。
「ええ、ええ、マヤ。その事は知っていましたとも!でもこれはあの誰もが絶賛して止まないベルファール星産のルビナスエスカルゴで、その辺のでんでん虫とは異なりますよ」
「同じじゃ!プンプンプン・・・おっ?」
その時、私は偶然にマヤと眼が合ってしまった。
「ユウカの前に有る、その柔らかそうな黄色の料理は、一体、何?」
そう言うとアッと言う間に私の近くに飛来して、私のスクランブルエッグをマイ箸で切り取ると、マヤはその口に頰張った。
「これ、マヤ」
リルジーナがマヤを嗜めたが、
「旨っ!何なん?口の中で蕩けるこの芳醇な美味さは!どれどれ、こっちの茶色い奴は?」
マヤは今度はソーセージを先端を口の中に入れた。
細身だが見るからにジューシー感が漂うソーセージを、口を最大限に開けてマヤは力強く嚙み切った。
ブチュ!
「アッチッチ!コラァ、リンドウ!ウチの可愛い過ぎるお顔が火傷したらどうするねん!若し汁が眼にでも入っていたら、アンタの寝首を掻いてやるからね!」
私とリルジーナとリンドウは、お互いに顔を見合わせた。
「マヤ、その料理はユウカ様に供した物で、マヤへの料理では無いんだよ」
リンドウは、マヤを刺激しない様に努めて冷静に、そして優しい口調で説明した。
「ウルヘ~!ウチだってそんな事位は分かっているがな。おお、そうだ、リンドウ!明日からウチの食事はユウカと同じ物を出す事!分かった~?」
リンドウはマヤの剣幕に押されて、思わずコクンと頷いた。
本当の私は、「ベルファール星産のルビナスエスカルゴのジェスタソースソテー三次元風」を食して見たかったのだが、マヤのお陰で暫くはアメリカンブレックファーストで我慢しなければ成らない筈だった。
「あ~あ、お腹が一杯に成っちゃった。最近、決戦の日が近いと言うのに整備士達がタルんでいるから、ウチはこれから活を入れに行くからね。お先に~!」
そう言うと、マヤはマッハでこの部屋を出て行った。
「今日の整備士達は災難だな。何人がマヤのシゴキに耐えられるか」
リンドウはそう言うと両肩を窄めた。
「ユウカ様、大変、失礼しました。マヤは個性的ですが、根は優しい娘でして・・・」
リルジーナは昨夜、私に伝えたマヤに関する彼女の見解を繰り返した。
「劣勢を意識して何かと沈みがちな艦内の雰囲気を、マヤが天性の元気印で皆に勇気を与えて呉れているのです」
そのリルジーナの言葉は決してて嘘偽りが無いと私は直ぐに理解した。
「リルジーナ様、ご心配には及びませんよ。マヤの事は決して嫌いでは有りませんし、私と似ている部分も有って、彼女とはきっと親友の様に成れそうだと思っています」
「おお、ユウカ様!何と言うお心の広さ!わたくしからも感謝を申し上げます」
それから暫くの間、朝食を食べ終えるまで、私達三人は普通の世間話みたいな会話で和んだ。
私は「ベルファール星」と言う、子犬座のプロキオン星系に有る希少な食材の宝庫として有名な惑星が有る事や、「ジェスタソース」と言う物が地球で言う所の「ソースペリグー」に近い物だと言う事も知った。
「ジェスタソース」は、くじら座YZ星系のレブロンス星で醸されるマディラ酒に似た強化ワインをベースに、これも同じくレブロンス星で採れた黒トリュフに似た「ダークレアマッシュ」と言うキノコをたっぷり加えた贅沢なソースなのだそうだ。
こんな話を聞けば嫌でも食して見たくなるのが人情と言う物だ
リルジーナが同席している中で、私はマヤが不在の時に、「ベルファール星産のルビナスエスカルゴのジェスタソースソテー三次元風」を私の為に作るようにリンドウに頼み込んだ。
「ええ、かしこまりました、ユウカ様。ルビナスエスカルゴものジェスタソースも分子を再構成させる事で似た物を作れはしますが、やはり天然物には劣りますので、まだ在庫が有りますから僕が腕を奮って作って差し上げましょう」
それを聞いた私は、嬉しさの余り、思わずリンドウをハグして頬に口付けをしそうになって、ハタと我に帰った。
「あは、あは。少しばかり喜び過ぎたわね。他意は無いからリンドウ、気にしないでね」
「ええ、全く大丈夫です!」
そこまでハッキリと言わなくても!
「リルジーナ様、これからユウカ様にはお召し物を選んで戴いて、その後、ご希望なのでコクーンルームにご案内したいと思っております」
「そうね、近日中に艦長主催のユウカ様歓迎パーティが計画されているから、この件はリンドウにお任せします。ユウカ様のご衣装や装飾品は、是非、多めに見繕って下さいね。それから、今夜の夕食時には明日以降の事も少しはお話をしないといけませんから、必ず遅れない様に来て頂戴ね」
「リルジーナ様、かしこまりました」
リンドウはリルジーナに一礼をした。
私は衣装や装飾品には余り関心は無かったのだが、リンドウが「美容整体用コクーン」に案内すると聞いて、私の期待は嫌が上にも高まった。
いよいよ私、スベスベ、プルンプルンのお肌に成るのね!




