第3章 空母にて 6
私は、寝室の窓から見える星々の輝きに見入り続けていた。
地球から見る星々は、大気や都市が放つ光に遮られている為、これまで私は真なる「星の輝きの美しさ」を知らなかったのだ。
私はベッドに横たわったまま、宇宙に広がる無限の空間や星々と一体化していた。
「ユウカ、わたくしの最愛の娘!」
何処からともなくそんな声がしたと思って、辺りを見廻したが人影は無く、どうやら私は宇宙の美しさに感動していて幻聴を聴いたようだった。
私は既に、リンドウの「ボトル半分が残っている秘蔵のお酒」を抜け目なくこの部屋に持参していたのだが、風呂上りと言う事も有って、冷たい飲み物で喉の渇きを潤したいと思った。
そう言えば、ゲストルームには食べ物と飲み物のボタンが有って、それを押せば届けられるとマヤが言っていた。
そして確かに、寝室のドアの右側にボタンが幾つも並んでいた。
ボタンの下には図形のような物が記されている。
更に、壁の一番端には「ダスターシュート」のような取り出し口が開いていた。
ああ、この口から受け取るのね。ええーっと、マヤは確か「飲み物系」は黄色のボタンだと言っていたよね。
私は黄色のボタンの下に描かれいる図形を調べた。
その中の一つに、ビールのジョッキに似た図形を発見した。
まさかね。
私は試しにそのボタンを押してみた。
一分間程待つと、その「ダスターシュート」に純白のトレイに乗った「ビールで満たされたジョッキ」が音も無く現れた。
「ビンゴ!」
そのビールは程良く冷えていて、これ以上は望べくも無い「濃厚なコク」を伴った「極上のラガービール」だった。
私は先程、食事を済ませていたので空腹感を全く感じていなかったが、極上のビールを前にするとやはり軽いツマミが欲しく成った。
今度は、白の「食べ物系」のボタンの図形を調べて見た。
その中の一つに、丸、三角、四角の記号を串刺しにしているような図形を発見した。
まさか、これがあれなら、今度こそまさかのまさかね!
私はそのボタンを押してみた。
また1分間程待つと、今度は「ダスターシュート」に純白のトレイに乗った「熱々のおでん」が届けられた。
今回は私はビンゴ!とは言わなかった。
ビールは兎も角として、流石に「おでん」が宇宙人に愛好されているとは思えなかったからだ。
リンドウは八木沢と私を含めて遠隔で人間を監視した経験が有るので、恐らく彼が私の為に特別に采配したメニューだと感じた。
私と八木沢は、二人揃ってお金が無い時など、場末の居酒屋でおでんと安酒を飲む習慣が有ったからだ。
そして、やはり届けられたその「おでん」の味も抜群に美味かった。
全ての飲み物と食べ物がこれだけ美味しく感じられるのは、眠らされている間に、センサーか何かで私の味覚の嗜好が分析された結果だと私は結論付けた。
本人の許可も無く、勝手に色々と調べられた事には気分を害したが、これもリンドウ流のホスピタリティの表れだと良い方に解釈した。
少なく共、不味い物を喰わされるよりずっとマシだと思えたからだ。
私は、リンドウの好意を有り難く受け取る事にした。
三杯目のジョッキを手にした時、私は或る事を思い出して「ハッ」と成った。
そう言えば、排泄に関する問題が未だ解決して居なかったのだ。
このガウンは下着が一体化されているし、ガウンの脱ぎ方も分からなかった。
まさか、ガウンを着たまま用を足せとか言わないよね。
必ず高度なテクノロジーが存在している筈!
部屋の中を見廻わすと、奥の方にトイレの入口らしいドアが有った。
私はよろよろと椅子から立ち上がると、そのドアの方に向かった。
ドアの外には小さなマットが敷かれており、そのマットの上に立った時、ガウンの背部が自動で切り離され、私の背中とお尻が剥き出しに成った。
それからマットの外に出ると、今度は自動的にガウンの背部が閉まり元の状態に戻った。
やはり高度なテクノロジーは存在して居たのだ!
どう言う仕掛けなのかは不明だが、私はこの事でガウンを脱ぐ方法と着る方法について学習した。
そのドアを開けて見ると、中は変哲が無い「普通の洋風水洗トイレ」だった。
私は用を済ませてみたが、便座の横に有るボタンを押したら、自動でウォシュレットと乾燥装置が作動する事と、便器から離れると自動的に水が流れる位で、特に先進的なテクノロジーは使われて居なかった。
まあ、トイレが先進的過ぎても、使う側が却って困ってしまうからね。
私はそれ自体には納得したが、これまで全裸で用を足した事が無かったので、その時覚えた心細さの方は中々慣れない様な気がした。
やがて、五杯目のジョッキが空に成った時、私は眠気を覚えて部屋の照明を消した。
ベッドの上で横に成り照明を消すと、部屋は窓の外に広がる一面の星明かりだけに包まれた。
独りで宇宙空間を見つめている内に、自分自身が宇宙そのものに一体化してしまった様に感じられた。
「我が愛する娘よ!一日も早くわたくしに会いに来れるように成って下さい」
そう囁く、誰かの優しく懐かしい声を聞いたような気がしたが、その時私は、既に心地良い眠りの中に引き込まれていた。
これまで聞いた事も無い涼しげなメロディが鳴って、私はその音で目を覚ました。
「ユウカ様、お早うございます。入っても良ろしいでしょうか?」
リンドウの声だった。
「あっ、一寸待って!今起きたばかりだから」
机の上には、昨夜、飲んだり食べたりしたジョッキや皿が散乱していた。
私は、それらを「ダスターシュート」のトレイの上に置き始めた。
「あんたは、ダスターシュートなんだから、これを片付けないと承知しないからね!」
私は何の罪も無い「ダスターシュート」を脅迫した。
「ダスターシュート」の周辺にボタンらしき物が見当たらなかったからだ。
「ダスターシュート」のトレイに、全てのジョッキや皿を乗せ終えた時、それは音も無く吸い上げられた。
どうやら、「ダスターシュート」の片付け開始は、その重量を自動計算していて、全ての食器類がトレイの上に乗った時のようだった。
「お待たせしました。リンドウ、どうぞお入り下さい」
私はリンドウを寝室に招き入れた。
「朝早くからお邪魔して申し訳有りません。昨夜はお困りでは有りませんでしたか?」
昨夜、あれだけ大量に飲酒した割には、私の頭の中は存外スッキリした状態だった。
「ええ、困った事は特には無かったけど・・・」
そこまで言った時、リンドウが私の事をマヤにオバちゃんと告げていた事を思い出した。
「ねえ、リンドウ君!私の近くに来て、これから私の眼をしっかり見詰めながら、私の質問に答えて頂戴!」
「へっ?」
リンドウは私から何かしらの殺気を感じたらしく、一瞬、怯えた表情に成ったが、私の手招きで止むを得ず私の近くに進み出た。
そして私の求めに応じるべく、私の瞳を真っ直ぐに見詰めた。
ドキッ!
リンドウに見詰められて、私の心臓は危なく外に飛び出し兼ねなかった。
落ち着くのよ、由佳!
リンドウは私の召使いなんだから、私の動揺を悟られては駄目!
「コ、コホン!あのさ~、リンドウ君!君は私の事をオバちゃんだとマヤに伝えなかった?」
「えっ?」
リンドウは私の言葉に真剣に驚いた表情に成った。
「まさか!僕はユウカ様が来月、27歳に成ると言われたのを聞いて、マヤにはそれを伝達しただけです!」
「本当?」
「勿論です!僕はこれでも何時かは精霊に成る身ですから、決して嘘などは申しません!」
「そ、そうだよね」
やっぱり、マヤが私に一発カマしたのだった。
「分かりました。リンドウ、ご免なさい、私が悪かったわ。昨夜、マヤがリンドウから私の事をオバちゃんだと聞いていたと言ったものだから・・・」
「ははは、彼女は妖精です。妖精は人を揶揄うのが大好きなのです。要するに茶目っ気ですね。それを気にしていてはマヤとは付き合えませんよ」
私は彼女が用意した、私に対する妖精としての茶目っ気満点の洗礼を、真に受けていただけだったのかも知れなかった。
「ふふふ、そう言う事なら私の方もマヤに対して、揶揄かったり茶目っ気で反撃する事に遠慮は要らないわね」
「勿論です、ユウカ様。そんな事が出来る存在は皆無ですから、マヤもきっと心の中では喜ぶ事でしょう」
リンドウはそう言うと、その美し過ぎる金髪を掻き揚げた。
丁度、先刻、全照明をオンにした際に点灯した部屋のスポットライトが、リンドウの爽やかな笑顔を映し出していて、私は再び、自分の心臓がその鼓動に異変を来している事を自覚した。




