第3章 空母にて 5
ワードローブの右側一番手前のクローゼットに、緑のランプが点灯していた。
このクローゼットから衣類を選べと言うのね。
そのクローゼットには、ガウンらしき衣類が並んでいた。
私は一番手前に有った、深い青色のガウンを手にした。
そのガウンは背面にファスナー等は無く、割烹着を着るように前から両手を通すスタイルだった。
私はこのガウンの構造を全く理解して居なかったが、前の部分だけでも隠せれば、素っ裸よりはマシだろうと言う気持ちで腕を通してみた。
すると、このガウンは独りでに背面の部分が閉じられ、これまで経験した事が無い「最高の着心地」を私に与えた。
「凄~い!」
このガウンは下着の上下もオールインワンに成っていて、パンツ部は「サブリナパンツ」のように踝近くまでを細身に絞られているデザインだった。
胸元はやや大きく開いていて、袖口も広がっていた。
私は、このガウンを大いに気に入ったので、他のガウンも色々試着してみたい気持ちに駆られた。
だが、肝心のガウンの脱ぎ方が分からなかった。
う~ん、しかしこのガウンはどうやって用を足せば良いのだろう?
私は少し不安に成ったが、この宇宙船はこれだけのハイテクノロージーを持っているのだから、そうした部分もきっと何か上手い工夫が凝らされといるのだろうと信じた。
その時、浴室のドアの外から、
「遅い!ユウカ遅すぎるよ!何やってんの!」
とマヤの大声が聞こえた。
マヤがドアに向かって全力で体当たりをしているらしかった。
「マヤ、ごめん、ごめん」
私が浴室から外に出ると、マヤからはイライラしている波動が全開で放たれていた。
今にも頭から湯気が立ち上りそうな状態だった。
「あのねぇ、ウチ、風呂場に入る前にユウカに言った筈だよね!長風呂は禁止だと!」
マヤが話す言葉の語尾は、「だし」や「がに」や「はれ」が多かったが、会話の半分位は普通の語尾だった。
勿論、マヤがどう言う基準で語尾を使い分けているはかは不明だったが。
「ウチなんか湯船に浸かって、羽ばたき3回で入浴が終わるんだから。平均入浴時間はきっちり22秒!」
「マヤ、本当にごめんね、悪気は無かったの。ここの浴室、私が知ってる浴室とは余りにも違い過ぎて、勝手が全く分からなかったのよ」
「そっか。だよね。ユウカがどんな浴室を使っているのかは知らないけど、ここのはやはりユウカには先進的過ぎたか」
「驚きの連続だったわよ」
「だよね。入る前に説明しなかったウチも悪かったし、今日の所は許してあげる。でもウチはもう眠いの。まあ、何とかガウンは着れたみたいだし。さあ、次の場所にさっさと行くよ!」
「は~い」
マヤの言い方には棘が有るのだが、今の私は何故かしらマヤに対しては素直な気持ちに成れた。
「次が、ウチが今日案内する最後の場所ね、寝場!」
「ねば?」
「アンタがこれから、毎日、眠る場所!」
「ああ、寝室」
「ウチはこれからマッハで飛ぶから、ちゃんと後を追って来てね」
「うえ~っ、マヤ、待てっつ~の!」
通路のコーナーを幾つか曲がると、また行き止まりに成った。
「ここが、アンタの寝場!」
マヤは突当たりの部屋を指差した。
「明日からアンタのトレーニングが始まるから、今夜はゆっくりと寝るのだし!」
そう言うと、マヤはこの場から立ち去ろうとした。
「ちょっち、待って!」
マヤの言葉遣いに影響を受けたのか、私の語調も変調を来していた。
「何?」
「眠い時に申し訳無いんだけど、マヤが妖精だったら、リルジーナとリンドウは一体何者なの?二人共、五次元から来ているらしいけど」
私の問い掛けに、マヤは少しだけ当惑した表情を見せたが、直ぐに気を取り直したみたいで明確に返答した。
「この話はウチから聞いたと言われると困るけど、実はリルジーナは女神属性、リンドウは精霊属性、ウチだけが本物の妖精なのさ!エヘン」
マヤはその小さな身体で、多分、精一杯胸を張った様に私にも思えた。
「女神属性?精霊属性?」
「属性とは、正式な種族として認められる前の修行中の者に与えられる身分の事さ。まあ、ウチも最近までは妖精属性だったんだけどね」
「そんな身分が有るなんて・・・」
「恰好良く言えば、如来に成る前の菩薩みたいな存在かな?分かり易く言えば、モドキ」
「モドキ?」
「似て非なる者!だけど修行が進めば、何時の日かリルジーナとリンドウも正式な女神と精霊に成るよ」
「う~ん」
私はマヤの言葉に唸ってしまって、それ以上は何も尋ねられなかった。
「この宇宙船を含めてこのオリオンの全艦隊に、四次元以上の物理空間から降臨している存在はウチを含めてその三人だけ。後のクルーは全員が三次元物理空間に転生しているヒューマノイド達だよ。ユウカから見れば皆が宇宙人って事に成ると思うけど」
「そうなんだ・・・」
「ユウカのトレーニングについては、明日、リルジーナとリンドウが説明するよ!」
「トレーニングなんて、私、何も聞いていないんだけど!」
「心配無いって!あっ、それからウチら宇宙船のクルーはクルー専用のキャンティーンで食事を摂るけど、ゲストのアンタは寝場で摂るのだし。部屋に入って右側に有る白いボタンが食べ物系、黄色のボタンが飲み物系、ウチ、今回はちゃんと説明したからね!じゃあの!ユウカ、お休み!」
マヤはマッハで飛び去った。
「あっ、お休みなさい」
私は、もう見え無くなったマヤの後姿にお休みなさいの挨拶をしたが、頭の中は混乱したままだった。
寝室のドアを開けて中に入ると正面の大きな窓から、溜息で一瞬息が止まりそうに成る程、美しく輝く星々が見えた。




