第3章 空母にて 4
「ヤッピー!!!」
部屋のドアが開いて、体長が60cm位で薄い緑色の羽根を羽ばたかせて飛んでいる生物が入ってきた。
「あ、あんた誰?」
「まさかリルジーナにウチがアンタの召使いだとか紹介されてないよね!」
「貴女が私の召使い?」
「ぶっぶう~。それは大間違い!ウチはアンタの監視役なのさ」
そう言うとその生物は、私の身体の周りを2回程回って、私をじろじろと観察した。
「ふ~ん、オバちゃんだと聞いていたけど、アンタまあまあ、そこそこだけど知腰は若く見えるじゃん。」
「誰がオバちゃんなのよ」
私がここに招かれるまで、私の容姿に関してはリンドウしか知らない。
リンドウがこの蜂娘に、私がオバちゃんだとの事前情報を入れたのだ。
リンドウの奴め!明日の朝を覚えてらっしゃい!
まあ、オバちゃんだと呼ばれてムキに成って怒る程、私は確かに若くは無かったのだが。
「それより貴女、蜂の宇宙人?羽根をバタつかせて飛んでるみたいだけど・・・」
「ノンノン!ウチは蜂の宇宙人じゃないよ。それよりオバちゃん、オバちゃんのそのパジャマ、デザインも色も素材もチョ~最低!雑巾にも成らんから、後でウチが捨てておいてあげるね。」
何なんだ、この失礼な蜂娘は?
若しかしたら此奴がマヤかも知れない。
そう言えばリルジーナがマヤは個性的だと言っていた。
だが個性的と言うより、この蜂娘は只の無礼者だ。
「あんた、若しかしたらマヤ?」
先程まで、私はこの蜂娘を貴女と呼んでいたが、蜂娘の方は私の事をアンタと呼ぶから、わたしもあんたと呼び返してやった。
「ん?そだけど?何か?」
「マヤ、あんた、私の事をユウカ様と呼ぶようにリルジーナ様から言われてなかった?」
私はマヤの非礼を咎めるべく、リルジーナを引き合いに出した。
「ふ~ん?リルジーナは様付けで、ウチの事は呼び捨てかい?」
マヤは私の言葉にむくれたのか、羽根を三回程バタつかせた。
「ウチの舌はその構造上、様と言う言葉の発音が難しいの!だからアンタの事はこれからユウカと呼ぶからね!」
マヤは今、見事に「様」と発音したのだが、彼女から「様付け」で呼ばれる事は居心地が悪そうだったので、この申し出はむしろ私に取っては有難かった。
「よころでマヤは、四次元から来たんだってね。四次元の蜂って皆、あんたみたいな容姿をしてるの?」
これは決して嫌味では無くては純粋に疑問に思ったので、私はマヤに率直に尋ねた。
「だから~、ウチは蜂じゃ無いっちゅうねん!ウチは正真正銘の妖精なの!」
「妖精?」
「その話はややこしいから、また今度ね!兎に角、今は風呂場でその汚い身体と服を何とかしないと!」
そう言うとマヤは、羽根をバタつかせながらこの部屋を出て行った。
「ちょ、一寸待ってよ、マヤ!」
私は先程、この宇宙船で目覚めたばかりなのだ。
船内で迷子に成る事だけは避けなければ成らなかった。
「ユウカ、風呂場はこっちこっち!」
マヤはその体長に似合わず、かなりのスピードで飛んで行った。
「マヤ、そんなに急がないで!」
私は慌てて、マヤの後を追った。
やはりリルジーナ達が言った通り、ポイント・ビューウィックは巨大な宇宙船の様だった。
狭い通路は幾つものドアで仕切られていて、自動認証装置が機能しているのか、マヤが近づくとドアは次々に自動的に開いた。
「この通路の突き当たりが、ゲスト用の風呂場だし。ウチらの居住区もここで行き止まり!ユウカは中に置いてあるミスリルガウンに着替えるのだし」
「ミスリルガウン?」
「着れば分かるがに!」
兎に角、私は自分のマンションのワンルームに戻ると直ぐに「モリヤの笛」に誘拐されたし、ここで眠っている間に汗を掻いていたから、バスが使える事は、正直、私には有難かった。
「ユウカ、今日は特別にアンタが風呂から上がるまで待っててあげるげど、ウチは気が短いの。長風呂は禁止だし!」
「え~っ、まじなの?」
「マジ!」
「さっさとドブーンと一風呂浴びてきなはれ!」
「へい、へい」
バスが使える嬉しさから、私は素直にバスルームの中に入った。
私がバスから上がるまで外で待機して呉れると言う事は、リルジーナが言った通り、マヤは案外、それ程根性が悪い娘では無いのかも知れなかった。
バスルームの中にも10m程の長さの通路が有って、これまでと同じ様なドアが設置されていた。
どうやらそのドアの先がバスルームらしかった。
私がドアに近づくと、ドアは自動で開いた。
中は思っていたよりずっと広くて、濃い「紫色の液体」に満たされた巨大な水槽が直ぐに眼に入った。
「まさか、これがバスタブ?」
私は脱衣場を捜したが、それらしい場所は無かった。
仕方無く、私がその水槽に近づいた時、乳白色の水蒸気のような煙が四方からシャワーのように私に噴霧された。
「きゃー!」
ふいを突かれた私は叫んでしまったがやがて噴霧は止まり、水槽に緑のランプが点灯した。
私は、これまで見知っているバスルームだと勝手に思い込んでいたけど、こんな事なら最初にマヤに色々と尋ねておくべきだったと後悔した。
水槽に緑のランプが点灯したという事は、この中に入れというサインだとは分かったが、パジャマを着たままなのか脱いで裸で入るのかが分からなかった。
取り合えず水槽に取り付けられている梯子を登ろうとした時、水槽のランプが黄色に変化し、近くの床から「脱衣籠」のような物が現れた。
ここで衣服を脱いでから入れって言うことか。
まあ、バスタブだから着衣のままでは流石にまずいよね。
私は納得すると、「脱衣籠」に衣服を入れて水槽の階段を登り始めた。
水槽には130cmくらいの高さで「紫色の液体」が満たされていたが、立てば顔の部分は液体の外に出る筈だった。
私は恐る恐る水槽の中に入った。
ところが水槽の床に足が着くことは無く、水平に身体が浮かんだ状態に成った。
「これは無重力!」
私が無重力の空間の中を漂っている感覚に浸っていると、水槽の上部から私の身体に向けて「紫色の液体」がとろとろと、そして時には勢い良く降り注がれて来た。
何という気持ちの良さ!
「紫色の液体」の温度は私の体温と正確に一致しているように思えた。
普段は熱めの風呂を好む私だが、このバスの「有り得ない気持ちの良さ」に参ってしまって、私はひたすら「紫色の液体」が与えて呉れる「天にも昇る心地」に酔った。
「私、ここでこのまま眠りたい!」
「長風呂禁止」を命じたマヤの言葉を、私は今は取り敢えず忘れることにした。
私は、5分間位、ウトウトとしただろうか。
薄目を開けてみると、先刻、私がパジャマや下着を脱いだ「脱衣籠」がゆっくりと床の中に沈み始めているではないか。
「こら~、待てーっ!」
私は急いで水槽の階段を降りると、「脱衣籠」が有った床の場所に戻った。
だが、タッチの差で「脱衣籠」は床の中に飲み込まれてしまった。
「何なのよ!」
私は、その床を強く叩いてみたり、その近くにボタンのような物が無いか隈なく調べてみたが何も発見出来ず途方に暮れた。
「私に、これから裸族で暮らせと言うの?」
「絶望」と言う言葉が私の脳裏に浮かんだ時、浴室のドアの左側の壁が左右にスーッと開いて、中からワードローブらしきスペースが出現した。
私はそれに「一筋の光」を見出して、そちらの方向に慌てて駆け寄った。
それは紛れも無くワードローブだった。
「もう、驚かせないでよね!」
半ば、これから素っ裸で暮さなければ成らない事を覚悟していた私は安堵の溜息をついた。




