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第2章 合鍵 4

 最悪の目覚めだった。

 頭全体が割れるように痛んだし、身体の隅々もしびれていて俺は起き上がることさえ出来なかった。

 粗末なテーブルと椅子、それとワードローブとベッドだけが置いて有るだけの、何とも味気ない部屋で俺の人生最悪の日々がスタートした。

 一応、バスとトイレは付いているようだったが。

 テーブルにはコンビニで買ってきたであろう、 ペットボトルのミネラルウォーターとサンドウィッチが置いて有った。

 喉の奥がヒリヒリしていて、猛烈な喉の渇きを覚えていた。

 俺は痺れた身体で何とか立ち上がり、ペットボトルを掴むとまたベッドにバタンと横たわった。

 ベッドでミネラルウォーターを飲み干したら、激しい怒りが俺の全身から沸々と沸いて来た。 

 「畜生!原口の野郎!俺に一体何の恨みが有るってんだ!」

 原口は大学の一年後輩で、当時、クラブ活動で同じ柔道部に所属していた。

 原口は先輩の立て方を知っている男で、俺とはウマが合ったので、俺はそれなりに原口を可愛がって来た積りだった。

 だから余計に今回の件が腹立たしかった。

 卒業後はそれぞれ別の道に進んだが、学年を問わない全体の同窓会で原口に再会してから、時々、一緒に飲むように成った。

 「アストラル」を俺に紹介したのも原口だった。 

 これは間違い無く、アストラルのマスターも一枚噛んでいるな。

 アストラルのマスターから店に来るように言われて、原口の仲間から襲撃されたのだから、それはまず間違いが無かった。

 マスターも、最近は何かと胡散臭うさんくさかったんだよな。

 店の常連客も、アストラルのマスターの事をマスターとしか呼ばないから俺もマスターの本名は知らなかった。

 やがて、俺は俺を紹介した原口を伴わずにアストラルに独りで飲みに行く様に成った。

 マスターは痒い所に手が届くようなさりげない気遣いが出来る男で、仕事がうまく行かずに飲んだら荒れる事が多かった俺には、アストラルは安心して飲める数少ない店に成った。

 ただ三年程前に、未だ恋人関係だった由佳を、俺がアストラルに連れて行ってから、マスターの態度は微妙に変化した。

 爽やかさが売り物だった男が、何か勿体振ったような歯切れの悪い話し方が増えて来たのだ。

 由佳がアストラルを気に入っていることも有って、俺はこれまでその事を余り気に掛けていなかったのだが。


 俺はそこまで考えで、ふと窓の方に眼をやったら、窓には鉄格子が嵌められているではないか。

 ここは監獄か!

 いやむしろ、この部屋は「山羊小屋」と呼ぶ方が相応しかった。

 ご丁寧に、床には草のような物が敷いて有る。

 「フザケやがって!」

 俺は自分のスマホを探したが、予想通り、所持していたバックと共に没収されていた。

 「糞、舐めた真似をしやがる!」

 俺はそう叫ぶと、立ち上がって椅子に座り、テーブルを力任せに叩いた。

 その時、分厚い鉄のドアに付いている「小さな窓」が開かれ、そこから原口の顔が現れた。

 「先輩、お元気そうなお目覚めで安心しました。ようこそ、山羊小屋へ」

 俺は怒りで言葉が出なかった。

 俺はまた、テーブルをドスンと力任せに叩いた。

 「飲み物と食事は、この扉の下に有る差し入れ口からお届けします。必要ならアルコールも差し入れますから」

 原口は、拉致と監禁と言うそれなりに重い犯罪を犯しているのに、それを全く気にめて居ない様子だった。

 その事が、俺の怒りを一層(あお)った。

 「てめえ!」

 「それから、何かお困りの事が有りましたら、そこのインターフォンからご連絡下さい。我々に許されている範囲でご要望には応じますから」

 「こちとら、全てがお困りなんだよ!」

 原口は、ハハハと笑った。

 俺は、原口の「我々」と「許されている範囲」と言う表現が少し気になったが、怒りが心頭に達していて、その事は忘れてまたテーブルを力任せに叩いた。

 俺の手は、明日の朝、悲しい程に赤く腫れ上がっているだろう。


 「俺はお前にどんな恨みを買っているんだ。早く俺を外に出しやがれ!」

 「先輩、私は貴方に何も恨みは持っていませんよ。尊敬していますから」

 「それなら何故?」

 「先輩は徹底したリアリストですから、とても信じて貰えるとは思っていませんが、私もアストラルのマスターも「聖なる光の手」と呼ばれる組織のメンバーなのです」

 「光の手だか豚の手だかは知らないが、それは一体何の犯罪組織だ!麻薬のシンジケートか?」

 「いいえ、地球を守護している宇宙存在の集団を、地上から支援する組織です」

 可哀想に、原口は何かが原因で頭がイカれてしまって、今回の蛮行におよいだんだな。

 だが、幾ら頭がイカれたとしても、許される事と許されない事が有る!

 「菊池由佳さん、即ちユウカ様は、その宇宙存在に取って現時点で最後の、そして最強の切り札なのです」

 「原口、お前、今、何と言った?」

 「ですから、ユウカ様が最後で最強の切り札だと」

 原口は真顔でそう言った。

 「お前が、何処どこかで頭を強く打ったか、危ない薬物を使用したからかは知らないが、何れにしても頭が完全にイカれてしまった事は良く分かった!お前とは長い付き合いだし俺は潔い男だ!今回の件は水に流してやるから、俺を早くここから出せ!」

 「フフッ、先輩ならきっとそう言うと思っていましたよ。だからこそ、我々は貴方を外に出す事は出来ないのです」

 「どう言う意味だ?」

 俺は、原口が先刻が使った「我々」と言う表現を思い出していた。

 「先輩は我々が話す真実を、決して信じようとしないでしょう。だから外に出ればユウカ様が失踪している件を警察に届け出る筈です。その事が我々には困るのです」

 「由佳の事をユウカ様などと呼ぶのは止めれ!」

 「ユウカ様が、ご自身のお仕事を無事に済まされてこの世界に戻られた時に、何事も無かったようにするのが我々の役目でして、先輩に動かれて事件が表沙汰に成ると困るのです」

 「由佳が、お前達の組織で仕事が有るのだと?フザケるな!仕事だったら俺にも有るんだよ!」

 「ユウカ様のお仕事と先輩の仕事では、月とスッポン、太陽とホタル、神様と猿、味噌と糞、その位、そのお仕事が持つ重要性が違います。どうか人類の為と諦めて当分の間、ここで大人しくしていて下さい」

 「原口、テメェ!俺が猿で糞だと言うんだな!猿と糞で上等じゃないか!」 

 俺は怒りで身体中がブルブルと震えて、それ以上、原口に言葉を返せなかった。

 「先輩、それは話の例えでして・・・先輩は決して糞では有りませんよ。そして猿でも有りません!先輩は山羊ですから」

 「フザケるな!」

 俺はこの「山羊部屋」に監禁されて、一体何度、「フザケるな!」と叫んだだろう?

 俺はその回数を数えたくないと、心底、思った。


 「詳しい話は先輩の体調が戻ってからにします。ミネラルウォーターが空のようですね。代わりを持って来ますね」

 確かに、俺の体調が戻らないとまともな話し合いは出来そうに無かった。

 増してや相手は理由は不明だが、兎に角、頭が完全にイカれている輩なのだ。

 「原口、一寸待て!俺はお前に変な薬を嗅がされて、今は頭はズキズキ痛むし、身体がボロボロで最悪の状態なんだ。酒でも飲まなけりゃ眠れやしない。酒を持ってこい、酒だ!」

 「先輩に手荒な真似をした事はお詫びします。分かりました。お酒をお持ちしましょう。お好みの種類は?」

 まあ、酒でも飲めば少しは落ち着くかも知れない。

 「そうだな、シングルモルトウィスキーを持って来い。アイラ物で、出来ればポートエレンを。それと氷もな。それからシベリアンキャビアも忘れるな!」

 俺はまるでバーで飲み物を注文する時のような口調に成っていた。

 「かしこまりました。部下を買い出しにりますから暫くお待ち下さい」

 そう言うと、原口はドアに付いている「小さな窓」をピシャっと閉めた。

 原口には部下が居るのか。

 彼奴あいつの部下が、アストラルのマスターの命令で俺に薬を嗅がせたのか!

 どうせ、頭を強く打ってイカれている連中ばかりだろうが、組織として何かしらの活動はしている様だった。

 そんなイカれた組織にアストラルのマスターが加わっている事が、俺にはとても不愉快に思えた。


 「お待たせしました」

 原口は、俺が思ったよりずっと早く、注文した品を扉の下に有る「開く口」から差し入れた。

 原口は部下を買出しに遣るなどと格好を付けていたが、この調達の早さはアストラルのマスターに依頼した筈だった。

 まあ、現物さえ手に入れば、その入手経路などは俺に取ってはどうでも良い事だったが。

 「おっ、有難とな」と言いそうに成って、拉致犯にお礼を言うべきでは無いと気が付いて俺は言葉を呑み込んだ。

 「ところで、原口、この部屋の床には草が敷き詰めて有るようだが、これは一体どんな趣向なんだ?」

 俺は皮肉たっぷりに訊いた。

 「はは、それは我々の一寸した洒落です、と言うか我々からのプレゼントでしょうか?アストラルのマスターの話では、先輩は山羊の鳴き真似がとても上手らしいですから」

 「フザケるな!」

 俺はこの場所で、幾度と無く繰り返したお決まりのフレーズを発した。

 原口は既に慣れっこに成っていたのか、俺の悪態には全く反応を示さず、「じゃあ先輩、お酒をゆっくり楽しんで下さい」と言い残して去って行った。

 「ちっ!」 

 俺は舌打ちをしたが、原口が差し入れたウィスキーが、「1979年の1st リリース 22年物、今は亡きポートエレン」だったので急に機嫌が良く成ってしまった。

 それはそれで、俺に取っては限りなく情けない事では有ったのだが。


 どうせ奴等では手に入らないだろうと思って、せめてもの嫌がらせの積りでポートエレンをリクエストしたのだが、まさかマスターが既に手に入れていたとは!

 市価で1本、70万円は下らない品物だ!

 「ふん、マスターめ、無理をしやがって」

 アストラルも繁盛している部類の店だとは思うが、ポートエレンを俺に惜しげも無く振る舞える程では無い筈だ。

 若しかして、原口が言っていた「聖なる光の手」と言う組織は資金が潤沢なのか?

 「まあ、俺が次にまたポートエレンをオーダーした時、そのリクエストに奴等が応えられるかどうかで資金力の想像は付くけどな」

 俺は贅沢にも、「ポートエレン1979」をテーブルの上のグラスに並々と注ぐと、その半分程を一口で飲み干した。

 「くーっ!ウィスキーはこうでないと!」

 俺は「アイレイ島」の塩風を感じながら、ポートエレン蒸留所独特の「ビート」に由来する「スモーキーな香り」を心行くまで堪能した。

 そうそう、俺はシベリアンキャビアもオーダーしたんだよな!くーっ!ポートエレンとシベリアンキャビア!これこそ至極の組み合わせだ! 

 いつしか、俺は「監禁された悲劇の人物」から「単なる呑ん兵衛」に変身していた。


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