第4話 そよ風に抱かれて
人ならざるモノとの波乱の夜は超えた。しかし朝を迎えても、安心できない。6人ほど集まった雑兵は縄を持ち、警戒心を露わにしている。また一波乱あるに違いない。くららはそう思った。
「んで、その縄で縛ろうってンだな?」
サラは波乱の先頭を走り続ける。どんな状況でも、笑みを崩さない。
「話が早いのう、梟風」
「ほう、オレの悪名も京まで届いていたかい。こりゃ気分がいいや。ほれ、縛れよ」
「むっ。おとなしいとは、不気味じゃ」
雑兵はサラの顔を伺いながら、手首を縛る。結局、なんの抵抗もしなかった。
「くららも手ェ差し出せ」
「待ってよ、どこに連れていかれるの?」
「黙っておれ!」
「なにも悪いコトしてないのに……」
今日のうちはだけど、と心の中で付け加え、くららも手首を縛られる。雑兵たちは頷きあい、ふたりは連行された。
「くらら、京は初めてか? ここが天下の町だ、よーく見とけよ」
「そう言われてもなあ」
騒ぎを聞きつけた町人たちの目は、奇異な虫を見るようだった。
「全然いい気分じゃないよ」
「まあ、よく見とけって」
「ええい、黙れッ!」
突然、前にいた雑兵が振り返り、くららに拳を繰り出してきた。いきなりで目をつむるくらら。しかし痛みで叫びを上げたのは、雑兵のほうだった。
握り拳から、血が流れて流れて止まらない。斬られてもいないのに斬られたような、あまりにも不可解な出血に雑兵は汗もダラダラと流す。
「なァ、なんで真っ先に子供のほうを殴ろうとしたンだよ。声をかけたのはオレのほうだからよ、殴るならオレだろ? どういう了見だァ?」
そう言いつつ、サラは口笛を鳴らす。その軽快な音色には、怒気がこもっていた。
「こ、これ、サラがやったの……?」
にわかには信じられない、刀すら握っていないのに。しかし、くららにはそうとしか思えなかった。サラが口笛を鳴らしてから、風が吹いてきたのだから。
「その耳障りな音を止めんか!」
雑兵たちは刀を抜くも、またも手から出血。刀は地面に寝た。そして、ふたりの手を縛る縄も切れた。
「梟風たる所以の知れたところでテメェら、閻魔様にも伝えてこい。この梟風の名を」
雑兵たちと違い、切れたのは縄だけ。自由になった手は落ちた刀を拾い、慌てふためく雑兵の首元に向く。まるで、鬼のよう。くららは思った。
「辞世の句は?」
「やめろッ! やめろーッ!」
「……なーんちゃって!」
サラはまるで自分の刀のように、雑兵のものだった打刀を腰に納めた。
「くらら、泊まれるとこ行こうぜ。オレも横になりてェや」
「……うん」
「あれ、元気ねェな。殴られたか? それとも切ったか?」
「ううん。ちょっと、びっくりしたから」
「こりゃ本腰入れて宿探しだなァ。元気ねェときは飯食うのが一番だぜ」
ふたりで歩き出すも、すぐに足が止まった。髷を結った男が向かってくる。また、侍だ。
「おっ、大物登場だなァ」
遠目からでも、凛とした佇まいが伝わる。ふたりは自分たちから出向いた。
「申し訳ございません。拙者の部下が無礼をかけましたな、梟風殿」
「オレが入用で? そりゃここまでご足労かけて申し訳ない」
サラと侍は頭を下げる。その間で、くららは小声で耳打ちした。
「この人、誰?」
「すげえンだぜ。剣も弓も、書も歌も茶も、なんでもできる。文武両道とはこのコトだな」
「へえ〜。わたしたちとは大違いね」
「まったくだな」
ふたりは頭を上げる。立派に蓄えられたヒゲ、それでいて品を感じる雰囲気、安心感を覚える低い声。ただの人ではないコトだけは、くららにはわかった。
「いつから見てたんで?」
「貴殿が京に訪れたときからでございます」
「それは話が早い。オレたち、あの馬を討伐するまで京に滞在するつもりでね」
「貴殿さえよければ、わしの屋敷を使うとよろしいかと」
「いいのかい? 九州での戦から帰ってきたばかりじゃ?」
「ふふ、耳が早いですな。あの馬を討伐してくださるのなら、心遣いは無用ですぞ」
「感謝します、細川幽斎殿。お言葉に甘えさせていただく」
「遠慮はいりませぬ。では、着いてきてくだされ」
幽斎のうしろに着いていくサラとくらら。辺りには敵意も殺気もない。安全なのを確認したうえで、幽斎に尋ねた。
「なんで兵士を寄越したんで?」
「貴殿の名は充分伝わっているゆえ、町人たちが不安になってはいかんと思い、牢に連行するような形で我が屋敷に来てもらう予定であったのですが」
「おっと、そりゃ失礼」
「無礼を働いたのは、こちらでした。して、そこの娘は?」
「拾い物で。仔細は落ち着いてからに」
「ええ、そうしましょう。梟風という人物に興味が湧いてきました」
人々に不思議な目を向かれながら、くららは京の町を見つめる。町中なのに、寺もたくさんあれば、城だって見える。そもそもの人の多さに、思わず口をぽかんと開けた。
「大きな町だね」
「そうだな、大きいからここは上京と下京に分かれてンだ。でもな、平安京って呼ばれてたもっと昔にゃ、もっと大きかったらしいぜ、この町」
「ええ〜っ! 想像つかないや」
「ふふ、盛り上がっているところ失礼しますが、我が別邸へ着きましたぞ」
土塀に構えられた門を潜ると、書院造の立派な屋敷が広がっていた。町人たちの住む、茅葺き屋根で筵戸の掘立小屋とは大違いだ。
敷地に入ると、玄関から小姓が飛び出してきた。
「細川様、そちらの方々が?」
「うむ。くれぐれも粗相のないように」
「はっ。承知しました」
小姓は幽斎と簡単に言葉を交わし、すぐに屋敷の中へ戻っていった。その屋敷に近づくにつれ緊張するくららは落ち着けず、サラに声をかける。
「出てきた子、わたしとあんまり歳違わないよね? 働いてるんだ……」
「たぶんな。まァ、おまえさんと同じくらいの娘を娶った武将もいるワケだし、それに比べりゃふつうじゃねェか?」
「え゛っ」
「ねえ、細川殿?」
「それはもう、とても優秀な将ですぞ」
そんな話を聞いて、くららはゾッとした。侍なんて、みんな野蛮な人なのかと思うほどだった。
屋敷に入り、人ひとりが通れるほどの廊下を進むと、右に左にいくつもの襖が並んでいる。くららはその光景に驚いたが、自動で開くのだから余計驚いた。
「さあ、お上がりください」
小姓の声。彼が戸を開けたのかと理解する。そこは畳が一面に敷き詰められた部屋だ。ふたりが先に入り、幽斎は後から入ると、小姓は退出して襖を閉めた。
「この床の、なに? 草のにおいがして落ち着くなあ」
「畳、見たコトねェか?」
「畳……。ここで横になったら、気持ちいいだろうね」
「ここに風も入れれば、より心地よくなりますぞ」
幽斎は笑みを浮かべ、襖の向かいにある障子を開けると、立派な庭が広がった。さざ波のような模様を描く敷き詰められた砂、山のような形の岩。自然のおおらかさを表現しているようだ。
「わあ……」
「見事な庭園だなァ。細川殿、貴方に相応しいよ」
くららは言葉を失い、サラも無意識に頷く。やさしい風が吹くと、心が洗い流されるような清々しさを覚えた。
「よもや梟風殿にお褒めの言葉をいただけるとは。不思議な事もあるものです」
「オレも白昼堂々、こんな豪邸に上がれるとは思わなかった。細川殿、ありがとうございます」
サラは頭を下げる。
「かの梟風殿も、そよ風の中では仏様のように穏やかですな」
「よせやァい。せっかくの悪名が吹き飛んじまう」
「ふふ。安らいでいただいたところで、お座りください。本題と参りましょう」
サラとくららは互いに頷き、座る。厳かな雰囲気に、つい自然と正座をしていた。
「では、あの巨馬の件ですが――」
幽斎が口を開いたとたん、くららが床へ倒れ込んだ。
「くららッ」
すぐに手を差し伸べ、くららの頭を支える。よく聞くと、寝息を立てている。眠ってしまったようだ。
「あー、横にしていいかな?」
「どうやらお疲れのようで。構いませぬ」
サラをくららを畳の上で寝かせる。年頃の少女らしい、安らかな寝顔だった。こんな乱世でなければ――サラはそう思った。
「戦うのは、オレたちの役目だ」
「ええ、より良い世を目指して……」
サラはくららの寝顔を見て、願う。どうかいい夢を見ているように、と。




