第46話 奇跡を呼ぶ軌跡
サラは呪いに囚われた長い生の意味を問い続けていた。くららは故郷を燃やされてなお残された意味を復讐のためと捉えた。
織田信長を葬った炎の行方、その果てにたどり着いた、風が運んでくれた運命。目に見えない縁は自ずと交わり、共に歩む旅路は約束されていたのだと、ふたりは確信した。
すべては、この瞬間のために――
「ゆめゆめ忘れンなよ、信長ァ。炎は風を受けて燃え上がるモンだがな、梟風の前には風前の灯火ってヤツだ。おまえの野心の炎、吹き飛ばしてやる」
信長を包んだ宙に浮く黒いもやの中から異形の足が伸び、城を揺らす。
「勇ましいコトだな。だが、我が前ではすべての勇気は蛮勇と化す」
もやが晴れ、ヒトの輪郭は保ちながらもその異形の姿が露わになった。西洋の甲冑のような金属で固めながら、得物はなにもない。ただ必要ないからであろう、その手はトラの爪牙のように尖っている。手だけではなく、全身の関節部分がトガっているではないか。
なによりもトガっているのは、顔全体を覆うドクロのような兜だ。ねじれたツノがふたつに、開いた口のような部位から青い炎が漏れている。
「勇者となるか、地に堕ちるか。抗ってみせよ、うつけども」
コウモリの羽根のような真ん中の割れた黒い外套を翻してみせ、拳を構える。まさに魔王の名にふさわしい風貌だ。
相対するは、かつての忠臣の森蘭丸、ウサギと化した滝川一益、吸血鬼と化したサラ、そして唯一の生きている人間のくらら。この4人に日の本の未来は託された。
その中で、サラは一番前に出る。
「風が地に着いたらどうなる? 跳ね返るだけだ。跳ね返りだぜ、オレたちァよ」
「その減らず口、今度こそ黙らせてやろう」
信長は一瞬でサラの前に飛び出して拳を振り下ろすが、鬼の剛力を持ってしても刀で受け止めきれず、刃が枯れ枝のようにあっけなく折れてしまった。
「あなやッ、堂々タンカ切ったってのに」
「呆気ないものだ」
無防備になったサラの首元に手刀が振り下ろされるも、銃声とともに信長の腕に穴が開き、動きが止まる。一益の弾丸だ。
「関節の一点を狙ったか。相変わらずの腕前だな、一益。主君を撃つ以外の点は完璧だ」
「親分の皮肉も完璧ですぜ。ほら、おまえも褒めてもらえよ、蘭坊ッ!」
一益のかけ声で、蘭丸も動く。なんのためらいもなく振り下ろす刃の一閃は、残った腕で防御され、これも刃が折れる。
「見事な太刀筋だ、蘭丸」
「僕は先ほど、兄の長可を斬った身。躊躇など、今さらあろうハズがございません」
「どうりでヤツの魂が来ないと思えばな。尊敬していた兄を斬った気分はどうであった?」
「心苦しくも、しかし後悔はありません」
「それこそ成し遂げる者の心構えだ」
信長は防御していた腕を薙ぎ、攻撃に転じる。蘭丸はうしろへ飛び上がって回避するも、顔が握った拳のほんの少し当たっただけで、痛みが襲う。
「死んだというのに痛いとは……。面妖なコトもあるものですね」
顔を拭う蘭丸を中心に、サラたちは集まる。
「おい梟風殿よお、ウワサに違わぬ風を吹かせられねえのかい。嵐もかくやってな具合の」
「ああ、それのコトだがなァ。吹かせらンねェ、風」
「「「えっ……。えええええッ!?」」」
サラが半笑いでさらっと言うと、衝撃が走る。攻防兼ね備わる風がないのでは、勝ち目がない。一気に心細くなった勇者たちの視線はそう言いたげだ。
「吸血鬼になったら、風に嫌われたみてェだな。誤算だったか?」
「そ、そうに決まってるでしょ! もう刀もないんだよ、銃でも傷ひとつない!」
「刀折れ矢尽きるってワケじゃねェ。オレたちァ梟風だろ?」
「サラが風を吹かせられないんじゃ!」
「風は、くららに微笑んだのかもしれねェぜ」
「まさか……。どうやるのさ」
「願え、アイツを倒したいって。それだけでいい。祈りも風も、目に見えねェからこそな」
くららは頷いて、腕を信長へ差し伸ばすと、青い炎の吐息がなびくのが見えた。すぐにサラを見上げると、ニヤリと笑うだけだ。
「話はすんだか?」
信長は残忍さを伺わせないほどに優雅に腕を振ると、至るところから青い炎が吹き出した。熱はない。熱さよりも寒さを感じされる、奇妙な炎だった。
「片腕で風も起こせない梟風など、正真正銘の空虚ではないか。生き恥を晒して晩節を汚す前に、我が引導を渡してやろう」
「いいや……、満たされている。風が鳴り止んだからなァ。オレに空いた風穴は、やっと塞がれた」
「敵を前にして、なぜおだやかに笑える。戦いはまだ続いているのだぞッ」
青い炎は四方八方から弧を描き、意思を持つようにサラたちに襲いかかる。それでもサラは表情を変えず、微動だにしない。避ける必要などなかった。くららが呼び起こす風を信じているからだ。
「氷漬けになって、永遠の時を過ごすがいいッ!」
「させないッ!」
くららは両手を合わせる。すると一瞬の風が吹くと、ろうそくの火を吐息で消すように簡単に、跡形もなく消え去った。これに一番驚いたのはくらら自身だ。
「言ったろ? オレたちは梟風だって」
「……不思議なものだ。梟風よりも、有能な部下よりも、小娘が最大の脅威だったとはな。その血をもって勝利の美酒を、とはいかんな」
視線を下げて一点を見つめる。もうサラなど眼中にない。脅威を取り除くため、手刀を作って肉薄する。
「おっと、危ねえ〜ッ」
「邪魔をするな、梟風ッ!」
「サラッ!?」
サラも立ち向かい、わざとその手刀に突き刺される。かつてその名を武の象徴として轟かせた梟風も、もはや血の流れる盾でしかなかった。
「くらら、風でオレごと貫けェッ!」
「で、できないよッ!」
「その躊躇いが生命取りだッ!」
信長はすぐさまサラの貫通した腹から手を抜いて木っ端を退かすように蹴飛ばし、くららへ再び襲いかかる。
「やらせませんッ!」
「邪魔をするな!」
今度は蘭丸が盾となり、貫かれる。蘭丸に対しては、信長も蹴飛ばしたりはしなかった。
「今度こそ終いだッ!」
信長は手刀を振り下ろすが、しかしまたしてもサラが盾となった。胸に穴が空き、半身が切り裂かれようとしても動くその執念に驚愕する。
「こんなでも動けちまうとはな、吸血鬼ってヤツは……。なあ信長、おまえオレのコト血の流れる盾とか思わなかったか? 甘い、甘い。こちとら梟風だぜ」
残っている左腕で腰の位置にある信長の腕を掴み、動きを止める。吸血鬼の剛力だ。信長でさえ中々引き剥がせない。
「さっきは結果を急ぎすぎたな。次ァよ、風で手足の動きを止めてみろ」
「……わかった」
無惨な姿になったサラを見て、泣きべそをかきながら風を操る。操るといえど、願い、祈るだけだ。ただそれだけで風は、信長の手足を砕く音を発しながら応えてくれた。
「オレよりも使いこなせているかもしンねェな。あとは、だ……。応えてくれるか?」
「ううん。風は、信長の首を落としてくれない」
「ああ、だよな。オレのときもそうだったからなァ。思い返せば、風でトドメは直接差してねェしな」
「じゃあどうするの!?」
一益はピョンと跳ねながらくららの下へ近づき、銃を差し出す。
「だったら、コイツしかねえな」
「一益さんが撃っても……」
「嬢ちゃんが撃てば違うかもしれねェ。そう言いたいんだろ、梟風殿?」
「そういうコトだ」
サラの言葉を信じ、くららは一益から銃を受け取る。使いかたはわかっている。後は――サラを助けるために、火を放つだけ。風で木の葉を呼び、摩擦で火縄に火をつける。準備はできた。後は回り込んで引き鉄を引く、それだけ。
「サラを放せッ!」
「なんの光かッ!?」
引き鉄を引く瞬間、ほんの一瞬だけ、くららから銀色の光が放たれた。火を吹いて放たれた銀色の軌跡は、信長を貫いた。
「効いたぞッ!」
「ぐう……このッ!」
信長は力尽きかけたサラの手を引き剥がし、紙屑を捨てるように乱暴に投げ、くららへ肉薄する。動きは遅いが、くららを守れるものは、もういない。
「たかがニンゲン風情にッ! 負けるハズがあるものか!」
信長はくららに手刀を振り下ろされる、そのときだった。なんの偶然か、あるいは奇跡というべきか――信長の顔に、大きな葉っぱが2枚へばりついた。目を凝らすと、見覚えのある絵が描かれてあった。
「餓鬼さん、頼重さん、みんな。そして、サラ。守ってくれてありがとう。おかげで、わたしは……」
葉っぱのおかげで大きな隙ができた。すぐさま信長の攻撃を回避し、再び銃を構える。撃つべきは胸。狙いを定め、火を放つ。
「なぜだ。なぜ邪魔ばかり入る……」
見事、命中。信長は倒れると、身体中から黒いもやが散り散りに飛ぶと、元の姿へと戻った。
「お母ちゃん、お父ちゃん。わたし、やったよ」
疲労と念願を果たし、くららも倒れ込む。それと同時に、くららの中に風が吹いた。勝利だけでは、まだ満たされない。満たされるには、まだ。




