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第43話 天にも昇る想い



 くららの生命の危機を救ったのは、蘭丸とともに追っていたウサギだった。どこかへ急ぐマヌケそうな印象から一転、銃を構えたその姿は、まるで別人ならぬ別ウサギだ。



「てめえ、なんのマネだ一益ッ!」



「黙ってろよ長可。おかしな姿になっても、銃のウデは落ちちゃいねえ。今度はおめえの眉間にその臭え口よりデケェ風穴空けてやろうか?」



 そのウサギの正体が、皮肉にもかつて伊賀を襲ったひとりでもある、滝川一益だ。一益は長可に銃を向けて牽制しながら、蘭丸にかばわれているくららにつぶらな瞳を向ける。



「頭打ったおかげでよ、おれが誰なのかを思い出せたぜ。よくここまで導いてくれたな、ありがとうよ。嬢ちゃん、蘭坊」



 感謝を伝えると、頭を下げた。ピンと伸びた耳も同じくお辞儀する。



「それと……、すまなかった。嬢ちゃん、アンタ伊賀の生まれなんだってな。たしかに長可が言ったとおりだ。おれも伊賀へ侵攻し、そして火を放った」



「おい、なに言ってんだッ!」



 怒鳴ったのは長可だ。



「武士が謝るのか? ちゃんちゃらおかしいぜ、おい! 謝る義理なんざねえだろ、役目を果たしたまでだ!」



「おまえは黙ってろッ! 今のおれは武士じゃねえ、ウサギさんだッ!」



 放たれた弾丸は長可の片足を貫き、その巨躯は膝から崩れた。



「課せられた仕事とはいえ、言い訳はない。赦してくれとは言わねえ。憎けりゃこの場で刺してくれても構わない。嬢ちゃんにゃ、その資格がある」



 くららは一益に歩み寄る。その手には、なにも握られていない。怒りも憎しみも、抱えていない。



「ううん。……赦すよ」



「赦してもらっても、いいのかい?」



「幽斎さん、与次さん、蘭丸さん。信長の家臣にもいい人はたくさんいるコトもわかったから。今しがた助けてもらったのに、仇討ちはできない」



 くららはチカラなく微笑む。



「それに、そんなかわいらしい姿じゃ、気持ちも削がれちゃうよ」



「……すまねえ、すまねえな。嬢ちゃん」



 一益の瞳から、涙がひと粒こぼれた。その傍らで、獣のような咆哮が上がる。長可だ。風穴の空いた片足を引きずり、やっと立ち上がる。



「とんだ茶番事だッ! 主のために働くのが武士の誉れだろうに、なにを絆されてやがる!」



「反省できねえのか? 所詮、おれたちは死んだ身。死んだら元の身分なんざ関係ねえよ。おまえそんなだから信濃衆を纏められなかったんじゃねえのか」



「この、腰抜けどもがあああッ!」



「図星か。暴れるにしたって、その手でご自慢の人間無骨は振えねえだろ?」



 なんと長可は、両の手のひらに空いた風穴に槍の柄を通し、チカラを込めて固定する。顔のそばにある十字槍の穂先はまるで牙の生えた獣だ。



「俺自身が……人間無骨になりゃいい」



「大した付け焼き刃だよ」



 そんな姿に、一益は心の底から軽蔑した。かつて共闘した記憶も、どこかへやりたいくらいだった。



「殺しても殺しても、殺し足りねえくらいに殺してやるッ! 梟風の弟子!」



「おまえを赦すつもりはない。蘭丸さん、退いてて」



「……わかりました」



 サラから教えてもらった、自分を守るためのチカラ。相手はもう話が通用しない、心失き亡者。今こそ、チカラを振るうとき。蘭丸はなにかを決意したような眼光をたたえ、くららの前から退いた。



「弱えヤツが悪いんだッ。女子供なんざ、おとなしく俺の誉れの一部分になりゃいいんだよッ!」



 長可の手に挿した槍は振るえず、イノシシのように突撃し、その穂先を刺すしかできない。しかし槍だけを気にしていたら、きっと足も出てくる。もし蹴りを入れられたらひとたまりもない。回避に専念だ。



「強さこそが正しいッ! ずっとやってきたコトだ。おまえなんぞ!」



「いい言葉ね。心底、どうでもいいって意味だけれど」



「女如きが俺に口をきくなあああッ!」



 追いかけてくる長可に、ひたすら避けるくらら。茶が載った机までびっくり返し、追ってくる。逆上しているようだ。そこにくららは、小石を拾い上げて長可の顔に当てる。



「女如き」



 そして長可に向かって指を突き立てた。当然、激怒。いきり立って動かないくららへ猪突猛進する。



「わたしだって怒ってる。おまえなんかより、ずっと、ずっとッ!」



「嬢ちゃん、叫びてえなら助力するぜ」



「じゃあ、それ貸して。使いかたは与次さんから教えてもらった」



「あいつ、なに吹き込んでんだ」



 くららは一益から銃を受け取る。既に火蓋は切られていた。狙うは足。落ち着いて、呼吸を乱さず、引き鉄を引いた。銃声など気にならないほどの強い反動で身体が吹き飛びそうになるも、なんとか堪える。



 濃い硝煙のにおいがする煙の向こうで、長可は倒し込んでいた。



「サラの右腕なら、この程度」



「なるほど、いい腕だ」



 くららは一益に銃を返した。両足に穴が空いたにも関わらず、長可はふらつきながらも立ち上がる。生命が終わるまで戦うコトをやめない。それが鬼武蔵と呼ばれ、恐れられた男の矜持だった。



「倒れるものか。もう一度死んでたまるものか。俺は鬼と恐れられた森長可だぞ」



「……もう、やめてください。兄さん」



 蘭丸がくららと一益の前に立ちはだかり、もはや狂気に囚われた兄に慈愛の眼差しを向ける。



「あなたも僕も、一度死んだ。もういいでしょう。もう、休みましょう」



「ラン、おまえ」



「あってはなりません。死んだ人間が、生きている人間を追い詰め、殺そうとするなど」



「甘っちょろいコトを言うなッ!」



 長可は兄らしく一喝した。



「休むだと? 休んでたまるかッ。俺から殺しを奪ったら、なにもなくなる。空っぽだ!」



「兄さん」



「俺を満たすのは、戦だけなんだよッ!」



「……もう、いいのですよ」



 蘭丸はやさしく長可の胸を撫で、そして右の脇腹を刺した。くららが持っていた長可の血を吸った脇差だ。血は止めどなくこぼれ落ちる。



「ラン、なあ」



「殺しでしか満たせない器など、穴が空いて然るべきでしょう。死んだというのに」



「おめえはよお、だから甘いんだッ。これで勝ったって思うコトがよ!」



 長可は蘭丸の頭を鷲掴みして、握り潰そうとするも、銃声。眉間から血を噴き出し、前のめりになって倒れ込んだ。



「一益さん、ありがとうございました」



 息が止まったのを確認して、蘭丸は一益に頭を下げた。



「気に病む必要はねえよ、蘭坊。兄弟間での殺し合いなんざ、当たり前の世の中でな」



「しかし、僕は……」



「なんであいつは空っぽだったんだろうな。どうしてそこまで戦いに取り憑かれたのやら、死んだ側が」



 蘭丸はなにも答えられなかった。



「まあ、世の中がおかしいってコトにしておくか。こうして甦ってるワケだしな」



「……そのおかしさを正すために、信長を倒さなきゃ」



 くららが指を差した先の、なにもなかった空間から扉が現れた。



「なんだいこりゃ。長可の死がカギだったってコトかい」



「先へ行きましょう。ウサギさんも、信長のところへ?」



「まあな。借りがあってね、生前、戦の褒美のハズだった茶器をもらってねえんだ。それだけだ」



「武士って人たちはお茶が好きなのに、なんで戦いも好きなの? 戦前にお茶でも飲んで落ち着けばいいのに」



「さあな。おれはウサギさんだから忘れちまったよ」



「ズルいウサギさん」



「とにかく行こうぜ、嬢ちゃん、蘭坊。あの扉の向こうへ」



 くららは取手らしき丸いものを握ったが、なにも起こらない。こんな扉を開けたコトがなかった。上目遣いで蘭丸に助けを求めた。



「うーん? (よれ)ると少し回りますが、どうするんだろう?」



 押してもダメだったが、引くと扉が開いた。中を覗くと真っ暗な空間の中に階段がある。くららたちは互いに頷き合い、それを昇った。40段ほど昇ると、木々も草もない、岩しか見当たらない荒野に出た。空を見上げると星がきれいだった。



「なにココ? 次はなにが――」



 そのときだった。理解が及ぶ間もなく光が降り注ぎ、くららたちを照らす。目がくらんでいると、身体が宙に浮き始めた。



「な、なにコレ!? 降ろして!」



「焦るな、嬢ちゃん。きっとこれが正しい道なんだ」



「くららさん、僕たちも着いています。安心してください」



 星が近づく度に、視界が明るくなる。雲よりも白く、雪よりも白い視界の先になにがあるのだろう。身体が暖まり、おだやかな気持ちになる。



「サラ、また会えるんだよね?」



 それでも安らぎと心細さが感情がぐちゃぐちゃになり、涙がひと粒流れた。会いたいその人の姿を想い、目をつむると、いつでも思い返せる。



「きっと、きっと……」



 静かな時間が流れたと思えば一転、バカリとなにかが開く音がした。隙間風が吹く音もする。震えるほどの寒さにくららは目を覚ました。



「ここはどこ……?」



 どこかの建物の中だ。周りを見渡していると、傍らで蘭丸と一益が感慨深くつぶやく。



「懐かしいですね、一益さん」



「ああ。着いたぜ、嬢ちゃん。おれたちの向かうべき場所――安土城へ」



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