表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/49

第42話 乾く心

  山城国・京の町 ──




 幽斎と与次のふたりは、いよいよ町中にまで現れた亡霊を斬り倒しながら京を駆け、太閤が滞在する北野の境内、そのとある寺へとたどり着いた。



「太閤殿下、お話しがあります!」



 幽斎は見張りを退かし、無理にでも太閤に謁見する。続いて与次も何度も頭を下げながら障子を開けた。



「拙者は思うのです、今こそ開催すべきときだと。各国の大名がこの京に集まっている今でございます!」



 太閤は訝しげに首を傾げ、禿げ上がった頭をかいた。



「この騒動の原因は……、お気づきだと思われます。光秀めに討たれ、そして甦った織田信長様その人でございます。報告によると、天空にそびえる城に座し、そこからあの暗き亡霊を召していると」



「んでも、なんでそんな結論になるんや、細川はん。どうして今なんや?」



「拙者は、信長様と戦う者たちから聞きました。今の彼は空虚(うつけ)であると」



 太閤は話を聞きながら、静かに目をつむった。



空虚(うつけ)ならば、その中に注がねばなりませぬ」



「注がねば、ってなにを?」



 与次が幽斎の顔を覗くと、幽斎は深呼吸して頷いた。



「かつてあった心を、茶の湯にて」



「心をね……えっ、茶の湯?」



「各々が茶器を持ち寄り、茶の湯をすする。信長様も思わず参加したいと仰るような盛大なものにして、信長様の心を満たすのです」



 太閤はニヤリと口角を上げた。嘲笑ではなく、信長との思い出がまぶたの裏に甦ったのもあり、単に面白いと思ったからだ。



「この北野の森にて、大名も町民も身分問わず招き入れ、平和で開かれた茶会を、今こそ!」



 太閤は目を開き、天下を獲った男の挑戦的な笑みを浮かべたまま、首を縦に振った。燃え上がるような目と目が合う。意見は一致した。



「始めましょう――北野大茶湯をッ!」





* * *





「ち、茶会!?」



 くららは思わず声を上げた。この立派な庭園に湯気が上がった茶の湯の組み合わせはわかる。



 ただ驚いたのは、巨大な槍の穂先にウサギを引っ掛けて喜んでいる粗暴な大男――森長可がそう言ったからだ。この男が儚げに咲く花のような蘭丸の兄だと言うのだから、なにもかも意外だ。



「そうでした、兄さんは茶の湯がお好きでしたね。降参した大将格の茶器を収集していたり……、懐かしいなあ」



 蘭丸は人懐っこい顔で微笑む。いつの間にか、幽斎の小姓の姿ではなくなって、とんでもない容姿を誇る少年の顔になっていた。



「おう。甦ったらまずしたいコト、それは戦いか茶を飲むコトよ! ほら見ろ、このおかしなウサギを鍋にぶち込んでよ、贅沢しようや!」



「いや、その、言いにくいのですが。実は僕ら、このウサギに用があって。生かして帰してほしいのです」



「生きたウサギに用があるなんざ、もっとおかしいな。んでそこのデコっぱちは? まだ生きてるだろ」



 くららはデコっぱち呼ばわりにムッとしながらも、平静を保った。



「わたしはくらら。言えるコトはそれだけ」



「ふうん。それじゃあ、くらら。俺とひとつ取り引きしようじゃねえか」



「取り引き?」



「ああ。このウサギは返すから、その代わりに俺と戦え」



 蘭丸は慌ててくららと長可の間に入った。



「兄さん、それはダメです! お願いです、どうか!」



「別に殺すつもりはねえよ。それにこんなトコにいるんだ、この小娘もタダモンじゃねえだろうし、獲物は先に捕まえた俺のモンだ」



 長可は自慢げに穂先にかかったウサギを見上げると、なにかもごもご言っているふうに聞こえた。



「急がなきゃ……パーティーに遅れる」



「ウサギが喋っとる……!」



 自慢げな視線は一瞬で驚きに変わった。そしてすぐに素に戻った。



「ぱーていがなんのコトかは知らんが、とにかく俺のモンだ。煮るなり焼くなりして食ってやる!」



 そのとき、長可は目を見開き、ウサギをジッと見つめた。ほどなくして口角を上げ、またくららのほうを見る。



「さて、どうする?」



「……やろう」



 くららは一歩前に出た。



「そうこなくてはなあ!」



 長可は回の字机を蹴り上げるときれいに削れ、コの字机になった。槍を片手にくららのそばに寄ってくる。近づくほどに獣性すら感じさせる獰猛な意志を感じる。まるで檻から放たれたトラだ。



 蘭丸はゴクリと生唾を飲み込み、叫ぶ。



「くららさんも考え直して! 死んでしまいます!」



「一回死んだヤツに負けない。それにこんなトコで足止めされちゃ、サラに会えないッ!」



「はッ! 言うねえ、気に入った!」



 うれしそうにくららの目の前に、様々な刃渡りの刀を数本投げる。抜き身の刃の輝きは、素人目でもわかる業物だ。



「覚悟はいいかい、デコっぱち」



「くららって言ったでしょう?」



 長可の視線を外さないまま脇差を掴むと、他の刀は砂に埋もれていった。



「それじゃあ、お手並み拝見!」



 長可はウサギをうしろへ放り投げると、槍を構え、くららを突く。しかしくららは恐れない。向かってくる巨大な穂先を踏みつけ、枝刃を蹴り、長可の喉元に得物を振るう。



「おいおい、マジか! やるねえ!」



 長可はすぐさま自慢の槍を手放し、両手でくららの刃を握りしめ、攻撃を止めた。宙で止められるなど、声を出さないまでも予想外だった。刀身から鍔を経て柄へ、長可の血がくららの手へかかる。



 ガッシリと、まるで巌に刺さったように離さない。反撃に転じられないよう、くららも脇差を手放し、その柄を蹴り上げ距離をとった。



「攻撃から伝わってきたぜ……。おまえ、伊賀の生まれにして、あの梟風の弟子かよ。タダモンじゃねえと思いきゃあ、どうりでその身のこなし、熟達の忍びだな!」



「伊賀の、生まれ……!?」



 長可はカッと目を見開き、瞳を輝かせる。その早口にまくし立てる様に、蘭丸には嫌な予感がよぎった。



「梟風ってヤツは、やっぱ強えんだよな? 稲生や村木砦で暴れ回ってたってのを、信長の親分や親父から聞いたからなあ」



「に、兄さん。冷静になって」



「憎しみも伝わってきた。わかるぜ、あの地獄のような伊賀攻めでよく生き残ったモンだ。親分も憎けりゃ、家臣の俺たちも憎かろう」



「くららさん耳を貸さないで、挑発しているッ! 兄さんはただ戦いたいだけだッ!」



 くららは脇差をより強く握りしめた。手に付着した長可の血は、柄が吸い、刀身が赤く光る。



「ひとつ教えてやろう、デコっぱち。どういうワケかあのウサギ、間違いねえ。生前に伊賀攻めに参加している。おまえの親や隣人の仇かもしれねえぞ」



 あのときに見た炎が頭によぎる。生命、家族、居場所、安寧、暮らし。全てを焼く炎、炎。失われたモノはもう戻らない。そのハズなのに。



「そのハズなのに――なんでおまえらみたいなヤツが甦るんだッ!」



 笑う長可が構えた槍に、くららは赫怒に任せ何度も刃を打ちつける。



「人を殺さなきゃ示せないヤツが! 死ぬコトでしか残せないヤツがッ!」



「笑わせるなよ、おまえの振るう剣はなんだ!?」



「わたしだって戦いたくなんかない! 怒りたくなんかない! でも、おまえが、おまえたちがッ!」



「憎いか!?」



「決まってるッ!」



「だろうな!」



 直情的なくららの攻撃は、あまりにもまっすぐだった。長可は簡単にくららの得物を単純な腕力で弾き飛ばす。



「憎しみに囚われながら無力感に苛まれるのもつらいだろ? この俺が楽にしてやろうか?」



 穂先がくららの喉元に光るが、なおもその眼光に怒りは尽きない。



「梟風も俺たちと変わらねえだろうよ、殺しでしか己を示せないのはな。まあせいぜい祈れよ、極楽があるコトを。俺は行けなかったけどな!」



 長可はその丸太のような腕に力を入れる。蘭丸はくららのそばへ走り出した。



「殺さないって言ったハズでは!」



「ウソに決まってんだろ!」



 そのときだった。ふたつの銃声が鳴り響くと同時に、長可の槍が地へと落ちた。突然の痛み、今この瞬間に撃たれたに違いない。両の手のひらを見ると、覗けるくらいの小さな穴が空いていた。



「他にもいるのか!? まさか梟風か!?」



「そんなワケがないだろう……。なあ、長可。おまえいっぺん死んだってのに調子に乗りすぎだぜ」



 聞いたコトのある声。それの方向へと振り向くと、煙を吐く銃を構えたウサギがいた。その面構えはまさに、百戦錬磨の逸物だった。蘭丸はくららの前に立ちはだかりながら、叫んだ。



「あなたは、やっぱり!」



「よう、蘭坊。滝川一益(たきかわ かずます)、ここに見参だぜ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ