第41話 信頼の歩み
山城国・京の町 ――
「やっぱ京もか、この異変は起こっとるんはな!」
太閤から招かれ堺を発った長谷川与次は、真っ暗な亡霊に逃げながら、なんとか京の町にたどり着いた。それはいいが、肝心の出入り口の門扉が閉ざされている。
「おーい、ボクや、与次や! ちょう開けてくれ!」
「ややっ、これは長谷川様!」
馬から降りて大声を上げると、町内の物見櫓から見張りが顔を出す。
「よくぞご無事で! ささっ、早くお入りください!」
「道中、ホンマ焦ったわ。何人斬ったかもわからんわ。ったく、なんなんや。あの用事はまだやからゆっくり行けばええかって思っとったら、急に空が赤くなって――」
「ああっ! うしろうしろ!」
「そう、コイツなッ! この真っ黒のっぺらぼう!」
いつの間にか亡霊が列になって現れた。与次は振り向き様に刀を抜き、亡霊の振り下ろした刀を受け、すぐさま斬り返して反撃する。
「こりゃええわ、堀があるんで一列でかかってきて。いやあ、やりやすい。どや、歳の割にゃボクもまだまだやるやろ?」
「門が開きました、お入りください!」
「コイツら片づけたらな! 入ったったら堪忍やで!」
先に馬を町に入れると、目に入った亡霊をすべて斬り伏せてから町に入った。すぐに門扉は閉まる。
「やれやれ、この程度でつかれるとはさびしいモンや」
「助力は不要でしたかな?」
「ボクが意地っ張りなの、知っとるくせに」
膝に手をついて息を整えながら顔を上げると、細川幽斎が立っていた。不気味に静まり返った京に、低い声がより際立つ。
「細川はん。これ、御館様の仕業やろ?」
「間違いないでしょう」
「ボクの夢枕に立ったときは、あんなにやさしげやったのになあ。神仏の解放とやらを、こんな方法で……」
「おそらく梟風殿とくらら殿も、遠くでこの異変に立ち向かっているハズです。彼らの無事を祈り、そして異変の終息を信じましょう」
「梟風はんはともかく、デコちゃんは無事なんかな。ボクらにもできるコトはなんかあらへんかな?」
「ところで長谷川殿は、なぜここへ?」
「そらもうアレよ。異変前に太閤様がお招きしてくださったんでな」
「それですぞ、長谷川殿。我々のできるコトというのは」
「えっ、ウソやろ? こんな状況でやるっちゅうんかいな!?」
「ええ、こんなときだからこそ我々の思いを信長様へ伝えるのです。行きましょう、太閤殿下のお傍へ! 馬をお借りしますぞ!」
「細川はん、なにを考えて……いやボクも乗せたってえ!?」
幽斎と与次は太閤の下へ向かう。疾馬と駆けて、一縷の望みをかけて。
* * *
「また景色が変わった……?」
懐中時計を持つウサギを追うくららと蘭丸。ふたりを待ち構えるのは、水底に落ちたコトすらすぐに忘れるくらいの驚きの連続だ。
暗い洞窟を抜けたと思えば、今度は建物の中だ。畳が張られた寺のようだ。本尊らしき大きな仏像の手前の台には、握り飯と湯呑みに入った赤い液体と、その下に文字の書かれた紙がある。蘭丸はそれを読んだ。
「えーと、『求める者は食べよ、飲めよ』……ですって」
「怪しい……。でも、悩んで止まってる場合じゃない!」
くららはなんの躊躇もなく、握り飯を食べた。するとどうだろうか、本尊の仏像よりも大きくなった。勢いそのままに天井に頭を打ちつけた。
「な、なんなのこれー!?」
「く、くららさん。これを飲んで!」
蘭丸は声の大きさに怯みつつ、赤い液体の入った湯呑みをくららに渡す。まるでアリを摘むように湯呑みを持ち、ゴクリと飲みこむ。すると打って変わって、みるみるうちに身体が縮んだ。仏像を見上げるほどだ。くららはもう驚かない。
「さあ、これでどうするの!?」
「あっ、くららさん。紙の文字が変わりましたよ」
「ちょっとうるさいです!」
「いや理不尽!?」
蘭丸は咳払いして、声量を落とす。
「えーと、『信頼している者の名を呼び、告白せよ』と。告白とはなんでしょう? 字面的に、つまりなぜ信頼してるってコトを言うのでしょうか?」
「信頼してる人……」
そう聞いて、頭の中にはサラしかいない。そんなの、淀みなく言える。くららは台の上に載った。
「わたしの信頼してる人は、サラ。禅院サラ。山賊の吸血鬼に襲われそうになったところを助けてくれて、そこからわたしの人生は変わった。もちろん、いい方向に」
蘭丸は内容が気になって、跪きながら小さくなったくららの話に聞き耳を立てている。
「出会ってから、サラはいろんなコトを教えてくれた。戦いかたも、おいしい食べ物も。……誰かといるときに安心するコトも、改めて」
「それで、それで?」
蘭丸は食い気味に相槌を入れるも、くららは聞いていない。
「わたしはサラのそばにいたい。なのに、サラはわたしを突き放した。右腕って言ってくれたのに」
「右腕!? 梟風の!?」
「……会いたい。会って話したい! ずっと、もっとそばにいたい! わたしは恩を返せてないのに、これでお別れなんてイヤなんだッ!」
「なんて、なんて尊い関係なんだ……」
「だから……、誰でもいいから道を示して! お願い!」
くららはお辞儀をすると、仏像がゆっくりと動き出した。蘭丸はすぐさま立ち上がり、小さくなったくららを手のひらの上に乗せる。
「また紙が……。『その願い、聞き届けたり』ですって!」
仏像は立ち上がってからうしろに振り返ると急に走り出し、指で輪っかを作っていた手を握り締め、キツネが描かれた壁をまっすぐ殴り抜いた。轟音とともに穴が空き、その先から光が漏れる。
「意外とチカラ技で解決かァ〜」
「ああ、お稲荷様が……」
蘭丸とくららがぽつりとつぶやくと、どこからともなくあのウサギがやってきて、壊れた壁の前でぴょこんと飛び跳ねた。
「やったぜ、これで先に進めるぞっ。キツネに睨まれちゃよ、ウサギのおれは食われちまうって思ってビビって動けなかったかんな。おっと、急げ急げ!」
相変わらずのひとり言を並べながら、ウサギは光の中に消えていった。
「わたしたちも行こう……って、元に戻れないのかな?」
「どうやら戻れるようですよ」
蘭丸は紙をまじまじ見ながら、くららを床に下ろすと、仏像がパンと手を叩く。するとくららの目が蘭丸と合った。
「戻れたね。ありがとうございました、仏様!」
「おお、『がんばりたまえ』と。仏様に励まされてしまえば、あきらめるワケにはいきませんね。それに僕個人としても応援していますよ、梟風との再会を」
「ありがとう。頼りにしてます、蘭丸さん」
「仏様には敵いませんけどね。では先に進みましょうか」
ふたりも光の先に進む。ずっとよくわからない場所ではあるけれど、殊更に理解に苦しむ場所に出た。
今度は土塀に囲まれた庭園だ。海のように広がり、波が打っているようにも見える砂が敷き詰められ、そびえ立つ山のような存在感を放つ岩に、柳の木が数本立っている。空は気持ちのいい青空だ。
「立派な庭園ですね。しかし穴の中を通ったというのに、青空なんてヘンだなあ。幽霊の僕が言うのもヘンですが」
「幽斎さんのトコみたい」
「もう、驚くほどではないですか?」
「ううん、ホントはドキドキしてる。でも、止まっていられないから!」
感心していると、突然岩が真っ二つに割れ、そこから煙とともに笑い声がこだまする。くららは身構えるが、蘭丸は首を傾げた。
「なんかこの高笑い、聞いたコトあるような……」
煙が晴れると、出てきたモノの全貌が明らかになった。まるで回の字のような四角い机に湯呑みと急須が点々と置かれており、真ん中の空洞部分には、男が高笑いしている。
「あっはっはっは! こりゃユカイだ、お客さんがやって来るたぁな」
砂という不安定な足場で、回の字机はグラグラと揺れている。笑う男の印象に引っ張られてか、揺れる湯呑みも急須もケタケタと笑っているふうに見えた。
「やっぱりそうだ!」
「ら、蘭丸さんっ。まだ様子を見たほうがいいよ。なんかアイツ危なそうだよ」
「平気ですよ、僕なら。たぶん」
蘭丸はズンズンと男を目がけて歩き、そして叫ぶ。
「兄さん! 僕です!」
男はトラのような目をひん剥いた。
「おめえ、ランじゃねえか!」
「お久しぶりです、兄さん。紹介しますね、くららさん。僕の兄の長可です」
「は、はあ……」
森長可は困惑するくららの顔をジロリと見てから、また破顔する。
「こりゃいいや、俺より先に死んじまった弟に会えるなんて、甦りもいいモンだ!」
「それで兄さんは、なにを?」
「ああ? 見りゃわかるだろ?」
長可は四角い机をバンと叩いた。
「おまえ、茶会に決まってるだろう! 見ろよ、いい獲物も捕まえたからよ!」
そう笑いながら、巨大な十字槍を掲げる。その穂先には、外套が引っかかり宙ぶらりんになっているウサギがもがいていた。




