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第40話 外道の政

  山城国・京の町 ――





 空へ昇る狼煙が危機を伝う。京の町、ひいては畿内、それを超えて日の本全体を悪雲が包み込む。



「ほ、報告ッ。町民たちを外へ出すな!」



「なんぞ、すわ戦か? そんな情報は入っておらぬが……」



「違う! つべこべ言う暇などない、とにかく帝を中心にお守りするのじゃ!」



 情報が広まるにつれ、恐怖も募る。なにせあの織田信長が甦り、ならびに無差別に人を襲う亡霊を引き連れているというのだから。戦う力のない民たちは、震えながら家に閉じこもった。



「……国崩しをなさるか。お変わりになりましたな、信長様」



 細川幽斎は空を見上げる。くもり空のわずかな隙間に鮮やかな水色がある、いつもと変わらない空だ。近江国の方向に分厚い黒雲がかかっていたのを見て、察した。



「様々な将に就き、戦いだらけの日々……。よもや謀殺された将が甦り、この日の本に牙を剥くとは。まったく長生きしてみるものよ」



 苦笑いを浮かべながらひとりごち、空を見上げたまま目をつむった。



「げに恐ろしき執念じゃ。わしは膝をついて手を組み、祈るコトしかできぬか?」



 ふと、息子の妻を思い浮かべる。祈りとは――なんのためにある? 助かりたいため? 人智を超えた異常事態には、ただそれしかできないのか?



「――いや、そんなハズはない。祈るコトなど、誰にでもできる。わしはわしの役割を果たすのみ。……手を組んでいては、刀を握れなくもあるしな」



 首を横に振って考え直し、目を開く。空が赤みがかってきた。夕焼けのようなやさしい色合いではなく、まるでゆっくり、ゆっくりと血が滲むような赤だ。



「じゃが……、今だけは祈り、信じよう。あの雲を晴らす風が吹いてくれるコトを。のう、梟風殿、くらら殿」



 幽斎は馬に跨り、静まり返った京の町を駆ける。目指すはこの町に滞在している太閤の元へ――





* * *





  近江国上空・真安土城 ――





「オラ梟風が来たぜオラァン!?」



 重々しく開いた天守の門を、堂々と潜ったサラ。道場のような広い空間の、その内部にてまず目の前に飛び込んできたのは、壁一面に掲げられた地図だ。敵の気配はない。サラはそれの前へ近づいた。



「なんだよ、留守かァ? 堂々と名乗ったのによォ、おい信長――」



 突然、門が大きな音を立てて、ひとりでに閉まる。サラは飛び上がった。



「おお、たまげた。こんな姿を見られたら、アホみてェに笑われたんだろうな」



 見たコトのない地図だ。青が多く、大小様々な形の島が描かれている。自分がどこにいるのかすらわからないほど大雑把だ。



「まさかこの地図……、日の本に留まらねェのか?」



『ようこそ、梟風。ところでどうだ、この金陀美具足(きんだみぐそく)は。美しかろう』



「えっ、なに?」



 どこかから響いてくる信長の声の言う通り、地図の手前にはたしかに畳の上に金色に輝く具足があった。サラには、だからなんだというハナシだった。



「この地図はなんだァ? 日の本中をさまよい続けてきたが、こんなトコは見たコトねェ」



『これは世界だ。海の向こう、その遥か。俺が手中に収めるべき世界だよ、梟風』



「やっぱそうか。日の本はどこなんだ?」



『見せてやろう、ぜひ驚くがよい』



 金陀美具足が突然、ひとりでにゆっくりと地図のほうを向いたと思えば、金色の細い光を放った。それは東の隅にある、いびつな形の小さな列島を輝かせている。



『見えるか? この光が』



「……ああ、驚いた。こんなに小せェのか、オレたちの故郷は。ふふ……」



『なにがおかしい?』



「こんなトコで、オレたちは争い合ってンだな」



『ああ、小さい。そして海の外は見ての通り、巨大だ。だからこそ国々をひとつにまとめねばならんのだ。そのための日の本の統一。急がねば、いずれ外に飲み込まれてしまう。わかるだろう?』



「昔、(げん)が攻めてきたみてェにか」



『想像してみろ、梟風。今やかつての元のような近くの大陸から攻めてくるのではない。より遠くの海から敵はやってくるのだ』



 サラの背後の無垢床が割れたと思えば、そこから大砲が迫り上がってきた。



『かつて異教に魂を売った大友が振るった兵器、銘を国崩し――いや、仏狼機(フランキ)砲だ。海の外は、このような凄まじい破壊力を持った大砲を拵えている。神の威光などという胡乱なるモノを掲げて!』



 迫り上がってきた仏狼機砲は、再び床下へと戻っていく。サラは口を半開きにしてそれを見送った。



『日の本を守るためには、日の本がより強くあらねばならんッ。異教も仏法すらも必要としないほどに強く! そのために俺は人間をやめたのだッ!』



「ハッ、死に損ないが一丁前にほざく」



『まだ嗤うかッ! すべては俺たちの故郷を守るためだッ!』



「なにが守るだてめェはッ! だったらどうして相棒(くらら)の故郷を焼いた!? 大義のためとは言わせねェぞ!」



『邪魔だった! 伊賀の忍びどもは俺の核心を突き止める寸前だったのだ、死の間際に吸血鬼になり暗躍する計画をな』



「その言いぶんじゃ、光秀の裏切りも知ってたってのか?」



『謀反には慣れていたのでね……、兆候は見えていた』



「……おまえはもう、生きてたときからなにも信じられなかったのか。人すらも、神仏すらも」



 サラは信長を憐れんだ。身に余るほどの大きな猜疑心と、日の本を守るためといいながら様々な者を不幸と陥れる矛盾が同居した吸血鬼に対して、死をもって救わねばと感じた。



「瀬奈たちみてェな日の本に住まう古き神を切り捨て、本能寺で襲撃されると知りながら部下たちを犠牲にして鬼になった……」



『なにが言いたい?』



「おまえにゃ、永遠の生命は耐えられねェってコトさ。勝手な使命感がおまえの虚栄心をすり減らして、勝手に潰れるだろうよ」



『人智を超えたチカラを振るっていたおまえに、なにがわかるかッ!』



「まァ、忘れりゃいい。なにも信じてねンだろ? ただの戯言だ」



『ならば思い知れ、信頼なぞ必要ないというコトを!』



 再び無垢床が開き穴が空いたと思えば、仏狼機砲を抱え、その銃口をサラに向けた唇の分厚い白装束の男が迫り上がってきた。サラはその男を知っていた。かつて信長を裏切り、そして悪名を欲しいままに死んだ荒木村重だ。



「さっきからなんなんだ、この演出。笑かそうとしてンのか?」



『行け。死んでこそ、俺の役に立ってみせろ!』



 仏狼機砲の銃口が青い光を放つ。弾も火薬も詰められていないのに、それでも熱を帯びている。



「自分を裏切った死人を甦らせて、力を見せつけたつもりかよ?」



 やはりというべきか、仏狼機砲から砲弾が放たれた。風は吹いていない。サラは必死に足を動かしてかわすも、背後の壁に着弾。世界地図とともに壁は爆ぜ、散らばる木片が背中に刺さり、もはやボロ切れ同然の着流しに新たな血が滲む。



 痛手は受けた。だが壁に穴が空き、赤い空が筒抜けになる。風が吹いた。



「……ったくよォ、堕ちるトコまでとことん堕ちたな、信長ァ!」



 荒ぶる風は、不可視の刃。サラの怒りとそれは同時に吹き荒び、村重の持つ仏狼機砲はなますのように千々に刻まれた。村重は青白い顔色を変えず、腰に差した刀を抜く。



 サラも右腰に差した刀を抜き、風をまとわせた居合を放つ。村重は刀で受けるも、鋼の刃は空を舞った。すぐさま顔色を変えず柄を投げ捨て、両の拳を握り構える。



『そうだ、武器がないというのは戦わない言い訳にはならんぞ、村重。裏切りの代償は新たな生命をもって償え、この俺のために!』



 そして、走ってきた。



「オレの敵はおまえじゃねェ、おまえの背後にいる卑怯者だッ!」



 サラは四指にまとわせた風の弾丸を村重の両肩両脚に打ち込むと、傷跡がなくとも膝から崩れ落ち、糸の切れた人形のようにピタリと動かなくなった。



「いい技ができた。名づけて『四先当身(よんせんとうしん)』ってトコか」



 サラは村重に寄り、屈む。



「おまえはもう、じゅうぶん戦った。生前こそ外道のクソ野郎だったとしても、死んでなお戦わなくていい」



「感謝、する。梟風……」



 村重が震える声で言葉を紡ぐ。



「ワシは、これで、身も心も、正真正銘の、道端の糞だ。唾棄すべき、穢らわしい汚物だ」



「いや、そこまで言ったつもりじゃ……。ああもう、難しいな、言葉ってよ」



「よい、のだ。動けずこそ、悔い改められる。ワシの、過ちを」



「反省はいいが、赦してくれる相手がいねェってのもつれェだろ。介錯してやろうか?」



「よい、のだ。放っておいて、くれ」



「……苦しむのは勝手だがな」



 サラは村重から離れ、天井を見上げる。回廊になっており、どこに信長がいるのかすらわからないが、常に追い風は吹いている。



『梟風を足止めすらできんか。裏切り者の分際で使いモノにならんな』



「壊し続けて、挙句に死んだヤツから死すら奪いやがって……!」



 サラは飛び上がる。この城のどこかにいる、信長を探し出し、そして止めるために。





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