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第33話 地獄の住人



 霊たちの恨みを氷解させ、再び振り出しに戻った。しかし霧が薄くなった気がする。事態はいい方向へと向かっているハズだ。



『ぐう、こんなハズでは……』



 霧を起こしているであろう黒幕のシワがれた声には、焦りがある。



「高みの見物しやがって。見つけ次第……わかってンだろうな?」



『じゃがのう梟風、お主はワシを見つけられぬよ。ここが夢か現か、それすらもわからぬじゃろう?』



「どっちでもいい。おまえをたたっ斬れればなァ」



『ひえっ、即答……』



 老人の声は明らかに恐れていた。



『ふんっ。まあ、アレじゃ。好きなだけ強がればよい。まだまだワシの攻撃は止まぬぞ?』



 老人の声は気を取り直して喋った後、パンと手のひらを叩くような音がした。すると霧の中から銃声が響く。思わず屈んだ。



『恐ろしかろう? ハチの巣のようにされたくなければ、進まぬべきじゃ』



 ひとりならば、どうせまた幻だろうとタカを括って進めるが、くららを抱えている。もし本当に弾丸が発射されているならば、そう考えると足が止まる。



「……ってかよ、いつまで寝てンだオイくららァ! 起きろ、いいかげん!」



 そうだ、くららが起きていれば、ここまで苦労しないハズだ。抱えているくららを揺さぶるが、苦い顔をしながらも、まだ眠っている。



 未だ夢の中にいるくらら。今、どんな夢を見ているかというと――




* * *




「おい、団子がまだだぞ!」

「茶がこぼれたじゃないかよ!」



「わっ、す、すみませ〜ん!」



 てんてこまいだった。念願の茶屋を開くという夢は、ひとりだけで切り盛りするという、くららにとっては悪夢となっていた。



「サラ〜、サラはどこーっ!?」



 少し前まではサラがいた。失った家族がいた。旅の中で助けてくれた人たちがいた。今は誰もいない。いつの間にやら、いなくなっていたのだ。



 足下に敷かれている畳が回転すると、団子が皿に載って、茶が湯呑みに入って出てくる。それを配膳するだけなのに、とても忙しい。逃げだしたいしたいくらいだった。こんなコトはありえない。夢だ。もう醒めていい。なのに、夢から醒めない。



「さっきまでの幸せはどこ〜っ!?」



 逃げ出せばいいのに、しかし悲しいかな、生粋の責任感の強さからドタドタと店内を駆け回る。目も回る。畳も回って団子と茶を召喚しつづける。



「ひとりじゃムリだよ〜ッ! 誰か助けて〜!」



 心からの願いに、暖簾をくぐるように一筋の光が不自然に差し込んだ。声もする。



『――聞こえますか? くららさん』



 聞くだけで安心できるような、そんな印象の低い声だった。客の怒涛の苦情に混じらず、直に頭の中に響く。



「わたしの名前を……? ど、どちらさまでしょうか?」



『そうですね、ここはサラの友人とでも言っておきましょうか』



「サラの友人……。あっ、もしかして頼重さん?」



『ほう、ご存知とは。サラから聞いていましたか』



 というコトは、この声は味方だ。にしても、サラはずっと他の人に梟風と呼ばれていたけれど……。



『私のコトを話すとは、いやはや』



「わたしも、サラの名前を呼ぶ人に初めて会いました」



『禅院サラの名は、世から忘れ去られて久しいです。しかしあの暴れん坊が年端のいかない娘さんに懐いているのだから、不思議なものですね。彼は相当、あなたに信頼を置いているようだ』



 その言葉に、くららの顔がほころぶ。それが頼重にも面白く映り、イジワルっぽく、もうひとこと。



『まあ、私の次くらいですがねっ』



「むむっ。わたしだって!」



『おっと、意地の張り合いはこれくらいにして……。ここから脱出しましょうか』



「えっ! 教えて、教えてください!」



『落ち着いて、落ち着いて。まずは外へ出ましょう。お仕事をほっぽり投げてください』



「お仕事を!? わかりましたッ!」



 善は急げと、その足は暖簾の掛かっている出入り口に向かう。しかし、客が逃すまいと通せんぼしてきた。



「おい、どこへ行く気だ!」

「茶はまだかえぇ!?」



「もう上げたでしょう!」



 まるで縫い合わせるように人の壁をかい潜り、外に出ると、そこは見知らぬ場所だった。不自然に尖った岩が至るところにそびえ立ち、空が赤い。人の気配もなければ、建物はなにも見えない。



 くららは勢いよく飛び出たが、地獄のような光景に怖気づいて立ち止まると、背後で客が下品な笑い声混じりにうそぶく。



「空っぽになった店はわしがもらっておくが、いいんだな?」



 後戻りができなくなる。そう思うと余計に足が出ない。こんなとき、サラならどうするだろう。……きっと、背後のヤツよりも大きな声で笑い返す。振り向くな。勇気を出せ。声をふり絞れ。



「……もったいないよ。お茶碗は、空っぽだからお茶が淹れられるんだ。泥水を入れるモノじゃない」



「なにが言いたい?」



「アンタたちみたいな人たちが入ると、すぐに汚れて廃れるって意味だ!」



「なにをッ、お客様は神様だぞ!」



「神様? だったらわたしの願いを叶えてよ。わたしのそばから消え失せろッ!」



 くららの切ったタンカに、客は大笑いだ。人間とは思えないほどの甲高い笑い声だ。



「いやー、からかってすまんのー。とてもよい空元気よのー。己にウソをつかんでよいのよ、適度に恐れてもよいよ」



「うるさい!」



「まー、ウソをついていたのはわしらじゃがのー。振り向いてもよいよ。なにもせんからよいよ」



「だからうるさい――」



 イラつきながら、くららは振り向く。するとそこには、手足が痩せ細りながらも顔の大きな鬼が複数いた。背丈は小さく褌一丁。余計に不気味で、醜い。



「おおー、その目じゃのー。この地獄に住まう餓鬼が醜いかえ」



 餓鬼はハゲかかった頭と、でっぷりと出た腹をバリバリと掻きむしる。



「じゃがのー、地獄といっても安心してよいよ。おまえさんは死んでおらんよ、悪夢に閉じ込められているだけよ」



「やっぱり夢……。どこから出られるんだ」



「おまえさんにだけ聞こえる声にのー、従えばよいよ」



 本当にこの餓鬼の言うコトを信じていいのか。もし聞こえてきた頼重の導きもニセモノだったら。それとも、見た目だけで判断してはいけないのか。あれだけ邪魔してきたけれど……、一度だけなら、信じてみよう。



「……うん、わかった」



「物分かりのよい子よのー。ところで行く前にお願いがあってのー、できたらでよいよ。わしらは腹が減っててのー」



 やっぱり鬼は鬼か。きっと、食べる気だ。本性を見せるのか。



「わたしを食べたいのか」



「いやいや、おまえさんは食わんでな、安心してよいよ。ただな、できるならばな、おまえさん、糞尿を漏らしてくれんかのー?」



「ふん……? はあ?」



「わしらはそれしか食えなくてのー。今、もよおしてないかのー?」



「そ、そんなのダメ! ゼッタイにダメ!」



 くららは顔を真っ赤にして横に振る。



「ばっちいよ! ていうか、お茶とお団子食べればいいじゃん!」



「それがのー、口に入れた途端に火になってのー。食えるのは糞尿だけなのよ。餓鬼ってそういうものなのよ」



「でも、だからって……。そんなのダメだよ。どうにかして食べられないかな? 頼重さーん!」



 どうにも放っておけなくて、つい助けてしまいたくなる。それもひとりではムリだから、助けを乞おう。



『面倒見がいいですね、くららさんは。サラだったら蹴り飛ばしていたでしょうが』



「そこは他人は他人ですよ。なんとかできませんか?」



『では、お施餓鬼を施しましょう』



「おセガキ?」



『卒塔婆を立てて、祈るのです。ちなみに卒塔婆というのは、木の板に故人の名前を書くものですが……、代わりに祈りを込めればよいでしょう』



「木の板を立てるといっても……」



 くららは周りを見渡すが、木どころか草も生えていない。水が流れている気配もない不毛な大地だ。かくなるうえはと、くららは再び振り返り、うなずく。



「うん、これしかない」



「おっ、踏ん張ってひり出してくれるのかのー?」



「だから出さないよ!」



「でも今、うんこしかないってのー?」



「言ってないよ! もう、黙って見ててよ、ゼッタイに食べさせてあげるから、お茶とお団子!」



 意を決して、くららは空っぽになった茶屋へと向かう。誰かを癒すための破壊も、きっとある。そう思いながら。




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