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第29話 信じた日々



 高野山の地上から引き離された地下深く、そこには苦悩する門番がいた。信長に授けられた任を果たすため、ひたすら隧道を掘り続けた。それだけだった。永遠の生命は、持て余すものだった。



 サラは信盛の抱える果てしない永遠から、解放したのだ。それはいいのだが、問題が発生した。



「まあ、いい具合に終わったところでよ。穴の先、行き止まりだったよなァ?」



「……そうだよ!」



 右腕らしい活躍ができず、すこし不貞腐れていたくららもハッとした。出会ったとき、信盛は穴を掘り進めていた。赤い花があるというその先へ、もしもまだ掘り途中なら、手詰まりではないか。



「でもそれってさ、信長の計画は全然進んでないってコトじゃない?」



「それは考えづれェな。あの自信満々な態度と、瀬奈が知ってたコトを考えりゃ、どっかに道があるハズだぜ」



「じゃあ、まずはシラミ潰しにここら辺から探すしかないね」



「くららの優れた感覚に期待してるぜ」



「任せてよ」



 サラはくららの代わりに松明を持った。真っ暗な地下に灯るはこれだけ。あえかな光と熱は心細い。だからこそ、感覚は研ぎ澄ませられる。無限にも思える土の壁に耳を当てて、叩く。もし道があるならば、そこは空洞。音が響くハズだ。



 集中するくららを尻目に、サラも黙り込む。にしても、静かすぎた。



「……お、落ち着かない。火も近くにあるし。サラ、なんか喋っててよ」



「こんな退屈なトコで、なんも言うコトねェし。面白ェモンでも埋まってりゃな」



「じゃあさ、サラの話聞かせてよ。昔話だよ。若い頃の話とかさ。えっと、信濃国にいたんだよね。遠くから、なんでここにいるのかとかさ」



「たしかにいい機会だな。聞き耳立てながら、マジメに探してろよ」



「ん! ちょっと待って……」



 叩くと、わずかに音が響く。土の色も、なんだか違う。くららは怪しいと感じた土壁を蹴るとたやすく崩れ、素掘りの道が現れた。



「信盛の掘ってた穴と反対側とはなァ。とすると、もう開通済みってワケか」



 さっそく進もうとすると、くららがなにか言いたげに、上目遣いでサラを見つめてきた。



「……あァ。さすがくららだな。よく気づいたな」



「当然っ」



 くららは鼻を鳴らして、満足げにサラの横について歩き出した。



「長そうだね。ささっ、サラの昔話、聞かせてよ」



「ったく、褒められねェとやる気にならねェのか? まあ、いいや。んじゃよく聞けよ。なにせ大昔だからな、覚えてる限りでだけどよ――」




 * * *




 禅院(ぜいん)サラは信濃国で産まれた。禅院家は元々、足利氏に仕える武士の家系だった。しかし時の父祖、禅院真光(ぜいんさねみつ)が『かるま』という鬼と対峙し、呪われたとき、当時の諏訪氏の大祝(おおほうり)が神職として寄り添った。感服した真光は以後、諏訪神党として仕えたのだ。



 鎌倉幕府の落胤、北条時行を祭り上げてから始まった金刺氏、小笠原氏との激突、諏訪同士の内紛。――数多の戦に身を置いて、幾度とない没落、和睦。複雑怪奇な『外交』を目の当たりにしながら仕え続けた禅院の人間は、主の諏訪氏とともに、呪いとともに生き延び続けた。



 時が流れれば、敵も変わる。世は戦国時代、武士の時代。サラが元服した頃の目下の敵は自国に留まらない。脅威は隣国、甲斐の武田氏だ。これに同盟を結び、側室を送るなど親交を深めていったが、戦乱の世に安定などない。特に、信濃の地には。



 趨勢が変わったのは、天文10年(西暦1541年)。サラが19歳、当時の当主にして大祝、諏訪頼重が25歳の時だ。



「晴信殿が自らの実父を追放した……?」



 その情報を耳にした頼重とサラは耳を疑った。つい先日まで、親子共に戦場を駆けていたというのに。



「そして当主の座を奪いとった、か。頼重様、あの男は危険です。難癖をつけて、いずれここに攻めてくるかもしれません」



「たしかに見過ごせないほどの野心だ。どうしたものかな、サラ。いざというときに、高遠家とも親密にすべきか」



「……なるべく血は、流したくないのでしょう」



「当たり前だ。だが私は神職であると同時に、武士だ。そうも言っていられないよ。こんな世の中だ、守りたいものも守れない」



「せめて手を血で汚すのは、オレに任せてください。呪われた鬼の左目を持つ、このオレに」



 サラは頼重を実の兄のように慕っていた。産まれもった赤い左目は、禅院家に代々受け継がれた呪いの、さらに強いモノ――つまり、呪継者(じゅけいしゃ)の証。そのせいでサラは、市井の人々から忌み嫌われていたが、頼重だけは違った。



「きれいな瞳を、そう卑下するものではないよ。現に呪いなどないじゃないか」



「それも、頼重様の御加護のおかげでございます」



「ふふ、殊勝だな。こうも信頼してくれると私もうれしいよ。安心しろ、おまえの呪いは常に私が守ってみせる」



「ありがたきお言葉。たとえ頼重様にあらゆる不条理が降り注ごうとも、オレが傘となり、お守りします」



「こうもおまえが堅苦しいと、私もやりづらい。昔のように砕いて話してもいいのだぞ? 今はふたりきりなのだから」



「しかし……」



「おっ、これでもダメか。立場をわきまえるほど、おまえも大人になったのだなあ。サラ、これからも共に諏訪を、民を守っていこう」



「はい。共に」



 頼重は神官として、そしてその身に神を宿す現人神として、民と諏訪を守りたかった。しかしサラには、そんなものは二の次だった。最優先事項は頼重、ただひとりだけ。どんなときにも否定せず、寄り添ってくれた頼重こそが一であり、そして全てだった。



 サラには当然、伴侶もいれば、子供もいる。たとえそれらを差し出そうとも、頼重のそばにいられるのなら、それでよかった。



(……頼重をお守りするコトが、諏訪を守るコトに繋がるのならば、嘘偽りはないか)



 神事と外交、その両方を司る頼重をそばで見てきたサラは、せめて戦では少しでも楽をさせようと、必死に武芸を磨き続けた。いつ、その時が訪れてもいいように。



 そしてそれは、案の定すぐに訪れた。翌年の出来事である。間者が青ざめた顔で慌ただしく頼重の下へやってきた。



「頼重様ッ! 武田の軍勢がこちらに向かって来ますッ!」



「ついにか。規模はどれくらいか?」



「およそ、こちらの5倍ほどかと……」



「わかった。下がってよいぞ」



 武田の当主が晴信に変わってから、同盟関係に暗雲が立ち込めていた。



「甲斐の虎が牙を剥いたか。……サラ、私と共に戦ってくれるな?」



「はい。当然でございます」



「今までよりも、厳しい戦いになる。優先すべきは、諏訪の民だ。いいな?」



 サラは黙り込んだ。これは、なんのための戦いか――頼重は、隣国の敵から諏訪の地と民を守るコトだが、サラにとっては、頼重を死なせないための戦にすぎない。



 頼重はサラとはずっといる。故に、その考えもある程度、見透かしていた。食い違わぬように諌めたのだ。



 意図はサラにもわかっていた。同時に、どこかその言葉の裏には、諦めのようなものも感じていた。死への覚悟などではない。



「……あなたを、死なせてなるものか」



 口をついて、沈黙を破るひとこと。頼重はまっすぐサラを見つめた。



「オレたちは、幾度となく修羅場を乗り越えてきた。相手は甲斐を統一した強力な軍、攻勢の経験だって向こうが上です」



「わかっている。負けるつもりで挑むワケがない」



「ではなぜッ! なぜ諦めようとしているのですか!」



「落ち着け、諦観などするワケないよ。いいか、絶対大丈夫だ」



 語気を荒げるサラを諭すように、頼重は微笑む。



「死ぬコトなど恐れていない。諏訪大明神様の御加護を信じられないか?」



「頼重……様ッ」



「サラ、信じろ。私を。おまえも私を信じてくれ。神としてじゃなく、人としてだ」



「……足掻きましょう。徹底的に」



 いくら頼重が大丈夫と言えど、嫌な予感が思考を支配する。迫り来る、最大の敵、最大の戦。



(死ぬのが怖くない……? 違う、怖いのはオレだ。頼重を死なせたくないッ)



 どれだけ考えようとも、それに備えるしかできないのだけど。



 数日経って、武田軍が領地へ到着。戦が始まった。……禅院サラ、失意の果てに全てを失う戦が。



 後に呪いに苛まれる梟風。まだ風は、起こせなかった。



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