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第28話 遠けき空にセミは鳴く



 サラは改めて、信長の脅威を感じた。重臣だったあの佐久間信盛が、暗い土の中で黙々と穴を掘っているとは。死んだと聞いていただけに、余計だ。



 気に入らないのは、日本を征服とか、そういう問題じゃない。あらゆる生命を鬼と化して、生命の在りかたを歪めているコトだ。



「わかってたけど……、戦うんだね」



 くららは既に覚悟を固めているようだ。声色でわかる。信盛は大きな指を伸ばした。



「そこの小娘は?」



「気にすンなよ。俺の右腕だ」



「右腕じゃと? なんとまあ。孤高の存在かと思えば、子守りとはのう。幻滅したぞ、梟風」



 サラは呆れたようにため息をついて、打刀を逆手で構えた。



「舐めンなよ、オレたちァ梟風だぜ」



「オレたち……。たちかあ」



 くららは梟風の名に自分も含まれているコトに、改めてサラの右腕になったのを感じた。



「そうだよ。わたしたちは梟風だ!」



「なーに言ってンだ。あんま調子のンなよ」



「さっそくハシゴ外された!?」



「ならば容赦はせんッ!」



 信盛は大きな拳を振り上げ、そして殴るのは足下だ。目にも止まらぬ速さで両の拳を打ちつけ、足下を掘る。飛び散る土片に気を取られていたら、もう姿がない。



「まるで土蜘蛛だな。まるで人間味がねェじゃねェか」



「どうする?」



「退いてみるか。走るぞ」



 ふたりは来た道を引き返すが、当然、一本道。取れる行動などほんのわずか。土に潜った信盛には、なにをするにも筒抜けのハズだ。だが、それはこちらも同じ。



「くららァ、なにやってるか聞こえるか?」



「回り込んできた!」



「おいおい、オレたちが走ってるよりも掘るほうが速ェとはな」



 ふたりでピタリと止まると、巨大な手が目の前から生えてきた。おそらく足首を掴むためだろうが、空振ると再び手を引っ込めた。



「お侍様の戦いかたじゃない……」



 異様な光景に、くららは皮肉を含めてつぶやいた。それを聞いたサラは鼻で笑う。



「いまさらなに言ってンだ。勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ! 怯まず進めよ、くららァ!」



「うえっ!? 爆竹!?」



 どこからともなく爆竹を取り出し、くららの持っている松明で導火線に火をつけた。そして躊躇なく手の出てきた穴に放り投げた。



 その間に走っていくも、炸裂音はあまり響かなかった。信盛はすぐに土の中に埋めたのだろう。時間稼ぎになり、隧道の入り口へとたどり着いた。



「びっくりしたなあ……。どこから持ってきたの?」



「細けェ話はナシだ。相手は人智を超えた吸血鬼だぜ」



 サラは考える。次の信盛の一手はなにか。最悪を考えよう。手っ取り早く生命を奪うのならば、この穴を崩落させ埋めればいい。どうせ吸血鬼など永遠の生命だ、時間をかければ再び隧道を掘れるだろう。



 こうなれば、逃げるのは難しい。そんなコトをされる前に、斬らねば。わずかに吹く風を、刀に集める。



「くらら、音は聞こえるか?」



「わたしたちの前に出てくる、のかな」



「ほう、正々堂々と戦おうってのか?」



 くららの言った通り、前方から土の中から手が生えてきた後、引っ込めたと思えば跳躍して飛び出してきた。ネコのように軽やかに着地し、サラとくららをジッと見つめる。



 サラはそんな目線に、くららの頬を軽く叩いて讃えた。



「アンタの曲芸、大したモンだ」



「うわっ、ちょっ! なにさ! びっくりするってば!」



「拍手だよ。初めて右手として仕事したンじゃねェか?」



「こんなのってないよー!」



「まあ、それは置いといて。アンタ、えらく殊勝だなァ。オレたちを閉じ込めちまえばよ、すぐに殺せンだろ」



 相変わらずふたりがふざけているように見え、信盛は鼻息でため息をついた。



「驚いたのだよ。久方ぶりじゃぞ、生命の危険を覚えたコトなぞ」



 そう言う信盛の口元には、笑みを浮かべていた。



「笑っちまうだろ。呆れちまうだろ。オレたちァ、こんな日々を送ってたンだぜ」



「シャバはまだ、戦ばかりか」



「なにも変わンねェよ。アンタがこんなになってまだ4、5年程度じゃな」



「そうか……。たかが数年か」



 つぶやく信盛の声は、土の中へ染み入った。



「わしも世の中もなにも変わらんというなら、やはり変えられるのは信長様だけじゃ! ああ、そうじゃともよ!」



 そして突然、自分に言い聞かせるように叫び、再び土の中へと潜る。サラはそんな信盛の態度に違和を覚え、鼻で笑った。



「永遠の生命ってのも、あんまり良いモンじゃねェようだなァ」



 隻腕で刀を握りしめる。振り下ろしても、両腕のときより威力はない。吸血鬼の首を断てるか、どうか。しかし、できると確信した。なぜならば、相手が信盛だからだ。



 ここを崩落させればすぐに仕留められたのに、やらなかった。そもそも不意をつけば楽に勝てたろうに、それもしなかった。理由は明白だ。



「来いよ……来い。引導を渡してやる」



「サラ、下からッ!」



「あいよ」



 くららに言われたとおり、うしろへ一歩下がると、目の前から信盛が飛び出した。サラは僅かな風を刀に纏わせ、振り下ろす。信盛の肥大した腕は宙を舞った。



「隻腕と言えど、さすがは梟風よの。強度が増したハズの、わしの腕をいともたやすく……」



「いやァ、ちげェよ。アンタに意思がねェからだ」



「なんだと?」



「生きる意思だよ。アンタ自身が一番わかっているハズだぜ」



「たわけがッ。わしのなにをわかったつもりじゃ!」



 信盛は切断された腕を掴み取り、棍棒のように振り下ろす。サラも刀で受けた。世にも珍しい、刀と腕の鍔迫り合いだ。



「地下に居続ける孤独に参っちまうのも、時間の問題か?」



「ええい、黙れッ! わしは信長様のために……ご期待に添えるよう尽力するのみ!」



「ああ、そうだなァ。それしかできねェからムキになってンだろ」



「なにが言いたいッ!」



「うれしいンだろ。オレたちが来て。久々に他人と話せるから? いいや、違う。死が訪れようとしているからだ。討死にという、名誉の死。もっと言えば、『仕方のない死』がなァ」



 核心を突かれたように、信盛の腕を振るう腕が止まった。サラはその隙を見逃さず、すぐさま残った腕を斬る。両腕の失くなった信盛は膝をついた。



「なぜわかった? わしがそれを自覚したのは、爆竹を放り込まれた、たった今じゃ」



「笑ってたじゃねェか」



「……まったく皮肉なものよ。討死にを拒んで逃げた先で、討死にを望むとはな」



 信盛は下を向く。掘った穴よりも深い、ずっと下を。



「隧道を掘る任に就いて、すぐに見つけた。セミじゃ。土の底に、セミがおったのよ。幼虫が。夏の間だけしかおらんのに、それだけしか鳴かんまでに、どれだけの時間を要するのじゃろうなあ」



「まだ、そこにいるのか?」



「ああ。ひと季節鳴くために土の中に我慢できる生命に、わしは敬意を覚えていた」



「未来のある生命だ。たかがムシケラひとつ、バカにできたモンじゃねェな」



「……なあ、梟風。信長様の野望の果てに、なにが待つと思う?」



「そりゃあ、アレだろ」



 サラは刀を握りしめたまま、頭をかいて答えた。



「夜しか生きられねェ連中が増えちまえば、そのうち白昼に海の外から敵が来て支配されるンじゃねェか? まっ、そんなマネはオレがさせねェけどな」



「生命は、太陽の下で生きてこそだと思うか?」



 信盛の赤い瞳は、くららに向いていた。くららは凛として頷いた。



「ああ、わしもそう思う。気づいたのよ。人を失って、ようやくな」



 そうつぶやいて、信盛は静かに首を差し出した。



「やれ、梟風」



「余生は満喫したか?」



「ああ。もう、じゅうぶんに」



「そうかい」



 サラは切先を垂れた首に当てる。



「最期に言いてェコトは?」



「信長様……、申し訳ありません」



「殊勝だなァ。……じゃあな、かつての忠臣よ、永遠に囚われた魂よ。しからば」



 サラが刃を振り上げたとき、信盛は思い出した。いつの日か信長に招かれた、夏の日の茶会。汗ばむ陽気と青空に溶け込むセミの声。戦に身を置いていながらも、おだやかで尊い時間だった。



「ああ。あの夏のセミも、土の中から出てきたのだな。長い長い、時間をかけて――」



 微笑んだ口元は地に着くと、すぐに跡形もなく消え去った。身体も同様に。サラは残心のち、納刀。ふうっと息をついた。



 土の中に、誰もいない沈黙だけが残った。



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