第25話 新たなる決意
予期していなかった、吸血鬼と化した信長との遭遇、そして対峙。これにより、一晩で色々なものを失った。くららに着物をくれた恩人も、利き腕も。
だが、それでも夜は明ける。サラとくららのふたりは、決意を新たに再び旅立つ。西高野街道を歩き、目指すは高野山。――人を吸血鬼に変えるという、赤い花。その手がかりを求めて。
「やれやれ。片腕失くしちまうと、こんなに歩きづらいたァな」
その道中、サラは珍しく弱音を吐いていた。街道はなだらかな上り坂。平衡感覚が未だに慣れないので、すぐに疲労が溜まるのだ。
「サラ、休む?」
「そうすっか。ちょうど一里塚過ぎてキリもいいしな」
くららに促され、ふたりは街道の傍にある茶屋の暖簾を潜り、座り込む。店内は空いていた。
「ふう、よっこらせと」
くららは、今までになかった雰囲気に違和を感じていた。サラがよっこらせ、なんて言うだなんて。元気もなさそう。黙っていられず、なんとか話題を切り出した。
「向かいにあるお寺、立派だね。寺といえばさ、与次さんすごい驚いてたね」
「ありゃ面白かったなァ」
敗走した。間違いなく完敗だった。みじめなものだった。サラのそんな感情は、やっとの思いで与次の下へ帰ると、すぐに払拭されたのだ。
『どわーっ!? 梟風はん、右腕どないしたんや!?』
『斬られたンだよ、アンタの主になァ』
『信長様に? よくぞまあ、生きて帰ってこられたなあ』
『気楽なモンだな、坊主』
『生きてるやんか。生きてりゃなんとでもなるモンや!』
打倒信長を目指すのに、あまりにも薄氷めいた根拠のない言葉だ。だが生きている、それだけが事実。生きているならば、まだ強くなれる。梟風は、そう考える。
「与次さんも、協力してくれればよかったのにね」
「かつての主君退治に、付きあわせるワケにゃいかねェしな」
サラは落ちている小石を拾い上げ、ポイと投げる。利き腕でないから、力が出ない故に飛距離が乏しい。暖簾の外にすら届かない。右手と同じように扱うには、まだ時間がかかりそうだ。
「時間ならいくらでもかけていいが、信長はいつ動く? 夜の軍団を率いての日本統一。そこに赤い花とやらが関わってンのは、間違いねェだろうが」
サラの時間をいくらかけてもいい、という言葉。くららは信長の言葉を思いだした。
「……ねえ、サラ。信長も言ってたけど、サラって不老なの? それって歳をとらないの?」
「そうだな。ある瞬間から、オレの身体は時が止まっている。腕ェ斬られて、やっと変化があったがなァ」
「じゃ、じゃあ。あの冗談もホントなの? ほら、前に言ったじゃん」
「あの冗談?」
「その、孫がいるって」
「いるらしいぜ。風のウワサで聞いた」
「なんで他人事なのさ……」
というコトは、子供だっている。なんだかガッカリする気分だった。サラが誰かのものだったなんて。でも、せめて訊いておきたい。サラの過去を。
「なにがあったの? サラの右腕として聞く権利があるよ!」
「大きく出たじゃねェか。ンじゃあ、ホント簡単に話してやるよ。オレだって、くららほど信頼してるヤツはいねェしな」
「そ、そう?」
くららは顔が赤くなった。その言葉が、なによりもうれしかった。
「オレの家系はな、鬼に呪われてンだ。吸血鬼じゃねェぞ。ツノの生えた鬼な」
「こう、ふつうの鬼?」
くららは両手の人差し指を立てて、額にくっつけた。
「そう、それだ。『かるま』っつうヤツだが、オレに不老の呪いだけ押しつけて石になって逃げやがった。追い詰めたのによォ。まっ、それだけの話だ」
「家系……。じゃあ、本姓があるんだね」
「禅院だ。信濃国の禅院サラ。誰も知らねェ、かつての名さ」
サラはゆっくりと目を閉じて、また目を開ける。赤い左目が、夕陽のようにおだやかだった。
「名前も捨て家も捨て、どれくらいの時が経ったろうな。空虚のオレは、せめて強大な敵を作って追うしか生きがいはねェ。信長を倒したらよォ、なにをしようかな」
「ねね、それならさ。いいコト思いついたよ。わたしといっしょに茶屋を開こうよ!」
「茶屋ァ?」
くららは笑顔で大きく頷いた。ほんとうに訊きたいコトは、訊けなかったけれど。
「わたしが裏でいろいろ作って、サラはお客さんの相手をするの!」
「オレのツラじゃなァ。鬼のいる茶屋とか言われちまうンじゃねェか?」
「逆に人気になって忙しくなるかもしれないよ?」
「まさかだろ。でもまァ、面白そうだ」
「ねっ、そう思うでしょ? やろうよ、茶屋さん!」
「ああ。せっかくの不老だからなァ。くららが大人になって、バアさんになって――」
言いかけたところで、サラは思わず口を閉じた。それと同時に、腰の曲がった老年の男がお茶と団子を持ってきた。
「へえ、お茶屋をやるって? こりゃ手強そうな競合相手になりそうだの!」
「安心しなよ。年の功にゃ敵わねェ」
「当ったり前じゃわい!」
長机にお盆を置いて、ひとつずつ並べていく。お盆を空っぽにした後、ふたりをジロジロと見つめた。片腕のない浪人と、小綺麗な着物を纏う少女がひとり。不思議に思ったようだが、しかし笑った。
「どんな使命を帯びておるのかわからんが、おまえさんたちならできるじゃろうな!」
「使命だなんて大げさだって言いてェが、わかンのかい?」
「おうさ。その目を見ればわかるよ」
「なるほど、気に入った。その口車に乗ってやるぜ」
サラは与次の寺から失敬した脇差を手渡した。鞘から抜くなり、すぐにサラの顔を見る。
「おや、こんな業物ええのか?」
「構わねェよ。気分がいいからな」
「こりゃまた、おおきに。おーい、バアさん。おはぎを作ってくれ」
「はいはい」
しわがれた大きな声が、空いた茶屋に響く。
「おいおい、団子より高ェだろ」
「おおともよ。がんばる若者たちを励ましてやるわい」
「若者ねェ。素直に受け取っておくか」
「ほいさ、できたよ。甘いモン食って元気出しや」
裏から老婆が出てきた。その両手の皿には、おはぎが載っている。
「お米が紫色だけど……」
初めておはぎを見たくららの目が点になった。
「くらら、あんこ食うの初めてか。甘くてうめェぞ」
「ホント? 甘いの食べたかったんだ」
気を取り直して、くららは両手を合わせ、サラは左手だけを立てて頭を下げた。
「「いただきます!」」
「ははあ、おもろいコトするのう。食べ終わるまで、ゆっくりしていきなされ」
老夫婦は奥へ引っ込むと、くららは恐る恐るおはぎを握り、小さくかじる。しばらく咀嚼して飲み込むと、大きな口を開けた。
「気に入ったみてェだな」
「うん! サラも食べなよ、元気出るよ!」
サラもひと口、ふた口食べる。
「おっ、こしあんじゃねェか。うれしいねェ。つぶあんより好みだぜ」
「あんこにも種類があるんだ?」
「ああ。つぶあんもうめェけどな」
ふたり揃って、ぺろりと完食。続いてお茶をすすり、団子をひと粒。この組み合わせを食べると、どうしてもあの姉弟を思い出してしまい、黙り込んでしまう。
「……正直、逃げたい気持ちがいっぱい。それでサラと茶屋を開いてさ、和やかに日々を過ごしたいなって思う」
「忘れらんねェだろ。貰った着物を着てりゃ、余計な」
「うん。瀬奈さんのために、がんばらなきゃね。信長を止めなきゃ」
「その意気だ。期待してるぜ、オレの右腕なんだからよ」
「右腕……。えへへ」
くららは笑顔でサラに団子を差し出した。
「はい。食べていいよっ」
「おいおい……なんのつもりだァ?」
「右腕で持って食べるでしょ? はい、あーんして、ほら」
「そういう意味で言ったんじゃねェけどもなァ。まいったな、梟風の名が泣くぜ」
それでも満更でもなさげに笑い、差し出しされた団子をひと粒食べる。ゆっくり咀嚼し、お茶といっしょに飲みこんで、じっくりと味わった。
「どう? 元気でた?」
「そう見えてたのか? まあ、腹も膨れりゃ元気になるってモンだ」
「よかった!」
サラはニヤリと笑った。
「くららも食えよ。お返しに食わせてやろうか?」
「あっ、いいよいいよ! わたしは自分で食べられるから!」
くららは顔を赤くして、すぐさま団子を食べる。それでも、にっこりとした笑顔は崩さない。
「おいしいっ」
くららの緊張感のカケラもない表情に、サラも釣られて笑ってしまう。さっき言っていた、和やかに暮らしたいという言葉。それにはサラも同じ考えだった。
それでも、戦うしかない。自らの行い、運命、呪い。すべてに決着を着けるため。生きている限り、覚悟を決める。闘志の炎を、風に吹かせて。




