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第24話 燃え残りたち



「また銃声ッ。ダメだよサラ、今戦ってる人は瀬奈さんなんだよ!」



 くららは急いで駆けつける。茅之を追い、サラに追いつくために。だがくららは知らない。その先に、信長がいるコトは。



「大丈夫か、瀬奈ッ!」



 サラは声をかけるも、異形の姿を一暼してわかる。急所を撃ち抜かれている。茅之も同様、致命傷だ。助かるワケがない。



「なぜ、私はあなたを庇ったのでしょうね。……ええ、わかってる。おふたりの姿が、なによりも眩しかったからです」



「買い被ンなよ。誰しも未来はある。おまえらにだってッ!」



「いいのです。私は既に、おふたりの生きる姿に救われたのですから」



 瀬奈は助からないと、わかっている口ぶりだった。瀕死の空妖には、こう言うしかない。



「……情けねェ話だ、オレはおまえらを殺そうとしたのに、助けられるなんて。ありがとうよ。オレは忘れねェ。救われたコトも、おまえら姉弟のコトもな」



「ありがとう、ございます」



 感謝を述べて、狼人間の姉弟は事切れた。空妖は死ぬと、骸も誰の記憶にも残らない。しかしサラは別だ。生きている限り、姉弟のコトは忘れない。



 この記憶を残すために、刀を握る。暗い闘志に火をつけて。



「あの姉弟は信じてたンだぜ、信長が救ってくれるってよッ!」



「なんのコトだ? 覚えがないな。ややもすると、おまえが弱いからではないか?」



 笑みを含んだ信長の、その言葉の真偽はわからない。だが、サラには真偽などどうでもよかった。許せないのは、助けを求めた心を無碍にしたその行動だ。



「なぜ2発撃つ必要があった。オレを殺すなら、ひとつだけでよかっただろうが!」



「過ぎた話を引きずるなど、武士の風上にも置けんな。死んだ者は死ぬべくして死ぬ。そうだろう、梟風よ」



「だから焼け死んだんだろッ」



「二度目はないさ」



 信長は赤い瞳を光らせ、銃を構えた。先ほどとは違い、その行動は目に見えている。風は黙っていない。引き鉄を引く刹那、銃は竹が割れるように引き裂かれた。



「風の刃か。こうでなければな、梟風」



 銃口から銃身、そして引き鉄へ。風の刃は銃を這い上るように切り刻んでゆく。そして引き鉄にかけた指を切り刻もうとした瞬間、信長の姿は霧消した。比喩ではない。信長は、霧と化したのだ。



「俺はひとりの吸血鬼だ。そして(くう)を揺蕩う霧だ」



 サラは霧に包まれると、信長の声が響く。



「なあ、梟風よ。ニンゲンは守るものがあると、弱くなる生き物だと思わんか?」



「こんな霧など!」



 サラは風を呼び起こし、霧を晴らそうとするも、それは消えるコトがない。



「光秀はうまくやったよ。わずかな隙をついて襲撃し、俺を殺してみせたのだから。成功したとて追手が来るとわかっていたろうに、しかしやってのけた。……なぜ、実行できたのだろう。おまえはどうかな?」



「後悔させてやるッ、あそこで死んでおきゃよかったってなァ!」



「ニンゲンらしい、かわいらしい強がりだな」



 さらに風は強くなる。草木は大きく喚き、揺れ、嵐もかくやと言わんばかりの激しい、激しい風だ。なにも聞こえないほどに吹かせて、ようやく霧が晴れてきた。朧げながら、人影が見える。肉薄し、刀を振り上げる。



 迷いなく振り下ろす。殺すには、それだけでいい。しかしサラの手は止まった。その突然、縮んだ人影に。



「くららッ!?」



 背格好でいえば、明らかに信長の人影だった。それが縮み、霧が晴れたら、目の前にはくららがいる。ありえない。罠なのは瞭然だった。だが……。



 だが。万が一に、ほんとうにくららだったのならば、攻撃などできようハズがない。そのくららが、瀬奈から貰った以前の着物を着ていようとも、もう手は出せない。



「……甘っちょろいよ、梟風」



 目の前のくららが笑った。刹那、一閃とともに腕が宙を舞った。程なくして激痛が走る。



「以前、おまえの戦場荒らしを見た上で断言できるよ。梟風、やはりおまえは弱くなった。守るものができたからだ」



 いつの間にか、くららは信長になっていた。その手には、今まで持っていなかった刀が握られている。



「あこがれるほど無縫、有り余るほど無双、手を出すなど無用。まさに天災の権化だった。今はどうだ。子守りで腑抜けたか?」



 右腕の切り口から、血が止まらない。汗もだ。サラはそこから吸い込むように風を集め、無数の葉っぱを吸い上げて傷口を防いだ。それでも、血は依然として流れる。



「俺を止められるものは、最早おまえしかいないというのに。なんのための不老だ、梟風よ」



「……気に食わねェな」



 サラは笑みを振り絞り、利き腕でない左手で刀を拾い、握る。



「勝手に勝った体で話を進めてンじゃねェよ。せっかちかよ」



「片腕を落としたおまえに、なにができる?」



「舐めンなよ、こちとら梟風だぜ。風に形は関係ねェ。かねてより恐れろ。無形にして荒ぶるものを」



「大仰な強がりだ……!」



 言ったそばから、信長は目を見開いた。サラの顔のすぐ横で、落とした右腕が浮いていた。断面から滴る血が渦を巻いている。



「落ちた腕なんざ、もう血袋だ。見てな、度肝抜いてやる」



 落ちた腕の断面に小さな風の渦を作り、交わらせ、腕の中を真空状態にした。これにより血液は沸騰し、断面が破裂。爆発的な推進力を生んで、信長目がけて真っ直ぐ飛んだ。



「なんとッ!?」



 矢よりも速く、落ちた手が飛んできた。それも恨みがこもっているように、貫手となって。信長は想像を絶する攻撃に呆気にとられ、身構えられず落とした手が胸に突き刺さる。



 間髪入れず、サラは追い打ちをかける。すぐさま肉薄し、左足を踏み込み、居合で信長を斬りつける。



「首ィ置いてけェェェッ!」



 居合後に振り上げた刀を、そのまま首に振り下ろす。首に命中した。しかし、断つコトはできなかった。利き腕でないのもあるが、なによりも血が外に流れすぎた。力が、入らない。



「足らねェか」



「見事だな、梟風。あと一太刀もらえば絶命していたろうな!」



 嬉々として早口でまくし立てる信長を睨むサラ。そのうしろで足音がした。



「――サラ?」



 うしろでくららの声が聞こえた。今、追いついたのだ。



「近づくなよ、危ねェぞ」



「だってサラ、腕が!」



 信長は刺さった腕を抜いて、ポイと投げ捨てた。その笑みに戦意は感じられない。



「来たか。梟風、その小娘はなんだ?」



「なんだっていいだろ」



 右腕を失くし、血と汗を流すサラからやっと目を離し、両赤目の男を一暼した。



「アンタが信長……?」



「いかにも」



「こいつが、わたしの故郷を燃やして、サラの腕も斬ったのか……!」



「故郷を? どこの産まれだ?」



「わたしはくらら! 伊賀の生まれだッ!」



「そうか、よもや伊賀の生き残りとはな。俺が憎いか?」



「当たり前だッ!」



「では梟風を殺せば、より強く恨み、憎むか?」



「やらせないッ! わたしの大事を二度と奪わせるもんかッ!」



「ふふっ。そうか。大事か。安心しろ、殺さんよ。その命、まだ抱えていろ、梟風」



 信長はサラたちに背を向けた。よく見れば、貫いたハズの胸の傷が治っている。



「なんの、マネだッ」



「なに、ほんの気まぐれだよ。手負いのおまえなど、歯牙にかける必要もない」



「……手負い?」



 信長が去る。サラは力を振り絞る。これ以上、情けをかけられないよう、戦う姿勢を見せねばならない。



「敢えて問うなら、さっきの質問に答えてやるよ。くららはなァ、弟子だったヤツだ」



「だった?」



「……今から、オレの右腕だ」



 くららはすぐにサラの顔をうかがった。なにも変わらない笑みを浮かべている。そして、叫んだ。



「くららァ! オレの腕を焼けッ! 焼いて血ィ止めろッ!」



 舌を噛み切らないように、刀の柄を咥えた。



「サラの、腕を……!?」



「そうだ、やンだよ! くららが!」



 くららは震える手で太い木の棒を持つと、枯れ葉が風で擦れあい、先端に火をつけた。



「よりにもよって、どうしてサラの腕なのさ……! イヤだよっ」



「平気だ、オレを殺すためじゃねェ。生きるためだ」



「こんな、こんな……!」



 サラの腕の断面からは、血が滴っている。炎を押しつけなければ、多量出血で死んでしまう。



 ――やるしかない。やるしかないッ。



「サラ、死なないでっ」



 意を決して、くららはサラに炎を押しつけると、すぐに叫びが耳をつんざく。言葉にならない獣じみた悲鳴が、血と肉を焼く異臭が、そして、こんな叫びを上げながら、故郷の人たちは死んでいったのかと、頭によぎる。



 それでも、くららは泣かない。歯を食いしばり、我慢した。口の中きれ血が流れようとも。信長は振り向き、拍手した。



「たとえ両の手で得物を握れずとも、なお俺に立ち向かうか。うれしいぞ、ここまで胸が躍るのは久方ぶりだ。是非とも俺の野望を阻止してみろ。夜の軍団を率いて日本統一という野望をな」



 サラは咥えていた刀を落とし、震える身体で信長に啖呵を切る。



「くだらねェな。オレを生かしたコトを後悔させてやる。震えて眠れ、信長」



「ああ、そうしよう。夢見るままに、待ちいたり――」



 そう言い残して、信長は再び霧消した。この場には、なにも残らなかった。



「血は止まった。もういいぜ。くらら」



 くららはすぐに棒を放り投げる。火は円を描きながら消えた。



「よう、くらら。火、克服できンじゃねェか? また強くなれたな」



「わたしは、必死だったから……」



「自信を持てよ。もうオレの右腕なンだからよォ」



「右腕、わたしが……」



 空が白けてきた。もうすぐ夜が明ける。



「もっと、強くならなきゃね」



「ああ。オレも、おまえもな」



 ふたりは決意を抱いた。あの信長を必ずや乗り越えてみせると。サラの腕は失った。それでも不安はなかった。



 そよ風は、ふたりの頬をやさしく撫でた。



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