表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/49

第20話 燃える瞳の信長



 堺の町を震わせる商人の惨殺事件、その犯人は半人半獣とも言うべき奇怪な姿をした、狼男だった。



 襲撃された商家にて狼男を見つけ、討伐を試みるサラとくららのふたり。だが焦点を定めないほど素早い身のこなし、鉄のような硬度の爪に追い詰められるも、救いの手を差し伸べたのは長谷川与次だった。



「長谷川殿、助かった」



「ええて、梟風はん。深追いはせんよな?」



「ああ、夜明けも近い。仕切り直す」



 与次が持つ両手の短銃からは煙を吐いている。シワくちゃの笑顔には、なにか吹っ切れたようの気持ちがあった。狼男の存在に信じられない、といった様子はない。



「しかし、あれが商人殺しの。変梃(へんてこ)りんな見た目やのう。なにやら以前とは違う世の中になってはるわ」



「たまげる気にもならねェかい?」



「こう見えて幾度の戦場を超えてきた。驚くのも飽き飽きや」



「喜ぶのは別と」



「なんや、意外と目ざといな」



 サラはくららの肩を押しつつ、燃える商家から離れ、風を操り消火を試みる。



「夢、だったのやもしれんけどね。現れたんよ、御館様が」



「なに? 信長が!?」



 思わず感情的に叫ぶと、風力の調節を誤り、京の道場のときみたく商家を潰してしまった。頬をかきバツの悪い表情をするも、一瞬だけ。すぐに切り替えた。



「どんな様子だった?」



「それは――」






 *  *  *






「――また、風が強くなってはるわ」



 与次は西能寺の境内から、月明かりに照らされた堺の町を見つめる。



「これも名の如く、梟風はんが吹かせてたりしてな。……いや、ないわな。ボクも彼も、たかが人間。風を操れるワケあらへんし」



 では、なぜ梟風と呼ばれているのだろう? 与次は首を傾げるも、ただの例えだろうと納得させて、寺の中へと戻り、寝床につく。



 赤鬼はサラに任せよう、そう思いながら眠ろうとしたとき、くららのコトが頭によぎった。



「伊賀の生き残りか。梟風はんといっしょにいて平気なんかな。なにもかもを焼いたあの地の、生き残り……」



 つぶやいて、思い浮かぶのは炎、黒煙、そして悲鳴。突然、心臓が鳴り、呼吸が荒くなる。病気などではない。自らの過ちのせいだ。忘れ難い呵責に苛まれる。



「鬼畜だ……。私は、鬼畜のままか?」



 耐えられず、与次は布団から飛び出し、本尊の前へ跪いた。



「……いくら拝もうと、私めの炎は未だに消えぬ。仏様、お赦しくださいッ。いつになれば、炎は消えるのですか」



 祈る。ただ祈り、縋り続ける。幾度と両手を合わせても、なにも変わりはしないのだけど。



 隙間風が啜り泣く。身も心も冷やす。しかし与次の身体からは、どっと冷や汗が湧いてきた。丸めた背後から、木の軋む音。ゆっくり、ゆっくり近づいてくる。



 心臓はさらに速くなった。ありえないと鼓動は嘯く。聞き慣れていた二度と聞けない歩幅の拍子、二度と聞けない息づかい。それが近づいてくる。振り向けなくとも、しかし渇いた口は答えを求めた。



「まさか……御館様?」



 跪き、顔を床に向けたまま訊く。そして、存外にも答えは返ってきた。



「ああ。久しいな、与次」



 耳元で囁かれた、頭がとろけそうになる低い声。あの夜からずっと聞きたかった言葉。糸のように細く、重いまぶたは大きく開かれた。



「の、信長様ッ!」



 与次はすぐに向き直り、跪く。そして上げた視線の先には、赤い瞳を輝かせた信長が確かにいる。



「信長様ッ、光秀めの謀からご無事だったのですか!?」



「ここにいるのが全てだ」



 信長は立ち上がり、与次を見下げる。庶民的な着流しが、開きっぱなしの門から吹く風でなびいた。



「この荒れ寺で、日々を過ごしているのだな」



「は、はい」



「おまえほどの武士ならば、より良い寺院を建立できた筈だろう?」



「いえ……。私など」



「いつになく謙虚だな。そうさせるのも、自責の念か」



 信長の瞳は、すぐに与次の心中を見抜いた。



「甲州での武田狩りで、坊主共を焼いた事を悔やんでいるのか?」



 図星を突かれ、言葉が出ない。



「因果なものだな。幾百ものニンゲンを焼いたおまえが、出家などと。だがわかるよ。俺も焼かれて気づいた。焼き討ちは死ぬほど痛いとな」



「私めを、嘲るのですか?」



「与次よ、なあ与次よ。面を上げて、この俺の目を見ろ」



 信長の眼差しは鋭い。まるで炎のようだった。サラの左目とは、また違う。



「俺を前にしても、仏に祈るのか? 両手が塞がるというのに。過去を悔やんでなにが掴める?」



「もう、今は……」



「俺は吸血鬼になった。迎えるべき死を超越してな。どうだ、秀吉(サル)を捨て俺とともに来るか?」



「信長様は、まさか日本を……」



「そうだ。俺の野望は、生を受けてよりただひとつ。支配するだけだ。異端の力を用いて、神仏の束縛から、この国を解放せねばならん」



「まるで、昔のようでございます」



「懐かしいだろう。あのときはおまえも若かった。……吸血鬼と化せば、あのときが帰ってくるぞ。どうだ、なにを感じ、なにを想う?」



 間違いなく勧誘されている。日本を巻き込む、異端の力による国取りに。言っているコトは正気の沙汰とは思えないのに、ずっと聞きたかった声が頭の中を喜ばせる。



 しかし……。与次の理性は働く。



「決心はついたか?」



「信長様。あなた様は矛盾しておられる。以前は宣教師を利用しておいて、結局追い出すなど」



「奴らも我々を利用しているに過ぎない。神仏の教えなど、所詮は綺麗言だよ。なにもかも」



「それは、あなた様だってッ。過ぎ去った時など、帰ってこない!」



「与次……」



「私めが祈っているのは自らの過ちに、過ぎ去った時に、散り敗れていった生命のためでございます。もうこの手は、人間の心を奪うための手ではないのです」



「それが、おまえの選択か」



 震える声で言い切ると、信長が屈み、顔を近づけてきた。なにをされるかわかったものではないが、身体が金縛りにあったかのように動けない。



 信長はゆっくりと、そして耳元で囁く。



「なあ、与次――」



「……えっ?」



「邪魔したな」



 信長は立ち上がり、寺から出ていく。与次は這いつくばりながら、信長の後を追い、涙声で叫んだ。



「信長様ッ! お待ち下さいッ!」



「まさか泣いているのか。やっぱり、おまえもまだまだ若いな」



「あなた様は、あなた様の人生は! やさしすぎたからッ!」



「裏切られたと? ふっ、まさか。恨まれ続けた結果だよ」



 信長は、満足げに微笑んだ。



「では、さらばだ。かつての部下もすっかり少なくなった。せいぜい長生きしろよ」



「お声を聞けて、幸せでした!」



「おっと、そうだ。伝えておこう。堺で俺の野望を砕こうとしている者共がいるようだ。梟風とかいったか? 中々に面白いヤツらだが、苦労しているようだぞ」



「梟風が?」



「俺の手を握らないのなら、塞がった手を解いて、なにを掴むかを考えてみろ。ニンゲンを守るためにな。そしてその選択こそが、人と鬼との分かれ道だ」



「……信長様ッ」



 与次は立ち上がり頭を深く下げ、海よりも深い敬意を表する。



「あなた様に仕えさせていただき、光栄でございましたッ!」



「もう言葉は要らん。行け、与次」



 信長は夜の闇に消える。なにをすべきか、与次に迷いはなかった――





 *  *  *





「――ちゅうワケですわ、訊きたいコトあります?」



 与次の話を聞いたサラとくららは、互いに顔を見合わせた。



「アンタ、ふつうに喋れンだなって」



「いやそこかい!」



「まあ冗談はさておき、助けに来てくれたのって信長の手引きってコトか?」



「せやなあ。この日本を支配する言うてたけども、ボクに教えるかね?」



「なんだか、試されてるみたいね。わたしたち」



「試されてるねえ……」



 かつての配下の前に現れた、吸血鬼と化した信長。危害を加えるコトもなく、励ましたようにも見える。その上で、日本を支配すると言うとは。



「きっと、そうかもしれねェな、だからって放っちゃおけねェよ。なにをするにも必要なコトと割り切っているハズだ」



「そうだよね、サラ」



 なにせ故郷を燃やしたのだから、真にやさしいハズがないと、くららは頷く。



「とはいえ、今日はお開きだな。長谷川殿、帰ろうぜ」



「ええ、そうしましょ」



 陽が昇り出した。明るんだ空を見上げ、三人は帰路につく。



「そういや耳元で囁かれたとき、なんて言われたンだい?」



「ああ、それは……内緒ですわ」



「内緒か。なら聞けねェか」



 与次はその言葉を反芻する。「成長したな」。かつての主から言われたそれは、なによりもうれしい言葉だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ