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第1話 吸血鬼、現る



 戦国の世の奇妙な光景を、夜空に浮かぶ月は眺めていた。



 ひとりは梟風(きょうふう)と恐れられ、打刀と脇差の二振りを構えた片目が赤い浪人――サラ。もうひとりは故郷を失った少女――くらら。



 出会ったふたりと対峙するのは、山賊だった吸血鬼。血のように真っ赤な双眸で睨みつける。言葉を紡げなくなったその口には、刃物のような鋭い歯がビッシリと敷き詰めていた。



「さてはて、馴染む前に狩りてェモンだが。怖くねェか、くらら」



「怖くない! それよりも、馴染むってなにさ?」



「ほう、肝据わってんな。その割にゃ震えてるけどなァ?」



「笑ってないで質問に答えてー!」



「さっきの見たろ。オレたちに明確に敵意を向けて、千鳥足じゃなくなった。いわば慣れだよ。吸血鬼として板についたってワケだな」



「だいたい吸血鬼ってなんなの……。って、来るよ! サラ!」



 吸血鬼は拳を握りしめ、挑発的に笑うサラに対してまっすぐ突いてくる。思ったとおりの攻撃だった。サラは刀を納め、片手で受け止める。



「でも成りたてじゃ、オレにゃ敵わねェ」



 拳を受け止めたのに、大きな意味はない。言葉を喋れなくなった相手に、ただマウントを取っただけだ。



「ちょっ、平気なのアンタ!? 木に真ん丸の穴を空けた一撃なのに!?」



「ははァ、いちいちやかましいなァ、こりゃ退屈しなさそうだ」



「答えになってない!」



「もうめちゃくちゃ痛てェに決まってンだろ。侍大将級だぜ。略してサムタイ級」



「心配して損したわ!」



 サラは笑みを浮かべながら脇差をかざす。このまま腕を斬られると察した吸血鬼は、すぐに腕を引っ込めた。サラと対峙して、刀とはどういうものかを学習している。そして、気づいた。自分もこの刃物を携えているではないか、と。



 吸血鬼は打刀を構えた。吸血鬼どころか粗暴だった山賊にさえ見えない、見事な中段の構え。彼が人間だったときの、誉れがあった武士としての名残だった。



「ね、ねえ! 刀向けてる!」



「新しい京言葉として流行らせるぜェ〜、サムタイ級」



「阿呆なの!? うつけなの!?」



「あたぼうよ。ただのうつけじゃねェぞ、空よりも大きな大うつけだぜ!」



 吸血鬼の闘志への答えは、同じく刀を構えるだけ。真剣勝負、それが誇りを取り戻した者への答えだ。



「おめェ、竹次っていったな。いい構えだ、似合ってンぜ。さっきよりもいい顔になったじゃねェか」



 吸血鬼は喋れない。だが、サラの言葉はまっすぐ受け取った。眼光から想いが伝わる。



「……なんで挑発するのさ」



 くららは呆れ顔だ。



「くらら、ひとつ教えておく。アイツの首を落としたとき、おまえさんはアイツのコトを忘れる」



「忘れるって。こんな出来事、忘れられるワケないでしょ」



「オレみてェに例外はあるかもな。けどなァ、死んだらほぼ忘れられちまうンだ。これはせめての手向け草ってワケ。わかるか?」



「ううん、わからないよ。暴力が生業の人のために命を賭けるなんて」



 サラの声色はおだやかだった。くららは思わずサラの横顔を見ると、目を見開いた。左目に、赤い傷跡が縦断している。



「まいったな、正論すぎて返す言葉がねェや」



「な、なにその傷……。アンタはいったい何者なの?」



「言ったろ、空虚人(うつけもの)だって。オレもアイツと同じさ。暴力を生業にする空っぽなニンゲンだよ。誉れもクソもあったモンじゃねェ」



 吸血鬼は刀を振りかぶり、サラに向かって右足を踏み出し、すり足で左足を引きつける。



「形式ばった動きだな。なんで山賊なんかになったのやら……。いいぜ、引導を渡してやるッ!」



 振り下ろされた刀をサラは受け止める。耳をつんざく金属音、そして衝撃。くららは思わず目をつむった。



「うるさっ……!」



 耳を塞ぎながらも、恐る恐る半目を開けるくららが目の当たりにしたものは、足が地面にめり込んだサラの姿だった。鬼にこそ発揮できる、人ではなし得ない威力。しかしサラはいたずらに笑った。



「あーあ、ここは天下の往来だぜ? ボロボロにしちゃダメだろォ!」



「アンタが売ったケンカでしょ!?」



「そうでもあるがなァ!」



 鍔迫り合いの末、サラは吸血鬼の切先を払い、仕切り直す。吸血鬼の攻撃を受けたのは、ほんの小手調べだった。



「刀であんまり受けないでよ……。耳が痛いんだから」



「こりゃかわいらしい苦情だなァ。なんだい、構ってほしいのかい?」



「このうつけ!」



「ははァ、耳が痛てェや。それじゃ、斬るか。夜明けが来る前にな」



 サラは構えていた刀を鞘に戻すが、戦うのをやめるワケではない。収めた刀の鍔を左手の親指で押し出し、中腰の姿勢で右足を踏み出す。



「くらら、下がってろよ。オレの居合抜きはちと危ねェぞ」



 くららの足音がしたところで、サラは柄に手をかけた。上がった口角の、食いしばった歯から漏れる息は雪のように白く、まばたきひとつもせずに相手を見据える瞳は、炎のように赤い。



 吸血鬼は刀を構える。そして、彼も口角を上げた。あの男を倒したい――人としての想いがあった。



「来い、竹次」



 竹次は愚直なまでに振りかぶる。が、その刹那――竹次は見て、感じた。見惚れるほどの、銀色の煌めきを。心地よいそよ風を。痛みもなく倒れ込み、眠るように目をつむった。



「鬼よ、かつての人よ。しからば」



 サラは残心の後、刀を納める。その目の前には、なにもなかった。



「――あれ? なにしてたんだっけ」



 くららが首を傾げた。振り向き、そばに寄るサラを不思議に見つめ、訊きたいコトがあったが、なにから話していいのかわからない。



 サラは屈んで、まごまごしているくららに目線を合わせた。左の眼は赤くても、その眉から頬にかけて走る赤い傷痕は、ウソのように消えている。



「くらら、オレの名は覚えてるか?」



「サラ。禅院サラでしょ。アンタについて行くって決めたんだから、覚えてるに決まってるじゃない」



「目的は?」



「甦った信長を倒す!」



「んで、山賊に絡まれたのは?」



「覚えてるけど、アンタが来て……。その後は? 山賊たちはどこ行ったの?」



「オレがバッサリよ」



 サラが手刀で斬る素ぶりをすると、くららは周りを見渡して訝しんだ。血の痕も死体もない。



「ふうん?」



「本当を言えば、吸血鬼と戦ったワケだけどな。覚えてるか?」



「……なに、その吸血鬼って」



「おいおい話してやるよ。さて、人の少ねぇ夜のうちに行こうぜ」



「ちょ、ちょっと待って!」



 サラは立ち上がって歩き出す。歩幅の大きな歩き方に、くららは小走りで着いていくのがやっとだ。



「どこに行くの?」



「京に決まってンだろ? おまえさんもそのつもりだったんじゃねェか?」



「そ、そうだけど……」



 くららは足を止める。



「どした?」



「足が、痛くなっちゃって」



「ったく、鍔迫り合いもうるせェって言うし、足も痛いときた。できるかァ? 復讐」



「つ、鍔迫り合い? そんなコト言ってないわ」



「ああ、そういや忘れてたか」



 サラは呆れ顔は見せず、くららの前に背中を向けて屈んだ。くららも赤面は見せない。



「え?」



「ほれ、おぶってやるよ」



「でも……、いいの?」



「放っておいても後味悪りィしな。旅は情け、人は心……だぜ。あっ、いいコト言った。京言葉になんねェかな?」



「あ、ありがとう……」



 サラの背中に飛び乗るくらら。まだまだ元気そうで、サラは笑った。



「それじゃ、改めて出発ッ!」



「おーっ!」



 ふたりが向かうは京の町。



 遡って数百年、蝉丸が歌った歌のように 人が出会い、そして別れる逢坂関があったここ、逢坂峠で出会ったのは偶然だろうか。



 サラはそんなコトを思った。だから放っておけなかった。信長を追う者同士、なにかの縁があるのだろう――と。



 そしてふたりは知らない。人ならざるモノが跋扈する乱世の旅路、その果ては空だけが知ると。




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