第16話 不死鳥の如く
かつて信長の家臣だった僧、長谷川与次に連れられて辿り着いた西能寺。そこは堺を見渡せるほどの町外れの小高い丘に位置しており、椨の木と椎の木が社殿を囲んでいた。
「ボロだけど、いいトコでしょ?」
与次は社殿を指差して笑う。そのこじんまりとしたそれは入母屋造の屋根に唐破風の向拝だ。風が吹けば木々の葉が騒めき、古さもあってか、なかなかどうして厳かな雰囲気を醸し出す。
「細川殿の屋敷に邪魔しただけに小さく見えちまうが、立派なモンだ」
「そら比べたらアカンよ。なんなら賽銭納めてもええんやで? もっと立派にしてみせますわ」
「あいにく持ち合わせがねェや。悪りィね仏さん、上がらせてもらうぜ」
「お、お邪魔します」
サラは立ち止まらず手を二回叩きながら境内に入り、くららは向拝の前でお辞儀した後、サラのうしろを着いていく。
境内は驚くほどになにもなかった。暗く、柱と御本尊しかない。木の床もささくれ立っている。すり足で歩こうものなら、足袋が破れそうだ。
「長谷川殿、アンタここで生活してンのかい? ホントに?」
「せやで。まあ、アレよ。住めば都って言うやろ?」
「にしたって……。うぅ、寒い〜」
壊れた笛のような甲高い音がくららを震わせる。よく見れば、外壁はところどころ隙間が空いていた。これでは格子状の天井も信用ならない。
「ここから出たきゃ、さっさと怪を解決してもらわなきゃな! わはは!」
隙間風で凍えるくららを見て、与次は笑う。
「それで、話の続きを聞かせてもらおうか。信長をどこで見た?」
サラはあぐらをかいて与次を見上げる。与次も僧衣のままあぐらをかいて目線を合わせた。
「そらもう、ここよ」
「ここにいたのか?」
「ちょっと前になるけどな。夜や。ふと妙な気配を感じたから、ここを出たんよ。そしたら目が真っ赤になった御館様が庇の下にいらっしゃったんや」
「そのぶんじゃ、なんかされたってコトはねェようだな」
「生きてらしたのかと大声出したかったけん、不思議とこういうときってなにも言えへんのよな。御館様もボクを見つめるだけで、いつの間にやら霧みたいに消えはったよ。なんか一声かけて下さればええのに……」
夢を見たように大きく目を見開いた与次。しかしすぐに上擦った声は落ち着きを取り戻し、視線を落として現実を直視した。
「でもそれからや、堺で妙な事件が起こりよるのは。商人たちが惨たらしく切り刻まれたり、赤鬼が徘徊したりな。それも夜だけ」
「赤鬼ってなんだい?」
「もう、赤鬼としか言えへん。肌は真っ赤で目も真っ赤。それでデカい身体よ。商人殺しはアレがやったに違いないで!」
「ふうん……」
サラは胡座をかいた膝に肘をついて黙り込んだ。様々な鬼を追っていて、人を切り刻む鬼など見たコトがない。ましてや、赤鬼など。頭の中で考えられる存在を模索している最中、与次は遠慮がちにつぶやく。
「梟風はん、アンタはこれを御館様が原因だと思うか?」
「あァ。当然」
「ボクには信じられん。あの信長様がこんなコトするなんて。人を鬼に変えるなんて……」
「ううん、できるでしょう」
話を聞いていただけのくららが、黙っていられず割り込んだ。
「わたしの故郷を燃やしたんだ。家を焼いて、人を焼いて……」
「こ、この嬢ちゃんは?」
「わたしは伊賀の生き残りよ」
「なんやて……」
与次は絶句してから、笑みを浮かべた。
「乱妨取りにも捕まらず、よく生きていけたなあ。仏さんの御慈悲があったんやな」
「仏さんって? 他人事だからって、信長の部下だった人が都合のいいコト言わないでよ」
くららは怒る。隙間風の寒さすら忘れるほど、身体を熱く。
「どんなときだって助けてくれたのは、人だった。泥棒さんがいて、幽斎さんがいて、そしてサラが隣にいてくれたから。どんなに祈っても、仏様なんて助けてくれなかったッ!」
「子供のクセにッ。ぞんざいな扱いするんやったら仏罰が降るで! 餓鬼に産まれ変わってもええんか!?」
「裏を返せば……わたしたちを傷つけたのも人だった。仏罰ってなにさ、人を助けられるのも、人の家を燃やせるのも、人でしかないのにッ!」
くららの赫怒に、与次は黙り込んだ。それどころか顔が真っ青になっている。
「わたしだって、サラと出会う前は盗みを繰り返して暮らしてた。故郷が燃やされなきゃ、こんなコトしてないって言い訳しながら……。仏罰なんて、地獄行きなんて、怖がる暇もない。ただ必死だった」
「生きる道ってなァ、人それぞれだな」
サラはくららの頭を撫でてなだめた。
「長谷川殿、アンタが信長の死んだ後に仏門に入ったのも、考えがあってのコトだろ。どんな心持ちになったのかは訊かねェがな」
「ただ、ボクは……。いや、言わん。なにも、言えへん」
与次は黙り込んだ。なにもかもが、くららにとっては言い訳でしかないのがわかったからだ。
「くらら、信長の家臣だった長谷川殿を憎むなとまでは言わねェがな、自らの行いを悔やんでると思う。少しだけでも、汲んでやってくれ」
「……サラがそう言うなら」
煮え切らない表情で、くららはサラの目に訴えた。完全に納得はしていない、と。
「話を戻すけどよ、元日に安土城で開かれた茶会を思い出してくれ。細川殿が言ってたぜ、信長が吸血鬼がどうこうって」
「それは……、いや」
与次は目をつむって首を横に振る。
「長谷川殿、アンタも変わっていくように、信長だって変わるハズだ。アンタが仏門に入る傍ら、信長は吸血鬼になるってのも皮肉なモンだがな」
「しかし……」
「オレにヤツの企てを知る術はねェ。常に後手に回っちゃ、ラチが明かねェのよ。信長に恩義は山ほどあンだろうが、教えてくれ。なにをしてェんだ? 光秀に裏切られた理由があンのか?」
「本音を言ってしまえば、そんなコト、ボクが知りたいに決まっとる!」
与次は頭を抱え、開き直ったように大声を上げた。それを見たサラは、ニヤリと笑った。
「いいね、自分と戦ってんだな。修行だ、修行。そうだろ?」
「梟風はん、あんたは……。あんたには、縋る神仏はあらへんのか?」
「縋る?」
「あんたもたくさん人を殺したんやろ? 神仏が必要ちゃうんか?」
「はッ。そんなコト……」
サラは鼻で笑い、これ以上聞き出せない雰囲気だったので立ち上がった。
「オレの神はとっくに死んだよ。殺された。だから他の神仏に懺悔もしねェ。オレが殺した生命は全部背負っていく」
「そんなの耐えられへんよ!」
「こちとら梟風だぜ。風前に晒された灯火の数を覚えるくらい、なんてコトはねェよ」
与次に背を向けて、くららの背中を押して外に出る。
「ほいじゃあ場所借りるぜ。オレもくららに修業をつけなきゃならねェ。アンタも修行、がんばろうや」
与次は文字通り、信じられないモノを見る眼差しでふたりを見送る。外の空気を吸って、くららは気分が回復した。
「ねえ、サラ。与次さんはなにを苦しそうにしてるの?」
「過去の栄華と今への決意、その板挟みになってンだろ。信じるモノがふたつもあっちゃいけねェのにな」
「そんなの、たくさんあってもいいと思うけどなあ。……だから空っぽなのかな、わたしたち」
「なにも信じてねェからこそ言えるコトだな。わかるぜ。オレたち似たモン同士だ。信仰なんざ欺瞞と建前ばかりで、裏切りが常。イヤな世の中だ」
「似た者……。まさか。なんでもサラみたいに笑い飛ばせないよ」
枯れ葉を運んでくる風の中でサラは微笑んで木刀を、くららは真剣な顔つきでナマクラ脇差を構える。
「神は放逐され、仏は利用された。幾年も炎に包まれながらも、終わらぬ戦の世に残るのは灰ばかり。神も仏も降り立たぬ灰燼の中に、オレたちは居る」
「炎……」
「だが不死鳥は灰の中から甦り、そして炎を浴びて羽ばたく。オレが灰の中で燻る残り火に、風を起こして燃え上がらせてやる。努努忘れンなよ、くらら。おまえは不死鳥だ。あの日から、きっと羽ばたける」
故郷と家族を焼かれたあの日から、炎が怖い。けれどサラがそう言ってくれるのなら、克服だって夢じゃない。信じるモノはないけれど、サラのコトは信じられる。くららはそう思った。
「ありがとう、サラ」
風に消え入る感謝をつぶやき、くららも微笑んで、ナマクラを構えた。




